「父さん。」
そう呼ばれてふと振り返ると、そこには12歳くらいのガキがいた。汚いシャツを着て痩せ細っていて如何にも可哀想って感じのガキだ。
「……俺のことか?」
そう返すとそいつは元気よく頷きやがる。おいおい、俺はこんなでかいガキがいる歳じゃねぇぞ。……顔は老けている方だが。
「人違いだ、俺には妻もガキもいねぇよ。」
俺に家庭を築く資格はない。人付き合いも仕事以外にはない。俺のガキなんて、想像したこともない。
「僕が父さんを見間違える訳がない!ずっと、ずっと会いたかった!今日は僕が生まれた日なんだよ!」
ガキが道の真ん中でそう叫ぶもんで、通行人の視線が一気に俺に集まる。仕事上目立ちたくない、適当に話を合わせることにした。
「悪かった、久しぶりだな。何処か飯でも行くか。」
「うん……!」
それはそいつの腕を掴んで、逃げるようにその場から立ち去った。
ガキが喜ぶ店なんて分からないが、身なりからしてかなりの貧困な子供だ。あまり高い店に行くと父親としてのリアリティが無くなりそうだな、と適当に名前だけ知ってるやすいファミレスに入った。
「どれ食っても良いぞ。」
俺はコーヒーだけ頼んで、ガキにメニューを渡した。
「父さんは何も食べないの?」
腹はそんなに減ってない、しかし、親子でファミレスに来たとして片方が何も頼まないのは不自然だろうか。
「……俺はいつも何を頼んでいた。」
「え……。」
こいつの親父なら何を頼んでいたのか気になり聞いてみると、そいつは困った顔をした。
「父さんとごはんを食べるの……初めてで……ごめんなさい……分からないです。」
なんだこの父親、自分のガキをファミレスに連れて行ったこともないのかよ。
「悪い、じゃあお前と同じものを食べるよ。」
「わかった……ハンバーグでいいかな。」
「ああ。」
運ばれてきた料理は値段に見合ったクオリティで、安っぽい肉の脂分の多い味がした。そいつはそんなものを嬉しそうにありがたがって食べていた。もう少しまともな店に連れて行くべきだったか、不味い料理をうまそうに食うそいつを哀れに思った。
そういえば今日は生まれた日とか言ってたな、適当にプレゼントでも買って、家に送った後に姿を消すか。まともな生活を送ってなさそうだから何買っても喜ぶだろ。俺はデパートにそいつを連れて行った。もうすぐ寒くなるだろうと、服屋に行き、セーターを選ぶ。
「……これ、くれるの?」
「ああ、誕生日なんだろ?」
「ありがとう……。」
そいつは大事そうにセーターの入った紙袋を抱える。
「えーと……初めてのプレゼントだったりするのか?」
「うん……すごく嬉しい。」
「そうか……今まですまなかったな。」
「ほんとだよ、父さんが今まで僕にしたことは……、そんな謝罪じゃ済まされないんだからね。」
とんだクソ親父だったみたいだな。俺は苦笑いしながらそいつの後を追った。
「もうそろそろ帰らなきゃ、父さん、最後に行きたいところがあるんだけど、いい?」
そいつに連れられたのは人気がない、それ故か景色がとても綺麗な場所だった。
今日は不思議な一日だった。知らないガキに親父に間違えられ、飯を食い、セーターを買って、夜景を見る……。
「父さん、今日は僕が生まれた日なんだよ。」
「ああ、おめでとう。」
俺にガキがいたらこんな感じだったんだろうか。
「あの日も……星が綺麗な夜だったね。」
「そうだったのか。」
「父さんはなんでも忘れちゃうんだね。」
「悪い。」
こいつを家に送り届けたら、もう会うこともないんだろう。
「ねえ、これは覚えてる?」
せめて、最後の時まで、親父らしくいてやらないと
「今日はパパの命日なんだよ。」
「……え?」
腹部に激痛が走った。よろよろと後ろに下がり、視線を下げると、俺の腹にはナイフが刺さっていた。
「あの時、父さんがパパを殺したから僕が生まれたんだよ。」
そいつの顔を見ると、先程までの嬉しそうな顔はすっかり冷めていた。
「父さんが情を出して、僕を殺さなかったから、生まれたんだよ。」
ああ……思い出した。俺の初仕事、汚職警察官一家の暗殺。7年前だったか、警察のメンツの為に事実を暴けず、殺してほしいと頼まれた。仕事の途中、5歳くらいのガキと目があった時、思ったんだ、「ガキに罪はねぇ」と。あの時の……。
殺されて当然の人生だった。でもこのガキは……この子は、幸せになるべきだ。逃げてくれ、屑を殺した罪で人生を終わらせないでくれ。……なんて薄れゆく意識の中俺は祈っていた。
しかし俺が最期に見た光景は、俺を刺したナイフで自分の喉を掻き切る少年の姿だった。
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