第二十三話 別れ
その日も同じように、周治は薄汚れた姿でボロボロの道具入れをもっていつもの場所に向かおうとした。エタナも同じように優しく笑って送り出そうとした。
だが、まるで操られていた人形の糸が切れた様に周治がその場に崩れ落ちていくk。エタナは慌てて駆け寄るが、既に顔色は土気色になっている。
「電話はっ! 無いか……」「病院にも、行く金がないと言っていましたね」とダストとエタナがそうしている間にも呼吸ごと消えていくのが判る。エタナがなまじ神だからこそ、魂が霧散しかかっているのも見て取れる。
「ダスト、取り敢えず部屋に運ぼう」「えぇ」
一柱と一匹はとても非力で、スカスカの軽くなった老人と言えど大人一人を必死に押して転がして。あの小さな部屋まで運んでいくが重さで思うように進まない。
敷布団も掛布団もないが、屋根だけはある。吐血が黒っぽい、あちこちを血で汚しながら。エタナは汗だくであの小さな部屋に、周治の身体を戻そうと奮闘する。
(もっと力があれば、もっと体が大きければ)
そんな事を思っていても、今のエタナには何もないのだ。
それを、大家が目ざとく見ていて。「うちで死なれたら、事故物件になっちまう。出ていけ! どうせ、家賃も滞納してる厄病神なんだからさ」と勝手に荷物を丸めて周治を叩きだしたではないか。
エタナが必死に運んだその距離を、大家は老人をまるでサッカーボールの様に蹴り飛ばして転がしていく。
その様子を、エタナとダストが唖然とした表情で見ていた。
「いかん!」咄嗟に何かに気づいたエタナがダストに老人の背中に入る様に指示をだすと。ダストもそれに気づいて、背に入って後頭部や急所に入るダメージを和らげた。
天気は直ぐにかわっていき、殴りつける様な雷雨へ。
叩き出された老人と、それを引きずっていくエタナ。背中に入ったダストは、車輪のついた玩具箱の様に機能した。
近くの、公園の滑り台の下まで引きづって。老人をそこに寝かせ、エタナは空に吼えた。
「神どもめっ!」
そう、天候が急激に悪くなったのは神が老人が消えていく様をまるでドラマの演出気取りで変えた為。
「すいません、追い出されちゃいましたね」周治がエタナに首だけ向けて力無く笑うがエタナは首を横に振った。
「気にするな、私は元々植物だ。しぶといだけが取り柄なんだ。雑草と同じであるだけ無駄で、雑草と同じで誰からもウザがられ。雑草と同じでただそこに居るだけの存在だ」
周治はエタナの右頬に手を当てると、力無く言った。「それでも、雑草がある事で俺みたいな家無しは背中を痛める事無く寝れるし。生きる為の酸素だって作られる。雑草を抜くのは、人の都合でしかない」
虚ろな表情で、それだけ言うとゆっくりと眼を閉じる。そして、エタナの手を両手で握ったまま。
その様子を、ダストは背中で静かに聴いていた。
「俺の人生で、良い事なんて貴女と出会うまで一つもなかった……」眼を閉じたままゆっくりと語りだす。「貴女だけが俺の為に笑ってくれて、貴女だけがあの何もない部屋で待っていてくれて。ただそれだけで、全く同じ毎日なのに。何も変わらない食事でさえ楽しかった…………」
エタナには、その情報だけが見えていた。小学校高学年からずっとイジメられ、教師には難癖をつけられ。就職しようとした時には、変わりは幾らでもいるとボロ雑巾の使い捨てカイロの様な扱いをうけていたその様が。
親さえ、就職できずにいる周治に辛く当たり続けたその人生を。エタナは神だからこそ皴の多い両手から伝わる情報で読み解いていた。
口を結んで、ただ滂沱の涙を流しながら。それでも、エタナは周治に笑いかけた。それだけが、彼の救いになると信じて。
やがて、魂と記憶だけが霧散し。彼の命が消えると同時に、エタナの顔からも表情が消えていった。
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