4

 トーハン・アーデンは、癖のある長髪の黒髪が一番目を引く。髭は口だけで、あごにはない。

「気弱そうな殿様だな」

 と、孫六は誰にも聞こえないほどに呟いた。

「トーハン卿、例の者をお連れいたしました」

 ゲインズが、三人に膝をつくように手で合図すると、レベリウスとレダラスは、その通りにしたが、孫六は胡坐をかいて腰を下ろした。

「親方」

 レベリウスが焦って耳打ちするも、孫六はそれに構わず、両手の親指を床につけ、頭を下げた。トーハン・アーデンは驚いた顔をした。

「な、なにをしておるのだ、お前は」

「おはつに、お目にかかり申す。それがし、そこなるレベリウス殿とともに鍛冶屋をやっておる孫六と申す者。ご尊顔を拝謁し、恐悦至極」

 孫六、一段と頭を深く下げた。

「……、ゲインズ、この者は何を言っているのだ?」

「はあ。……、あの」

 ゲインズがたずねようとするのへ、レベリウスが、お会いすることが出来てうれしい、ということを言ったと思う、というようなことを考えながら伝えた。


「そうか。何やら難しい言い方だったが、そういうことであるならば、ありがとう」

 トーハン・アーデンは戸惑いつつも声をかけた。

「顔を上げなさい」

 孫六はようやく顔を追上げた。

「私が、この領主のトーハン・アーデンという。マゴロクとかいったかな。私に言いたいことがあるというのは、なんだ?」

「クロムンド・バトー殿を解放していただきたく存ずる」

「そのことであれば、すでに死刑という決を出している。くつがえすわけにはいかん」

「お尋ね申す。クロムンド・バトー殿を、死罪にされるわけをお聞かせ願いたい」

「……、あの男は、我が領内で人を殺した。許されざる大罪だ」

「なるほど。では、この町、ひいてはこの国において、決闘はありやなしや」

 トーハンが答えに窮していると、

「決闘は、決められている作法にのっとれば、許されるものであります。そして、この領地内でも、過去にはありました」

 ゲインズが代わりに答えた。

「では、お伺いするが、この度のクロムンド・バトー殿の所業は、決闘にあたるか否か」

「現場を見た者がいないゆえ、それは分かりかねます。ですが、相手方の果たし状があるため、推認はできるかと」

 ゲインズがまたしても答えるのへ、

「私への質問だぞ、ゲインズ」

 と、トーハンは苦い顔をした。

「申し訳ありません、トーハン卿」

「……、では、マゴロク、他に聞きたいことは何か?」

「そうさな。……、さきほど、ゲインズ殿が、決闘の推認が出来る、と申された。たしかに、あの場にはだれもおらなんだゆえの、いうなれば野試合だ。果し合いというのは、互いが命を取られることを十分に覚悟したうえでの、命のやり取りであろう。さすれば、殺された相手方も、満足というものではないが、得心をしているに相違ない、と推認もできる。そもそも、何故殿様は、それほど性急に死罪を申しつけられたのか、合点が参らぬ」

「……、私は、お前のいう命のやり取りというものをなるべく廃らせようと思っている。国を挙げての戦いでなければ、個人の決闘は木の剣をつかってやればいい」

 孫六は声を上げて笑った。レベリウスが窘める。

「これが笑わずにはおられるかよ。木剣でやりあうのであれば、それは果し合いではなく単なる試合でしかない。仕合は、己の命と矜持をかけて証を立てるもの。いくら領主の命とて、それは犯してはならんことだ」

「……」

「それに、殿様は異なことをおっしゃる。それは、決闘にて命を奪った者の命を奪うということだ。命のやり取りを減らすというのであれば、死罪の決は、それに反しはせぬか?」

 トーハンは、返す言葉がないのか、黙っている。


 孫六は、さらに続ける。

「クロムンド・バトーにしろ、相手方にしろ、互いに納得ずくでの果し合いであり、結果クロムンド・バトーが勝った。それ以上もそれ以下もない。剣客は、命のやり取りが商売よ。そして、やりとりの数が増えれば増えるほど、その商売は重くなる。尋常な果し合いでの命のやり取りは、決して無辜の民を虐殺したり、あるいはいわれなき者を己の欲のために殺すのとは、わけが違う」

「……」

「命のやり取りを嫌うと申され、そのくせクロムンド殿を死罪にする。命を取る事を嫌う者が、何故命を奪うのか。今一度、ご再考願いたい」

 孫六は言うだけ言うとすっきりした顔になり、

「では、これにて御免」

 と、立ち上がった。

 ―― 待て。

 トーハンが、顔を赤黒くさせて、顔を震わせている。

「言いたいことを言ってくれるな、鍛冶屋」

「気分を害しましたらばご容赦願いたい」

 孫六はトーハンの怒りを意に介していない。

「それほどに大言を吐くからには、覚悟はできているか」

「覚悟?儂を牢へ入れることかね」

 レベリウスとレダラスが思いとどまるように直言しようとするのへ、ゲインズが間に入ってそれを止める。

「牢?その程度のことで済むと思うか」

「ならば、この皺くれのそっ首でも叩き落すか、くくるか」

 孫六の言葉に、ゲインズは、

「それはいけません。もしそのようなことをなされては、アーデン家の名に傷がつきます。それだけではなく、ミレバル王国にも知れ渡りましょう。そうなれば、トーハン卿は、悪名を広げてしまうことになります」

「ゲインズ、余計な口を挟むな」

「しかし。……」

「考えてもみろ。この老人は、己のことをかえりみずに、意見を述べたのだ。私とて、ミレバル王国では領主の座にいる者。一時の感情で、軽々しく命を奪えるわけがない。その程度の倫理は、私も持っているつもりだが」

「こ、これは失礼しました」

「だが、わたしを相手にそこまで言う以上、何らかの覚悟はできているだろう?」


 できている、と孫六は頷いた。

「一つ聞きたい。何故、お前はそこまでクロムンド・バトーを守ろうとする」

「客だからさ」

「客?」

「儂の刀を買うてくれた客は大切にせねばならぬ。ましてや、尋常な立ち合いにて勝った者を、外の理屈でもってどうにかするのは天道に悖ることゆえ、申し上げたまでのこと」

「たかが客のために命を張るのか、鍛冶屋というのは」

 トーハンはレベリウスの方をみやるが、レベリウスは恐ろしい勢いで首をふる。

「むこうの若い男はそうではない、といっているようだが」

「普通は、レベリウスの言う通りであろう。刀剣を買ってもらった客にそこまでするのはおらん。儂が、クロムンド・バトーを庇い立てするは、ひとえにクロムンドの剣の腕と、人格を惜しむためよ」

「クロムンド・バトーは、殺すには惜しい男だ、と言いたいのか」

「左様。それに、剣術を商売にしている者は、多かれ少なかれ命のやり取りをせねばならぬ。それは戦の勝ち負けと似ている。敗戦の責は負うべきであるが、殺したことへの責を問うべきであろうか。そう、儂は考えるがな」


 そこまでいうならば、とトーハンは一つの提案を出した。

「クロムンド・バトーの助命の機会を与えよう」

 ほう、と孫六は驚いた。

「機会、とは如何に」

「クロムンド・バトーと、このゲインズ・アブールとの、一対一の勝負をし、もし、クロムンド・バトーが勝った時には、死刑をゆるし、別の刑罰を与える。ゲインズが勝った暁には、予定通り死刑とする」

「勝負の方法は」

「無論、真剣は使わず、木剣での勝負とする。場所は、町の中央広場だ」

「誰が立ち合いの見届人をするのかな」

「お前だ、鍛冶屋」

「よかろう。儂とて剣術家のはしくれ、情けをかけたりはせぬ。もし道場主殿が負ければ潔く負けを宣告しよう」


 勝負は三日後、ということになり、クロムンドはひとまず保釈された。保証は、孫六自身である。

「ご迷惑をおかけしました」

 クロムンドは工房に来て、孫六とレベリウスに頭を下げた。

「儂よりお前さんだよ。お前さんがゲインズ・アブールに勝たなければ、お前さんは死ぬんだ」

「心得ております」

「ゆめゆめ、油断なされるな」

「はい」

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