NO.28|VR棺桶

「私は形だけのお葬式じゃなくて、身体の入ったお棺を御神輿おみこしみたいにみんなで担いで霊きゅう車? 分かんない。車までお坊さんと運ぶやつ、ああゆうのやりたいんだ」


 記憶の欠片が発動した時に上書きされた未夜みやの言葉である。

 未夜自身の記憶であるので、あの時の彼女はその場しのぎに適当なことを言ったのだと知っている。まあ知っておいて放っておくのも気になり出したので明日の劇本番前に、さっさと「未夜的な葬式」を済ませておくことにした。実際には未夜はまだコールドスリープマシンの中で半解凍なので死ぬのは3か月先のことだけど、その時に灯花とうかので「未夜的な葬式」に参加できない。ちょっと楽しそうだと思ったのだ。

 しかし、問題は棺桶がないということだ。試しに段ボール箱にしゃがんで入って持ち上げてもらおうとすると、箱の強度が足りずに底が抜けた。灯花の骨格は金属でてきているので、15歳の少女の平均体重と比べてかなり重い。そこで、学校に配備してある災害用担架を使うことにした。

 草を生い茂る中庭に出て、担架袋を開封する。

 折り畳まれた骨組みを広げてロックすると、シートがピンと張る。先端のグリップはゴムで覆われて太く、力をこめやすい形状になっている。乗せた疾病者を保定するために胸部と脚部にベルトが付いているから、ずり落ちることもない。

 

「ぐう」「っぅぅう」


 担架に保定した灯花を持ち上げたはいいが、うめき声を上げる春雪はるゆき夏海なつみ。思ったのと違うな。もっと賑やかなものを想像していた。担架を持つ二人に騒ぐ余裕は全くなさそうだ。すぐに元の草むらに下ろされた。空に雲が流れてゆく。二人はまだ肩で息をしており、「未夜的な葬式」の再開にはまだ時間がかかりそうだ。がっかりしていると上空から声。


「なにしてるのー」「まぜてよー」「えー何あれ」


 子どもたち、と混じる見知らぬ者たち――どうやら本校の図書委員らしい。総数20名。 明日の未夜祭に子どもたちが「参加」するので会いに来たらしい。


 夏海の説明を要約すると、未夜祭では実際に本校まで子どもたちが行くことはできないので、図書委員が各一人付いて代わりに学園祭をめぐる。図書委員は特殊なゴーグル――モニターやカメラなどが複合された装置を付けており、彼らの見るもの聞くものは病室の子どもたちも感じることができる。お喋りしたり、チャットしたり、ほぼ一方的に話しかける場合もある。子どもたちの中には人工呼吸器を使っている者もいるし無菌室にいる子もいるから、「代わりに学園祭をめぐる」というのは単純な仕事ではない。なので図書委員は本校生徒からコミュニケーション能力や積極性に長け、院内学級に関する知識も備える、しかもやる気にあふれた人材という選抜されたメンバーで構成されている。受け持ちの子どもからは「フレンド」と呼ばれる。

 

 動ける子どもたちと何人かのフレンドが中庭に下りて来た。

 何をしているのかと問われたので、未夜の葬式だと素直に言った。


「そうゆうのはみんなでやるべきだね、だって寂しいじゃない」

夏兄なつにい、わたしも乗りたい乗りたい乗りたい」


 子どもたちは騒ぎだす。フレンドの何人かは既にゴーグルを付けていて病室の子どもたちと話していて、どうやらみんな未夜の葬式に参加したいらしい。遊んでいるわけではない、と子どもたちを納得させるのは骨が折れるな。確かに灯花自身も楽しそうだと思ったのだから。


 全員で葬式をやるとなると、担ぎ手の力不足は一気に解決した。学校と病棟を結ぶ通路の中庭出入口からスタートするとして、ゴールには車がある想定だが……。そして坊さんもいない。

  

 結局、中庭をぐるっと一周して渦巻きのように中心に向かい大穴のバリケードがゴールということになった。坊さんは仏教系中学を卒業して、お経を唱えられるフレンドの一人が列を先導する。


「なんで未夜の代わりに灯花が乗るんだっけ」そもそもについて春雪が問う。

「私は未夜じゃないけど、「記憶の欠片」があるから、未夜の一部を持っているようなものでしょう」


 正直に言えば、「未夜的な葬式」をやってみたかっただけかもしれない。


 掛け声とともにふわりと浮き上がる。

 みんながよって前後の取っ手だけじゃなくフレームのあちこちに手をやって持ち上げているので重みがなくなったような浮遊感だ。


「お疲れ様、目覚められなくて残念だねー」

「しんみり過ぎない? あんた通院組だったでしょ……まあいいか」

「あなたは風邪ひいたこともないって言ってなかった?」

「今後も病院にはお世話になりたくないけど憧れのようなものがある」

「めんど。未夜、お疲れ様、おめでとうございます! 合ってる?」

「さあ? いいんじゃないかあ、どうなの、坊さん」

「偲ぶ気持ちがあれば、どうぞご自由になさってください」

「いい坊主になれるよ」


 四角く区切られた空には薄っすらとした雲が流れている。穏やかな心地で灯花は中庭の空を見ている。周りからは賑やかな声が聞こえている。動ける子どもたちはしゃいで、病棟にいる子もきっと喜んでいる。


 未夜がやりたかった葬式はこんなのか。


 ――悪くない。


 バリケードまで来て着地する。


 棺桶を模した担架まで手が届かないのでフレンドの周りにいた動ける子どもたちが、次は自分が乗りたいと言い出す。子どもの背丈では保定ベルトが機能しないかもしれないので厳しく却下した。代わりにフレンドが20人全員、順番に乗ることになった。次のゴールは通路の中庭出入口になる。ゴーグルを装着したフレンドの受け持ちは、無菌室にいる子どもである。声は出せないのでスタンプだけ送ってくれる、と担架の上からフレンドが説明した。

 2回目の「未夜的な葬式」が始まり、担架は進んでゆく。


 灯花が言葉を掛ける番だ。

 集団の傍を歩きながら灯花は思考する。

 

 ――自分は彼女への言葉は何だろう。


 答えは出ないまま、「未夜的な葬式」は終わる。


 フレンドたちが本校に帰ってゆく。


「また明日」「楽しみだねえ」「明日終わっちゃうんだねえ」


 子どもたちも喜んでいる。明日だ。


 明日が劇本番だ――。

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