第6話 砦の街、夜に燃ゆ



ユリウスの砦──。


辺境に築かれたこの要塞都市は、交易と傭兵、そして時に無法者たちの拠点として栄えていた。昼は商人たちの喧騒、夜は剣と血の音が支配する、そんな街だ。


「ずいぶんと、荒れてるな……」


「これでも“比較的安全”な街らしいわよ?」


ルナが肩をすくめながら言う。二人は砦の大門をくぐり、雑多な市民や傭兵の間を抜けて宿を探していた。


宿の名前は《赤獅子亭》。

外見こそ古びているが、中は意外に清潔で、食事も上等。何より、受付の女将が物腰の柔らかい老婆で安心感がある。


「部屋は二つ空いてるよ。あんたたち、旅の剣士だね?」


「似たようなのが最近多くてね。……追放された魔法使い、傭兵上がりの騎士、ひと癖もふた癖もある連中さ」


女将は意味ありげに笑い、鍵を差し出した。


「喧嘩はしないようにね。街には“ルール”がある。夜八時を過ぎたら、剣を抜くのは禁止。それを破った者は、容赦なく“焚かれる”」


「焚かれる……?」


「ええ。本当に、燃やされるのさ。見せしめにね」


ルナが眉をひそめた。


「物騒な……」


「安心しな。正当防衛と認められれば助かる。でも、“先に抜いた者”は……裁かれる。それがこの街の掟」


レイは無言で頷き、鍵を受け取った。



夜。砦の街は、まるで別の顔を見せていた。


昼の賑わいが嘘のように消え、酒場の灯りが怪しく揺れ、どこからともなく刃物の匂いが漂ってくる。

《赤獅子亭》の食堂も、ひと癖ある冒険者たちで賑わっていた。


その中に──ひときわ異質な視線を送る男がいた。


「よう。……久しぶりだな、レイ」


その声に、レイの動きが止まる。


「……ディラン」


黒いマント、片目を隠した斥候の男。

かつて、同じパーティで幾度も死線を共にした男。


「お前も、この街に?」


「“追ってきた”と言った方が早いな」


沈黙。

周囲の空気がぴんと張り詰める。


「俺を殺しに来たのか?」


「いや。“俺はまだ”……殺す気はねぇ」


「まだ?」


ディランは酒をひと口飲み、深く息を吐いた。


「お前が何をして生き延びてるのか、確かめに来た。……本当に“魔剣に呑まれてない”のかをな」


レイはグリムの柄に手をやりかけ、すぐにやめた。


「俺は、まだ自分を保ってる。あの日、“誰にも救われなかった”俺が、それでもこうして立っている。それが答えだ」


「なら……“俺の問い”には答えられるか?」


ディランはポケットから、小さなペンダントを取り出した。


中には、少女の顔写真。


「覚えてるか? アルミア。……あの時、王都で行方不明になった魔術師の少女」


レイの目が揺れる。


「……あれは、事故だったはずだ」


「本当に事故か? あの日、あの場所にいたのは“お前と勇者”だけだ」


(……アレク。まさか、お前が)


「お前が彼女を殺していないのなら、“誰が殺したか”──答えを出せ。俺は、それを聞きに来た」


ルナが静かに立ち上がり、レイの肩に手を置いた。


「この話……関係あるのね。追放された“本当の理由”に」


レイは頷く。

そして、ディランを真正面から見据えた。


「答えは、俺もまだ持っていない。だが……必ず見つける。あいつらの中に“真実”がある。あのパーティの中に、“殺した奴”がいる」


その言葉に、ディランはゆっくりと目を閉じた。


「そうか……なら、今はまだ……“刃は交わさない”」


二人の視線がぶつかる。

だがそれは、かつての戦友としての静かな約束でもあった。


(レイ……もし、お前が“嘘”をついていたら。……その時は俺が止める)


(構わない。その時は、命を懸けて抗う。真実のために)



その夜、砦の一角が炎に包まれた。


“ルール”を破った者がいたのだ。


彼の名は──カイン。

かつてレイと共に戦った聖騎士。

そして今、彼は“処刑人”としてこの砦にいた。


「レイ=エルバート……やはり生きていたか。ならば、私はこの手で“正義”を執行する」


剣が、無言で月光を弾いた。

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