NO.27|確実に破壊する
「――破壊しなければならない」
自分の発した言葉で
右手を振るって、布切れとガムテープで作った山猫のパペット――偽物のネルーに積もった粉じんを払い落とす。偽ネルーのマジックで黒く塗り潰した眼が灯花に何かを語りかけているようだ。灯花は胸に浮かぶ、自分の考えを確かめる。
――劇を終わらせる。当然だ。自分の劇だ。
もう
「記憶の欠片を発動させずに劇を終えればいい。未夜の真似もしないし、私は未夜を見送りもしない。ただ自分の劇をするだけだ。……もしも、「記憶の欠片」が発動することがあれば――」
灯花は視線を上げた。
「――破壊しなければならない」
そう言って、パペットのままの右手で後ろ髪を上げて首筋を確認した。
「記憶の欠片」が受容されたインターフェイス部だ。
視線を戻すと、
灯花は告げる。
「劇本番の途中で私が
「今すぐ壊したい気になってきたよ……。ちょっと……。ほら、うってつけの鈍器もある。リハーサルするわけにはいかないが俺はやる。劇で終わらせたいが、できないならあなたを壊すしかない。シンプルな結論だ」
両手が塞がっている灯花は、左手に持っていた移動式舞台の破片をシャツの胸ポケットに入れようとするけど、ポケットの作りが小さくてうまく収まらず詰め込む。左手で偽ネルーを外して持った。
「じゃあお互いの「終わり」のために」
床に座り込んだ灯花が差し上げるように手を伸ばす。
膝を折って屈んだ姿勢の
近づいた二人の指先が接して擦れ、さらに伸ばされる。
ぴんと張った指が緩む――合図だ。
二人は手を握る。
灯花はどれぐらい力を込めていいものか分からなかったので、かつて
「誰もが喜ぶ劇だ。二度と見れない最高の劇が俺たちの終わりだ」
彼は未夜を見送るための葬式をしようとしている。
灯花は自分のリハーサルを終わらせる――つまり自分の葬式を行おうとしている。
目的は違うが、劇をするという行為は同じだ。
「全て終わったら、あなたはどうするつもり?」
灯花は壊れ、未夜は死ぬ。残るのは
「劇が終わればいい。終わった後に残りカスみたいなものがあるね。未夜を忘れないでいるのは俺だけだから、思い出すのかな」
哀れな
ふと思う。未夜を失った彼は、ただ一人残るしかない。定まった結末に至るために感情を抑えている――未夜を捨て忘れたいという気持ちは彼のどこかにあるのかもしれない。無自覚に。
さっさとホールに戻って劇の準備をしたい、と思っていると、どこか遠くから自分を呼ぶ声がする。自分と
気づいた
「下りてきたら? ここからの景色もなかなかいいよ」
崩れかけた閉架資料庫に彼の声が響く。
そろりそろりと時々奇声を上げながらようやく下りて来た夏海に、劇をすること。そして、記憶の欠片が発動した場合の行動も話しておく。理由がある。
「もし発動したら、私は
困惑する夏海に向かって続ける。
「未夜がここに私を隠すのをあなたは手伝った。未夜の企みだったとしても、私に一つ借りがある。ちゃんと返してもらう。夏海しかいない。私の一生のお願いだよ」
夏海に使うのは今しかない。彼は頷いて見せた。
「心配いらない。俺がやるんだから」
腰のベルトに差し込まれてパイプレンチは収納されている。灯花が視線を送る瞬間、彼はやや腰を落としながら、パイプレンチを引き抜き、逆手となった取っ手をくるりと回転させて構える。
「
「知ってる、段ボールを運んだ時、薄っすらと中身が私だと気づいていた。……でも黙っていたんだよね、未夜との約束を破りたくないから」
灯花は夏海に顔を寄せて言う。
「破壊することが罪滅ぼしになるんだよ。やれる?」
念を押すが夏海はまだ迷っている。
「破壊しなければ統合移植で、誰だか分からない者が蘇生するだけ。身体は未夜だけど。私たち――春雪も私も望んでいない。協力してくれるね」
彼は頷いて見せた。大丈夫だろう。劇の途中に発動しても二重の備えがある。
そもそも発動させないのだ。劇を最後まで終わらせるのだから。
劇は明日。準備を急がねばならない――。
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