青年の翼:誓『優しさの証明』
夏の太陽が照りつけるある日。県立総合体育館には、試合前の熱気が満ちていた。インターハイ予選、準決勝を勝ち抜いた金鋼鉄高校と鶫高校は、決勝の舞台で再び相まみえる。かつての敗北から一年、翔斗はその成長を胸に、この日を迎えた。
コートに立つ翔斗の目には、静かな決意が宿っている。背中を押すのは、親友・海輝の声と、己が胸に刻まれた敗北の記憶だ。神聖玲央率いる金鋼鉄は、昨年同様、精密なチームプレーでコートを支配する。玲央の視線は、ただ勝利を見据えた冷静な光を帯びていた。
試合開始のホイッスルが鳴ると、双方は一気に激しい攻防へと突入する。翔斗のスパイクは、まるで渦巻く風のように相手を圧倒する。しかし、金鋼鉄のレシーバーたちも容易にはボールを落とさない。玲央は、常に一歩先を読んだ指示を出し、チーム全体を滑らかに動かす。
序盤から点の取り合いは激しく、双方のエースが互いに譲らぬスパイクを打ち合う。観客席からは歓声が轟き、コート上の熱気はまるで炎のようだった。翔斗の心もまた、熱く、だが同時に緊張に震えていた。
(俺が、決めなければ……)
(俺が、勝たせなければ……)
重圧が視界を狭める。かつて中学時代の決勝戦で味わった敗北の記憶がフラッシュバックし、呼吸が浅くなる。周りを信じろ、海輝の声も、今はただ遠くに響くだけだった。
ファイナルセット、スコアは13対14、金鋼鉄がマッチポイントを握る。翔斗は後衛に下がるが、視線は前方へ。心の奥底で、すべてを懸ける瞬間が来たことを知っていた。高く上がったトス。翔斗は跳ぶ――しかし、その跳躍は力なく、スパイクはネットにかかる。
試合終了のホイッスルが、コートに冷酷に響き渡る。歓喜に沸く金鋼鉄の選手たち。その歓声は、遠く、まるで別世界の音のように翔斗に届く。膝から力が抜け、糸の切れた人形のように、翔斗はコートに倒れ込む。
駆け寄る海輝が彼を抱き上げ、翔斗はその腕の中で静かに意識を手放した。才能だけでは乗り越えられない壁が、そこには確かに存在していたのだ。
病院の白いベッドの上で、翔斗は窓の外をぼんやりと眺める。診断は過度の精神的ストレスによる疲労困憊。敗北の影響は、身体だけでなく、心までも蝕んでいた。
コン、コン、と控えめなノック。
「……どうぞ」
ベッドのそばに立ったのは、翔斗が最も会いたくない人物――神聖玲央だった。
「……何しに来た。笑いに来たのか?それとも、哀れみに?」
棘のある言葉で睨む翔斗。しかし、玲央は静かに首を振り、椅子に腰を下ろす。
「君のプレーを見て、昔の自分を思い出したんだ」
玲央は語り始める。中学時代、髪の色のせいでいじめられ、一人で孤独に戦ったこと。信じられるものがなく、孤独が当たり前だったこと。翔斗の心の奥に刺さった「孤独」を、玲央も知っていたのだ。
「でも、俺は仲間に救われた。完璧じゃなくても、負けてもいい。全部、一人で背負う必要はない。俺たちは……一人じゃない」
その言葉が、翔斗の最も柔らかい心の領域に深く突き刺さる。中学時代から抱え続けたプレッシャー、天才のレッテル、勝利の義務、孤独、恐怖――すべてが、堰を切ったように込み上げる。
「……うるさい」
翔斗は顔を背け、震える声で呟いた。頬を一筋の涙が伝う。長い間、忘れていた涙だった。
「俺は、怖かったんだ」
「裏切られるのが怖くて、ボールが来さえすれば負けないと思い込もうとした。でも、違った。ただ逃げていただけだった」
過去の自分と向き合い、過ちを認める勇気を得た瞬間、翔斗は涙で濡れた瞳で玲央を見上げる。
「お前は…すごいな。仲間を信じることができるなんて……。金鋼鉄には、お前がいた。でも、鶫には……俺しかいなかった。いや、違う……俺がそうしてたんだ」
玲央は静かに頷く。
「俺だって、一人だったらとっくに潰れていた。支えてくれる仲間がいたから、今ここにいる。お前にも、ずっと隣で待ってるやつがいるだろ」
翔斗の脳裏に海輝の顔が浮かぶ。ずっと、隣にいてくれた。翔斗は乱暴に涙を拭い、顔を上げる。瞳には絶望ではなく、深い後悔とわずかな希望の光が宿った。
玲央は立ち上がり、サイドテーブルにスポーツドリンクを置く。
「決勝、戦ってくる。そして、必ず全国へ行く」
翔斗は力強く返す。
「……待ってろよ」
「来年こそ、必ず俺が……俺たちが、お前らを倒して全国へ行く」
敗北の底から這い上がり、初めて「仲間」と共に未来を語った瞬間。魂の誓いが、ここに刻まれた。
物語は、優しさが才能や力をも超える、真の強さであることを示し、翔斗と玲央、そして仲間たちの絆を深めることで、感動的な結末へと続く。
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