3

 工房にウィリシュがやってきたのは、そのときだった。

「ドワル川に斬殺の死体が上がっているが、なにか。……」

「どうした、大将」

 ウィリシュは怪訝そうな顔をして、

「いや、何か知っているか、と聞きに来たわけなんだが。……」

 というと、クロムンドは立ち上がり、

「私がやった」

 と、ウィリシュに刀を渡した。

「どういうことだ?」

「ドワル川でしんでいる男は、名はウラードという。そして、斬ったのは私だ、といっている」

 ウィリシュは少し混乱している様子だったが、

「だったら、ひとまず詰所に来てもらうことになるが、いいな?」

 と、念を押した。

「どのみち行くつもりだった。逆に手間が省けるよ」

 クロムンドはにこり、とした。


 クロムンドが連行された後の工房で、レダラスは、

「どうしよう、じいちゃん」

 と、消え入りそうな声で助けを求めるが、孫六はこう答えた。

「儂らではどうにもならん。せめて、立ち合う前であれば、尋常な立ち合いであったことを伝えることはできるが」

「じゃあ、どうにもならないのかよ」

「どのような経緯でたちあったのか。あの果たし状を大将が受け取れば、あるいは。……」

「先生は、どうなるの?」

「さあな。なるように祈るしかあるまいな。我らにできることは限られておる」


 ウィリシュがやってきたのは、クロムンドが連行されてから三日ほど経ったころで、その表情は全くうかないものになっていた。

「大将、道場主殿は、どうなった」

 孫六に聞かれたウィリシュは、切り出すことに躊躇しているようである。

「いかがした?」

「じつはな、クロムンドは、死刑、ということになった」

「しけい?……、つまりは、死罪か」

「ようするに、命を持って償え、だとよ」

 孫六はウィリシュに詰め寄った。

「大将」

「な、なんだよ」

「お前さん、果たし状は読んだのか?」

「読んだよ。それをトーハン様にもだした。それでも、死刑なんだよ」

「トーハン様というのは、たしか町の領主だったな。つまりは殿様、ということか。大将の主君の目は節穴らしい」

「それ以上侮辱すると、いくら爺さんでも容赦せんぞ」

「そのようなこけおどしにひるむと思うてか。儂が一つ、殿様にあって掛け合ってくる」

 孫六が工房を出ようとするのへ、レベリウスが道をふさぐ形で止めに入った。

「親方、ちょっとまってくれよ。親方まで捕まったらどうするんだよ」

「元より承知よ。それに、一度殿様の顔も見ておきたかったでな」

「わかった。だったら、俺も行く」

 ウィリシュは、それはだめだ、と難色を示した。

「ウィリシュ、どっちにしたってこの爺さんはいくつもりだぜ?それに、俺が一緒にいればいざという時に止められるかもしれない」

 ウィリシュは舌打ちをした。

「どうなっても知らないからな」


 結局、レベリウスとレダラス、孫六の三人は、領主であるトーハン・アーデンに目通りを願い出た。

 領主の館はアーデンの町を見守るように、小高い丘の上にあって、白亜のレンガ壁が館の象徴でもあり、名所にもなっている。

 ウィリシュは館の門番に訳を説明すると、当然ながら、

「トーハン卿は、忙しいのでお会いになることはない」

 ということを言って、三人を追っ払った。

「もう帰ろうぜ、これ以上はどうにもならない」

 ウィリシュが悲鳴に近い声を上げると、孫六は、

「門番よ」

 と声をかけた。当然門番は無視をして立っている。

「マゴロク、一旦退こう。悪いことは言わないから」

 ウィリシュが孫六の腕を引こうとするが、どこがどうなっているのか、ウィリシュがいくら引っ張ろうとしても、頑として孫六は動かない。それどころか、どっかと座りこんだ。

 すると、騒ぎを聞きつけたのか、休んでいた門番たちや守衛兵たちもやって来て、ウィリシュに事の次第を問い詰め始めた。

「いや、これは。その。……」

 ウィリシュが汗を垂らしながらどうにか説明しようとする。と、孫六が、

「ここの殿様に会うまでは一歩たりとも動かんぞ!」

 と、鼻息を荒くした。

「おいジジイ。いい加減にしないと、地下牢に放り込むぞ」

 駆け付けた者のうちの一人が、座り込んだ孫六の目を見ながらいった。

「それでも構わんさ、殿様に会えるのならばな」

「そもそも、そのトノサマってのは何なんだ?」

「ここのご領主だよ。トーハンとかいったかな」

「呼び捨てにするな!……、なんで目通りを願うんだ?」

「クロムンドのことで、話があるからさ」

「クロムンド?……、ああ、死刑に決まった奴のことか。貴様、そいつの知り合いか。だとしたら、無駄な事だ。トーハン様は、一度決めたことは曲げる御方ではないからな」

「頑固な領主ほど、民たちにとっては迷惑この上ない。『君子時に豹変す』ということもないようでは、この先たかが知れておる」

「ジジイ!もう我慢ならねえ。そこまで牢に入たけりゃ、ぶち込んでやる」

 顔を赤くして息巻いているところへ、声をかける者があった。


 トーハン・アーデンの右腕であり、また剣術の達人でもあるゲインズ・アブールであった。

「げ、ゲインズ様」

 孫六以外の皆が膝をつき、恭順の意を示すと、

「一体何があったのですか」

 とゲインズは優しそうな声で訊ねた。

「実は。……」

 門番たちが事情を説明すると、ゲインズは、

「わかりました。どうであれ、このご老人は、納得できるまではここを動かないでしょう。……、どうでしょう、ここは私に任せていただけませんか?」

「しかし、わざわざゲインズ様のお手を。……」

「といって、このままではどうにもならないでしょう。この方の思う通りにした方が面倒にならなくて済むと思いますよ?ええと。……」

「孫六と申す。レベリウス殿の元で、鍛冶屋をやっておりまする」

「なるほど、マゴロクさんですね?では、ご案内いたしましょう」


 館へ向かう途中、ゲインズは、孫六たちに、死刑になった経緯について話し始めた。

「我が領主である、トーハン・アーデン卿は、例の手紙について、承知をしております。その上で、死刑という判決を下されました」

「儂が思うに、あれは尋常な剣術の立ち合いであろう。であれば、あれは決闘というべきものではないかな」

「ええ。私も、興味があって現場を見に行きましたが、あれはたしかに正当な決闘といって良いでしょう。ですが、トーハン卿は、そのような決闘を嫌う御方なのです」

「血が嫌いか」

「ええ。人が死ぬということ、とりわけ命のやり取りを、嫌がるお人なのです。それが、君主として、領主としてどうなのかはさておいて」

 そう話しているうちに、控えの部屋に通された。

「私の方で謁見が叶うかどうか、説得を試みます。できましたらば、お呼びいたしますので」


 通された控室は、調度品とソファが置いてあるだけの質素なものだったが、三人が待つには十分な広さであった。

「しかし、あのゲインズ様に会えるなんてな」

 レベリウスは興奮していた。

「あの御仁はそこまでの人物かえ?」

「そこまでどころか、いまのこのアーデンの町があるのは、あのゲインズ様のおかげだといっていいんだ。昔、この町に大勢の山賊がやってきたことがあった。そのとき、たった一人で戦い、蹴散らしたのがゲインズ様だ。それだけじゃない、この町になにかの災いが起きるたび、ゲインズ様は、身を賭して守ってくださっているんだ。ゲインズ様だけじゃない、アブール家は代々、そのようにしてこの町を守ってくださっているんだよ」

「なるほどのう、それほどまでに忠義のあつい家臣はじつに、大事にせねばならんな」

「他人事みたいだな、親方」

「他人事だよ。儂のような鍛冶屋からすれば、武士の忠義など飯の種にも金に替わるわけでもない。ただ、その心がけはまことに立派だ。儂の周りにそれほどの忠義者がいたかどうか」

 孫六がそういい終わるや否や、ゲインズがやってきた。

「トーハン卿は、お会いになる、ということです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る