第5話 追跡者、影を踏む

「やっぱり……あいつ、生きてたか」


深い森の中、黒衣の男が膝をついて地面を撫でていた。

湿った土の上には、微かに残る足跡と、魔力の痕跡。

人の手で封じられていた井戸――そこを破り、地下の魔物を討伐した者がいる。


「魔剣の斬撃痕。こりゃ間違いねぇな……“レイ”だ」


男の名はディラン。

かつてレイと同じ勇者パーティに所属していた“影の斥候”。

情報収集と潜入に長け、冷静沈着な判断力で仲間からの信頼も厚かった。


だが今は──レイを追う立場にある。


「……アイツが生きてるって知ったら、パーティの奴らはどうするかね。特に、“あの男”は──」


ディランは懐から一通の文書を取り出した。

それは、王都の魔術師ギルドから届いた極秘通達。


《“レイ=エルバート”を確認次第、即時拘束せよ。必要ならば殺害を認める。》


(……本気で“抹消”しようとしてやがる)


あの男──元勇者、アレク。

パーティの中心であり、かつてレイを追放した張本人。


その彼が、自らの“罪”を隠すために、かつての仲間に賞金を懸け、命すら狙わせている。


ディランは口の中で呟いた。


「俺は……お前を殺しに来たんじゃねぇ。真実を確かめに来たんだ、レイ」


風が吹き抜け、森の枝葉が揺れる。

再び姿を隠したディランは、レイの進む先――西の街道を追って、森を後にした。



一方その頃。


レイとルナは、村での短い滞在を終え、再び旅を始めていた。


「次の街までは、二日ってとこか」


「“ユリウスの砦”よね? 商人も傭兵もよく立ち寄るって噂の中継地」


「そこに行けば、俺たちと同じような“訳あり”も多いはずだ」


街道を進みながら、ルナはふとレイに問いかけた。


「ねえ、レイ。……追放された時の話、聞いてもいい?」


レイは少しだけ沈黙し、そして前を見たまま答えた。


「……何も難しい話じゃない。俺は、強くなりすぎただけだ」


「強く……なりすぎた?」


「あいつらは恐れたんだ。“魔剣”を手にした俺を。……いや、魔剣を使いこなして、なお暴走しなかった“理性”を、かもしれないな」


ルナは目を見開く。


「力を持ったら、それに溺れるって思われてた。でも、あんたは違った。逆に、それが“気持ち悪い”って思われたの?」


「ああ。皮肉な話だろ」


その時、グリムが口を開いた。


《我はあの日から忘れていない。“勇者”と名乗る者が、我を封じようとしたあの瞬間を。》


「勇者、か」


レイの目が細くなる。

炎のように静かな怒りが、また一つ、胸に灯る。


「俺は……必ず、アイツらに会う。そして問う。“あの追放”の意味を。……いや、それだけじゃない」


ルナが問い返す。


「それだけじゃない?」


レイは、ゆっくりと呟いた。


「“あの時、誰一人として俺を庇わなかった”理由を。仲間だったはずの奴らが、なぜ一言も口を挟まなかったのか。……それを、この目で確かめたい」


ルナは静かに頷いた。


「……いいよ。最後まで、あんたと一緒に見る。その“真実”を」


街道の先に、砦の影が見え始めた。

その背後には、ディランの姿があった。


彼は言葉もなく、レイの背中をじっと見つめていた。


(あいつは、変わってねぇ……いや、変わったか。だが“目”は同じだ。真っすぐすぎるくらい、真っすぐだ)


(……だからこそ、あの時、誰も何も言えなかったのかもしれねぇな)


ディランの手は剣に届いていた。

だが、それを抜くことはなかった。


彼はただ、そっと呟いた。


「待ってろよ、レイ。俺も、お前にケリをつけに行く」


風が、また吹いた。


それぞれの過去と、想いと、復讐が交差し始める。

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