大切な家族
「ねえお姉ちゃん。最近様子がおかしいよね。悩んでたりニヤニヤしてたり落ち込んでたり……。どうしたの?はっ、まさか恋とか!?」
「いや、そんなわけないじゃん」
「だよねえ。お姉ちゃんに限ってそんなわけないか」
「え、それ悪口?」
「だってお姉ちゃん、シオンくん、だっけ?にしか興味ないじゃん。二次元ばんざーい!って言って」
「う゛っ……」
明かりの灯るリビングで、にぎやかな夜ご飯を食べる。
妹のザクロと二人で囲む食卓は温かいけれど、寂しくもあった。
私とザクロは、幼い頃に母を白血病で亡くしている。私はその時五歳だったから、おぼろげながら母に関する記憶があるけれど、当時三歳だったザクロは母について何も覚えていない。ザクロは、「全然知らないくらいの方が諦めもつく」とさわやかな笑顔で言っていたけれど。
父は一年前、交通事故で死んだ。ザクロと同い年の女の子を庇ってトラックにひかれたらしい。女の子は父に突き飛ばされた時のすり傷だけで済んだらしく、後日お礼を言いに、家族でわざわざ家まで出向いてくれた。葬儀にも出たいと申し出があったけれど、近しい身内だけの家族葬を選んだため、丁重にお断りした。
葬式が終わった深夜、私とザクロは「お父さん、めっちゃカッコよく逝っちゃったね。今頃、心優しい女神様にお慈悲をかけてもらって、異世界に転生してたりして」と笑って、泣いた。
父を亡くした時、私は高校一年生でザクロが中学二年生ということもあって、葬儀に来てくれた親戚が引き取ろうかと提案してくれたけれど、生まれ育った家を離れるよりは二人で暮らしたいと結論づけた。
現在妹は中学三年生、つまり受験生ということで、料理以外のほとんどの家事は私がやっている。これは私が決めた。ザクロには反対されたけれど、来年私が受験生になったらよろしくねとウィンクすると、不承不承納得してくれた。お姉ちゃんって昔からウィンク下手だよね、なんて余計な一言も付いていたけれど。料理も毎日私がやるといったんだけど、それはザクロが断固として譲らなかった。あの時はザクロがあまりにも頑なだったからしぶしぶ了承したけど、今思うとたぶんザクロは、両親がいない悲しみを大好きな料理で紛らわしていたんだと思う。私がアニメや漫画にのめり込むことで現実を受け入れたのと、同じように。そんなわけで、料理だけは毎日ザクロが作ってくれている。
「お姉ちゃん、今日の肉じゃが自信作なんだけど、どう?」
「うん、すっごくおいしいよ!」
「ほんと?よかった」
じゃがいもを箸でつまみながら、学校であったことについての他愛ない話題に興じる。
二人で協力して皿を洗いながら、私は口を開いた。
「あのさ、ザクロ。……打算や下心の上でやったことが相手に感謝されて、すごく罪悪感がわいて、打算とかなしに相手と接したいと思うけど、それができないとき、どうしたらいいと思う?」
突拍子もない私の一言に、ザクロはうーんと少し頭を悩ませてから、皿洗いの手を止めずに言葉を紡いだ。
「そうだね……これはわたしの考えなんだけど、たとえ打算や下心があったとしても、相手にとっては感謝するだけの価値のある行動だったってことでしょ?人間、純粋な善意だけで行動することの方が少ないんだし、素直に感謝を受け取ってもいいんじゃないかな。罪悪感がわくってことは、それだけ『相手に対して誠実に接したかった』って思ってる証でしょ。自分の利益とか度外視で相手と接したくてもできないなら、割り切るしかないと思う」
ザクロの言葉を、ゆっくりゆっくり、かみしめるように頭の中で反芻する。
細い息を吐いて、言葉をつないだ。
「……感謝されて、罪悪感がわくから、相手に『実は打算とかあっての行動でした』って言った方がいいのかな」
「別にそれは個人の自由だけど、わたしはその人の自己満足だと思う。確かにそう言えば罪悪感は薄れるだろうけど、それを聞いて悲しむのは相手でしょ。自分の気持ちが軽くなることだけ考えて行動するのはよくないんじゃない?」
(……ザクロの言う通りだ。私たちは万能な神じゃないから、一つを選ばないといけない時が来る。その時私は、よく知らない他人より自分を選ぶ。自由な選択の責任は、自分にあるんだ)
私は二回深呼吸をして、皿を覆う洗剤の泡を水できれいさっぱり流した。
「うん。ありがとう、ザクロ。おかげで吹っ切れたよ。罪悪感なんて、所詮は私のエゴだよね。自分の希望を叶えるには、必要なことだもん。私、頑張る!」
「元気になってよかった。何のことかはさっぱりだけど、あえて聞かないでおいてあげる。でもね、これだけは覚えておいて」
私に続いて皿洗いを終えたザクロが、濡れた両手をハンドタオルで拭く。
白く細い人差し指を私のほっぺにぴとりと当てて、ザクロはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「すごく大変なことでも、何でもないことでも、全部、相談していいからね。わたしは、お姉ちゃんの大切な家族なんだから」
にししっと笑うザクロは、去年父の葬儀で虚ろな目で宙を見つめていたあの時から、すごく成長したんだ。
身長も三センチ伸びたし、人前で泣くこともなくなったし、人間関係でトラブルも起こさなくなった。
「ザクロ……大きくなったね」
熱くなった目頭をごまかすように、ザクロをぎゅうっと抱きしめる。ザクロは「苦しいよ、お姉ちゃん。わたし、もう子供じゃないから」と苦笑していたけど、その声色は嬉しそうだった。
「本当にありがとう、ザクロ。……大好きだよ」
「ふふっ、どういたしまして。……私もだよ」
おやすみなさいを言い合って、それぞれ自室のベッドにもぐりこむ。
その日はここ一年で一番深い眠りにつけて、とてもいい夢を見た。
夢の中で、母と父と私とザクロの四人で、たくさんたくさん笑い合った。
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