青年の翼:ダイジェスト版

 夏の初め、まだ湿った空気が体育館の窓から差し込む朝。羽立翔斗は、冷たい木の床に靴音を響かせながらコートに立っていた。空中に浮かぶボール、跳ね返る音、ネットを越えていく一瞬の軌道――それらすべてが、自分だけの世界だった。

「翔斗、そこからのトス、俺に合わせて!」

チームメイトの声は届く。しかし、翔斗の視界の中心は、いつだってボールとネットだけ。仲間と心を合わせるより、自分の力だけで勝利を掴むことが、彼にとって唯一の安心だった。


翔斗の両手は、常に力強く、正確で、そして恐ろしいほどに速い。相手コートに落ちるボールは、天才ならではの鋭さで、一瞬にして試合の流れを変える。しかし、その代償は大きかった。チームとしての戦術は形を成さず、仲間たちはその孤高のプレーに追いつけない。歓声や驚きの声の裏で、彼らの息は荒く、視線は不安で揺れていた。


試合後のロッカールーム。監督の目は鋭く、翔斗に向けられる。「勝てばいい、という問題ではない。我々の目標は県優勝、そして全国だ。今日のプレーでは到底届かん」

翔斗は俯いたまま、拳を握りしめる。心の奥底では反発したいが、言葉にはできない。孤高であるがゆえの孤独が、胸に重くのしかかる。


夜、祖父の部屋で聞いた言葉が蘇る。「人は一人じゃ飛べない。翼は、自分だけでなく仲間と共に広げるものだ」

翔斗は布団に横たわり、天井の明かりを見つめながら、自分の才能と孤独、そして仲間との距離に思いを巡らせた。


第二章 青年の翼:展『コート上の対話』


夏の練習試合から数か月、体育館の片隅に沈黙があった。鶫高校のミーティングルームでは、勝利したものの満足できない空気が漂う。翔斗の孤高のプレーは目立ったが、チームプレーは欠けていた。「第二セットのあのプレーは何だ。なぜ周りを使わなかった」

翔斗は俯き、拳を小さく震わせる。キャプテンが弁解しようとするが、監督は手で制す。「勝てばいい、という問題ではない。我々の目標は全国だ」


翔斗は耐え切れず、「頭を冷やしてくる」と一人で場を離れる。海輝が呼ぶが届かない。残された部員たちは、諦めと感謝を混ぜた声を漏らす。「あいつがいなきゃ、第一セットだって取られてた」


一方、金鋼鉄高校は活気に満ちていた。敗北したものの、互角以上に戦えた自信が部員たちを奮い立たせる。玲央は監督に目で合図を送り、翔斗の元へ向かうことを決める。


体育館裏手で、翔斗はスポーツドリンクを手に壁に寄りかかる。頭痛と苛立ちに苦しむその背中に、玲央が静かに近づく。「君の孤独と俺の孤独は理由は違えど、根っこは同じだと思う。一人で戦うしかなかったんだ」

翔斗は拒絶する。「お前には関係ない」

玲央は穏やかに笑い、自己の過去を語りながら、翔斗の心の鎧を少しずつ溶かす。「完璧じゃなくてもいい。負けたっていい。全部、一人で背負うな。俺たちは一人じゃない」


翔斗は戸惑いながらも、初めて他人の視線に心を揺さぶられる。海輝の存在を再認識し、孤独な世界に一筋の光が差し込むのを感じた。


第三章 青年の翼:誓『優しさの証明』


数か月後、インターハイ予選準決勝。金鋼鉄高校との再戦。試合は壮絶な点の取り合いとなり、翔斗は全てを背負う。勝利への期待と過去の敗北が心を締め付ける。呼吸は浅く、体は重く感じる。


ファイナルセット、13対14、金鋼鉄のマッチポイント。翔斗は後衛から前衛へ走り込み、跳ぶがスパイクはネットにかかる。敗北。糸が切れたように膝をつく翔斗を、海輝が必死に抱き止める。


病院のベッドで、診断は過度の精神的ストレス。そこに現れる玲央。翔斗の拒絶にも関わらず、静かに語る。「完璧じゃなくてもいい。負けたっていい。全部、一人で背負うな。俺たちは一人じゃない」


翔斗は涙を流し、自分の恐怖と向き合う。仲間を信じる勇気、過去の後悔、未来への希望を少しずつ取り戻す。玲央とのライバル関係は、単なる競争を超え、互いを認め合う絆へと変化する。


第四章 青年の翼:継『これからの景色』


一年後。夏のインターハイ予選決勝。体育館は歓声と熱気で満ち、金鋼鉄高校と、成長した翔斗率いる鶫高校が再び激突。


試合はファイナルセットへ。23対24、鶫高校のマッチポイント。翔斗は囮となり、仲間を信じる「優しいトス」を上げる。海輝が受け、ノーマークでスパイク。勝利。鶫高校の選手たちは歓喜に包まれる。翔斗は初めて仲間と勝利を分かち合う。


ネット越しの玲央は悔しさを抱きつつも胸を張る。握手で互いを認め合い、ライバルとしての誇りと友情が交差する。翔斗たちは全国大会へ、玲央たちは来年の王座奪還を誓う。


孤独ではない。仲間がいる。ライバルがいる。二人の翼は悔しさも喜びも抱え、新たな景色へと羽ばたいていった。

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