第二十五話 振り返り

 エタナの足取りは何処までも重く、それでも暑くなってくると壁と壁の隙間の日陰で息を切らせて壁を背に休んでいた。


 周治の所では水道こそ止まっていたが、公園などでくんで来た水道水を貰っていて。それを思い出しながら、小さな体を横たえて。



「暑いですね」「あぁ」



 スライムボディすらぬるま湯同然に温かく、冷えても来ない。日陰に居ても、息を吸う度に熱が入って苦しくなる。周治の部屋に扇風機もクーラーも当然無かった。


 それでも、今まで居たどんな場所よりも居心地が良かった。

 喪失感を漂わせながら、ぼんやりとあてのない道を歩いていく。



 後ろに流れていく、崩れかけた建物がまるで看取った周治という老人の表情を壁に映した様な気さえして。思い出しては泣いていた。



 そんなエタナを、ダストはその腕の中でじっと見上げていて。永遠の命も決していい事ばかりではないのだと。そんな事さえ思っていた。



 工場の汚水で海も川も宝石の様な色になっていて、その輝きがかえって不気味にすら思う。異臭を漂わせ、雨が降ればそれらが道に溢れる。


 そして、雨上がりにあるのは干上がったミミズと道全体から異臭が漂ってくるのだ。エタナはダストと共に歩いてはいるが、自分が出て来た社の近くにあった力尽きた滝程の清い水等この世の何処にあるのだろうと。



 ただ、唯一の友達と一緒だからその道が歩けているに過ぎない。手を引かれている訳でもなく、人の形をしている訳でもない。


 会話も必要最低限で、ただ見えない未来に向かって負けずに歩いているだけ。


 エタナにとって、それは救いだったのか。ダストにとって、それは良かったのか。



 ただ、ゴミ捨て場から歩き出した二人は。ずっと、ゴミの様な世界を歩いているだけ。



 どんなに歩みが重くても、どんなに心が重くても。


 未だ消えた記憶や、魂が忘れられない。その言葉に偽りなどなく、本当に救いのない人生だった。そして、彼だけが決して特別なんかではない。


 あのような人生は掃いて捨てる程あって、それでも笑って逝けるものなど稀。

 怨み辛み怨嗟をまき散らし、幼子の様に無駄に足掻く。そして、雨の上がった道に干上がるカエルやミミズの様に干からびて死ぬ。


 なんの足しにもなりはしない。


 ダストは、「彼は言ってたじゃないですか。この世に神などいなかったが、貴女と過ごした時間だけは幸せだったって」


 エタナは虚ろな瞳で少し上を見て、思い出す様に「あぁ……、そうだな」とだけ言った。そして、「この何も出来ない神の私に、神などいないと言われた時は流石にこたえたよ」


 あれから、ずっと空からは神達の嘲笑が聞こえているんだ。嫌でも自分の愚かさが判る。


 個人を思う神がいる事こそ異常で異様なのだと、イヤでも理解する。神は祈られてそれを力にするだけだ。その力を祈るもの達に還元等しない。


 ただ、搾取する。それが、神としては何処までも普通。

 そういう意味では、エタナという存在は頭がおかしいと言われても仕方がない。


「神は神、貴女は貴女。それでいいじゃないですか」ダストはポツリとそう言った。「それは、救う事も殺す事も出来るものだけが発していい言葉だ。何も救えず、介錯すらできず。歩いているだけの存在が例え思っていても口にしていい言葉ではない」


 行動のない優しさは無意味で、無価値なんだよ。


「俺はそれを無価値だなんて思いません」とダストはエタナに抗議するが、エタナは首を横に振った。


「私に力があれば、病は治せたかもしれない。死の運命さえ変える事ができたかもしれない。私の権能が、他のものであったなら私はこんな不条理な言葉は発しない」


 私の根幹権能は万物改竄なんだぞ、ダスト。


 そういうエタナの口と拳は、何処までも強く結んでいた。

 思うままに改竄できるはずの権能を持ちながら、優しい彼を死なせてしまっている時点で。私は私自身に存在理由を見いだせないんだよ。

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