第2章 推しは現実(リアル)にいる

 コミケから数日。

 俺は、あのときの写真を今でも毎日見返していた。


 銀髪のツインテール。透き通るような肌。美しさの中に芯のある強い瞳。

 そして何より、俺の創造した“聖詠のミリア”を、ここまで完璧に、息を吹き込んでくれたその存在感。


 あの人は、夢だった。幻だと思っていた。

 でも──本当に実在した。


 


 スマホの通知が鳴った。


 《@rei_cos:フォローありがとう!Naokiさんの創作、ほんとに最高でした……!またお話したいです!》


 指が震える。

 おいおいおい、今“@rei_cos”って……あのレイさんじゃねぇか!


 心臓がバクバクする。たぶん、今の俺、理想のヒロインに話しかけられて、思春期の男子中学生みたいなテンションになってる。


 だけど。

 その興奮と同時に、ひとつの違和感があった。


 


 ――なんで、こんなに普通にやり取りできてるんだ?


 


 今までだったら、女性からDMなんてもらったら、画面開いただけで冷や汗をかいて、指先が震えて、すぐにブロックしてた。

 それが今は、画面の向こうの彼女に返信を送るだけで、心が躍ってる。


 「すみません、すごく嬉しかったです。写真も、もしよければ送らせてください」

 「もちろんです! むしろ私の方からお渡ししたかったくらい。DM開いてもいいですか?」


 女だ。間違いなく女のはずなのに。

 俺の体は、まったく拒絶反応を示してこない。


 


 なんなんだよ……レイさんって、一体……


 


 その日から、俺とレイの間にDMのやり取りが日課になった。

 アニメの話、好きな漫画、創作論、キャラ造形。お互いにガチのオタクだからこそ、話題が尽きない。


 中でも衝撃だったのは、彼女のオタクとしての知識と情熱だった。


 「“表現”って、命かけられるものだと思うんです。私はコスプレって、自分を誰かに変えるんじゃなくて、自分の“理想”を重ねる作業だって思ってる」


 この言葉には震えた。

 俺の描くキャラたちも、すべて“俺の理想”を形にした存在だ。そこに命を吹き込むレイは、ある意味で俺と同じ場所に立っている。


 俺が描いた“理想の彼女”。

 彼女が演じた“理想のヒロイン”。

 そして、今俺の前にいる“レイ”。


 


 全部が重なって──ただ一人の、**“本物”**に見えてくる。


 


 そんなある日のことだった。


 『実は来月、撮影のために大学の近く行くんです。よかったら……会えませんか?』


 レイからのDMに、思わず飲んでた水を噴き出しそうになった。


 


 ──会う、だと?


 


 心臓が高鳴る。

 やばい、あの人にまた会えるのか? あの完璧な、美しすぎる“ミリア”に……いや、レイに。


 しかし、すぐに脳裏をよぎるのは、いつもの“恐怖”だった。


 俺は女が苦手だ。

 どれだけ美人でも、どれだけ理想的でも、接近された瞬間に本能が拒絶する。

 あのときは“イベントの高揚感”で耐えられただけかもしれない。次、会ったらどうなる……?


 俺は迷った。怖かった。

 でも、気づけば手が勝手に、返信を打ち込んでいた。


 


 『……会いましょう』


 


 自分でも理由がわからなかった。

 ただ、レイのあの笑顔が浮かんで、どうしても断れなかった。


 


 “この人は、他の誰とも違う”


 


 理屈じゃない。生理的でもない。

 ただ、俺の心が、確かに叫んでいた。


 


 ──レイに、会いたい。


 


(第2章・了)

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