第4話 花よりナニカ

 一輪挿しの花瓶。黄色い薔薇の飾られた机……

  そんな物あった、か?……


 僕はそっと机に近付いた。

 遠目には美しく鮮やかな黄色に見えたがよく見ると霞んでいる。

 どことなく元気の無さそうな花びらにはシワがより、僅かに茶色い。


 僕はそっと手を伸ばした。

 触れれば落ちてしまいそうなほど弱りきった花に。

 しかし茎は元気よくいばらは健在だ。



  チクッ



 トゲが刺さり僕の指から赤い血が流れた。



  ゴクッ



 黄色い薔薇に僕の血がついた。


  棘が、僕の血を飲み干すように薄れ乾く。

  飲み切れず溢れた涎のように、流れ落ちた血が水さえ赤く染めた。

 


 茶色っぽかった花びらが徐々に紅く染まっていく気がするのは気のせいだと思いたい。



  薔薇が、笑っているような……


  あの笑顔が、重なって見える……


 誰の顔か思い出せない。けれどとても腹立たしく、それでいて悲しい。

 手を伸ばしたい、この手を取って……声にならない叫びは何に対して向けた感情だったのだろう。


 いつの間にか僕は窓の外に手を伸ばしていた。


 気付くのがもう少し遅かったら、そのまま階下に落ちていたかもしれない。



  はは、残念だなぁ……



 どこか自嘲めいた、それでいて誰かの囁きのように脳内に響くそれは

  誰の感情だったのか、今の僕には分からない。


 黄色だと思っていたそれは血のような色をした真紅の薔薇だった。


 何故だろう、先ほど見た日記の謎の文字が脳裏に浮かぶ。

 何故か色が違って見えたそれはどこか見覚えのある……


 薔薇を見る。鋭く尖る棘すら美しく、その全てが完璧な鮮血の紅薔薇……


 見惚れるようで高鳴る胸が、それとは別に深いため息をつかせる妙な感覚だ。


 薔薇は僕から生気を奪い赤々と咲き誇り

 僕から全てを奪って、それなのに……


 奪う?

  どうして?



 どうしてそんな事を思う……



  お ま え は だ れ だ 


 ……

 …………



 パラリ


 震える指先がその正体を暴かんとページをめくった。



【日記11ページ目】

 今日は道端で小さな花を見つけた。アスファルトの隙間から出てきた小さな花だ。

 小さ過ぎて誰も見つけられないね。誰にも気付かれず、刈り取る人も居なければ踏みつけて行く人も居ない。

 ただそこにあるだけの存在。

 すごいね。


ーーーー


 この日は普通に見える。

 小さなものにも目を向けられる、よく気付く子なんだろうか?

 それとも……?


【日記12ページ目】

 あの花はまだそこに居た。

 誰にも見つからず摘み取られる事も、踏まれる事も無く、それ以上育つ事も無くそこに居た。

 まるでそこだけ時間ときが止まったようだ。


ーーーー


 日記はここで終わっている。

 随分とアスファルトの小さな花が気に入っているようだ。

 ……花に何かあるのだろうか?……


【日記13ページ目】

 土の上に咲く小さな花から花びらがひらりと風に舞う。

 アスファルトの上に落ちた花びらが見上げる先には1輪の小さい花。同じ花なのに何故こうも違うのだろう?

 地に落ちた花びらはまるで、友達作れば?と嘲笑うようで1輪の花は余計に寂しそうに見える。

 簡単でしょう?

 本当に?

 

 誰も気付かない、誰にも気付かれない。まるで透明人間になったみたい。ねぇ、どうしたら良い?

 気付けば私は地に落ちた花びらを拾い上げて握り潰していた……

 手の中にあった美しかった小さな花びらが圧力に負けて萎れてしまった。

 あぁ、××××だ……私って酷い奴だね。


ーーーー


 日記の一部が掠れて読めない。

 赤土なのか、それともまた別のナニカか……

 赤黒く色付いている。


 そう言えば10ページ目の読めないところもこんな色していたような……


 日記の主はこの花に自分をなぞらえていたのだろうか。

 だとしたら……


 僕は恐ろしい想像をしかけて軽く首を振った。

 やめてくれ、冗談じゃない。

 僕は何かを振り払うようにページをめくった。


【日記14ページ目】

 あぁ、

 いいきみだ。

 うえを見ればきりがなく、

 えにかいたもちは食べる事もできない。

 おぼえてるかな?……


ーーーー


 何だ、これは……


 随分と変な書き方をしている。

 何が言いたいんだ?


 僕は首を傾げる。


 はて、とページをめくる指を離すとどこからとも無く吹く風がページをめくる。

 まるで次を促すように。


【日記15ページ目】

 ひみつは秘密。

 ところで、この日記、

 を……

 のぞき見る人がいるみたい。

 ろくな事書いてないのにね。

 わからないかな?

 ばかみたい。

 あなたを見ている

 なんて言ったら、

 ふふっ、

 たぶんあなたは

 つみだよ。


ーーーー


 ビリッ



突然、何かが破れる音がした。

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