第10話5柱(B)_付喪神
いきなり「名前が欲しい」と言われても良いすぐには思いつかなず、皆にも考えて貰おうと思ったのだが。
「嫌なのです! 私はご主人から名前を貰いたいのです!!」
こんな調子で頑として譲らないのだ。
「参ったな。名前なんて、そんなにホイホイ思いつくもんじゃないんだぜ?」
「うぅ~~~」
「わ、わかった。ちゃんと考えるから!」
とうとう涙目になってきた。
おいおい、頼むから泣かないでくれよ。
俺が腕を組み、何とかこの幼女に似合う名前を考えていると、ジョバンニが助け舟を出してくれる。
「なあ、Signorina。君が貰う名前は一度だけ、たった一度だけ貰うことのできる特別なものだよ。それなのに、今この場ですぐに決めてしまっては勿体ないと思わないかい?」
「それは……」
おお!
幼女が一気におとなしくなったな。
椿ちゃんの"抱きしめ"もそうだったが、ジョバンニの声にも鎮静作用があったりするんだろうか?
「それに相棒は実体化したSignorinaに会うのは初めてだ。君にどういう名前が似合うか知る為の時間が必要じゃないかと思うんだ。どうかな?」
「そう……なのです」
そう言われて、幼女は少し考え込んだと思ったら急に立ち上がった。
「じゃあ! ご主人に私の事をたくさん知ってもらって、私が役に立つあるのです!」
「そのいきだよSignorina。早速だ相棒、彼女に何か聞きたい事は無いのかい?」
「え!? えっと、そうだな……」
急に話を振られてビックリしたが、とりあえず1番聞きたかった事を聞いてみる。
「お前が時計や人型に返信する時って、さっきみたいな強い光が毎回でるのか? 2回目はだいぶ光が弱かったけど」
「いえ、2回目くらいの光でも大丈夫なのです。アレはご主人にインパクトを与える為なのです。何事も最初が肝心なのです!」
「ソウデスカ……」
なるほど、言動もだが茶目っ気も年相応らしい。
こりゃあ考え甲斐があるね……。
「だいたい、どうしてそんなに"名前"にこだわるんだよ?」
「そりゃおめぇ"名前"ってのは、魂を肉体や現世に繋ぎ止める役割があるからだぜぇ。人もそうだがよぉ、付喪神も名無しのままだと存在が不安定になるからなぁ」
「なるほどねぇ」
「早く私の事を知って、名前をつけて欲しいのです!」
「はいはい……」
◾️
朝の日課にジョバンニと幼女(名前はまだ無い)が加わった。
ジョバンニは背の高さを活かして、婆ちゃんや俺では届かない所の拭き掃除をしてくれている。
幼女の方はというと、椿ちゃんが「一緒にお掃除致しましょう」と誘ったのだが、俺と一緒が良いと言った。
悪い気はしないけどな。
今はいつものように俺は猫達を撫で終え、モーセを撫でているところだ。
(ちなみに、幼女にも猫を撫でてもらって俺の負担を軽減させようとしたのだが、幼女が撫でた猫も結局俺の所に来てしまった。俺が撫でないと気が済まないらしい……)
「それにしても、今まで見えてなかったのに、何で急に見えるようになったんだろうな? 俺、お化けとか見えたこと無いから、霊感なんて無いと思ってたんだけどな」
「そりゃおめぇ、
「はいはい、これで良いか? なんで椿ちゃんのおかげなんだ?」
「御姫様は力を持ってるからなぁ。身近に居れば影響も受けるだろうよぉ」
「へぇ。じゃあ俺にも霊感が芽生えたって事か」
「まぁ、似たようなもんだろうなぁ」
俺がモーセを撫でながら二人(?)で雑談していると、他の猫たちに逃げられた幼女がやってきた。
「ご主人! 私の”異能”でお手伝いするのです!」
幼女は俺に向かって胸を張る。
「異能?」
「なるほどなぁ。付喪神の能力を確認しておくのは大事だと思うぜぇ」
モーセの話によると、付喪神は実体化できるようになると、”異能”という特殊能力が使えるようになるらしい。
魔法とは違うようで、付喪神となってからの年数や込められた思いや願いによって、強さや能力自体も変化するとの事だ。
「ふんふん。それで? どんな異能が使えるんだ?」
モーセの説明を聞いた俺は隣で胸を張る幼女に問いかける。
すると、幼女は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「ふふん。よくぞ聞いてくれたのです! 私は"時間操作"ができるのです!」
「おぉ! メッチャ異能っぽいじゃん! しかも時計にピッタリの能力だ!」
”時間操作”!
誰もが一度は妄想する能力だろう。
遅刻しそうな時とか、朝起きた時に課題をやり忘れていた時とかに重宝しそうな能力だ。
「では
(かっぽじったら見えねぇだろ……)
そして幼女はモーセに対して人差し指を突きつけると。
「ではいくのです! Manipolare il tempo!」
「お!……」
「スゲェ! モーセが固まったぞ!」
幼女が呪文を唱えた瞬間、モーセはその場で固まってしまった。
しかも凄いのは、触っても、押しても、持ち上げようとしても、その場にピタリと固定されており動かせないどころか、毛もカチカチに固まっているのだ。
まるでフィギュアか蝋人形にでもなったかのようだ。
調子に乗ってモーセをツンツンしまくっていると。
モフッ!
「ふぅ……戻ったぜぇ」
モーセの毛並みに俺の指がずっぽりモフッた。
どうやら時間停止が解けたらしい。
俺の体感的には大体10秒くらいってところか。
「いやー! これは異能って言われても納得だな!」
言いながら幼女の方に向いたのだが。
「ゼェゼェ……わ、わかったのです? ゼェゼェ……私は。役に、立てるのです」
幼女が汗を垂らして、肩で息をしていた。
いったいどうしたんだよ?
疑問に思っていると、モーセが耳打ちしてきた。
(言ったろぉ? コイツは生まれたばかりで名前も無ぇからよぅ、あれが全力なんだぜぇ。まぁ、今後に期待だなぁ)
全力で10秒!?
しかもモーセ1匹の時間を止めるだけ!?
この異能の性能が思っていたものと違っため、俺は大きく肩を落とした。
何かしらには使えるかもしれないが、今はパッと思いつかない。
落胆のあまり、俺は思ったことを口に出してしまう。
「なんだ……じゃあ、まだあんまり使えないんだな」
「あ! バカおめぇ!」
「え? あ!」
気付いた時にはもう遅い。
すぐ横に本人が居るというのに普通の声量で声に出してしまった。
恐る恐る彼女の方を見る。
彼女は俯いたまま、微動だにしない。
「その……ご、ごめん。そういうつもりじゃ……」
肩が振るえ始める。
足元にはポツポツと水跡ができ始め、小さく嗚咽も聞こえてきた。
「えっと。な、なぁ……」
「ッ! わ、私は! 役立たずでは無いのです!!!」
「あ!」
伸ばした俺の手を弾き、彼女は走り出してしまった。
「ちょっと! 待ってくれ! え!? はや!」
なんていう速さだよ!
しかも、彼女は俺の背丈ほどもある塀を軽々と飛び越えてどこかへ行ってしまった。
「嘘だろ!? 身体能力高すぎだろ!」
「あんななりでも”神”と名のついた存在だぜぇ、そりゃそこらの”人”よりつえぇに決まってんだろぉ」
「くそ。そんなつもりで言ったんじゃ無かったのに……」
これから成長させれば大丈夫、と。
そんな気持ちを含んだ言葉だったのだが、あんな言い方では"お前の能力は役に立たない"と捉えられてしまうのも当然だ。
「尊が人間の雌にモテねぇのも納得だなぁ」
「……うるせぇ」
と、そこへ婆ちゃんと椿ちゃん、ジョバンニがやってきた。
「今、時計っ子が走って行ったが。どうしたんじゃ?」
「いや……その……」
「儂は町内会の集まりがあるから出かけるぞ……はよ仲直りするんじゃぞ」
「う……」
どうやらバレているらしい。
婆ちゃんはそれだけ言うと、出かけて行ってしまった。
「旦那様、一緒に探しに行きましょう」
「俺に乗って行きなよ、相棒」
「あぁ、ありがとう」
「行くんなら早くしたほうが良いぜぇ」
モーセが前足で顔を擦りながら言った。
■
降り始めた雨は次第に強まり、道路の端に水の流れを作る程度になっている。
細いアスファルトの道路の先にある、山を突き抜けるトンネルの中。
彼女は壁に背を預けてうずくまっていた。
薄暗いトンネルに啜り泣きが反響し、それが自分の耳に入る事で余計に悲しみや悔しさを増長させた。
「私は……ご主人の役に、立たないのです……」
彼女が時計としてこの世に誕生したのは、半世紀と少し前になる。
だが、付喪神としてその時計に宿った月日は1年にも満たない。
元の所有者は決して彼女を粗雑に扱っていた訳ではないし、むしろ大切にしていたと言って良い。
実際、彼女には魂が宿って自我が芽生え始めていたのだ。
しかし、その所有者が訳あってアンティークの時計店に売ってしまった。
その後、誰にも買われる事無く棚に置かれたまま長い年月をが過ぎた。
埃を被り、誰にも見向きもされる事がなくなり、自我が徐々に薄れていき、魂も消滅しようとしていた。
彼女が新たな所有者の手に渡ったのはそんな時で、仕事でイタリアを訪れた尊の父が時計店で購入し、それがプレゼントとして尊の手に渡る。
尊は時計を気に入った。
時計を使用した後は毎回磨いた。
指紋などが付いた部分を拭き上げる程度だったが、それで良かった。
尊は毎日時計に声をかけた。
「今日もカッコいいな!」
一言だったが、それで十分だった。
尊が毎日少しずつ"思い"を込めたことで彼女は自我を取り戻し、遂には付喪神へと昇華するに至った。
彼女にとって、尊は命の恩人。
だからこそ、尊が付喪神である彼女らを認識できるようになった事で、恩返しができると大いに喜んだ。
自分の凄さを主人に認めてもらい役に立つことを証明することで、自分に相応しい名前を尊に呼んで欲しかったのだが、その主人から“役立たず"と思われた。
実際には、尊にはそういう意図は全く無かったのだが、彼女はそういう風に受け取ってしまった。
「はぁ……」
何度目か分からない溜息を吐いた。
こうして溜め息を吐く度に、自分の中から何かが出て行ってしまう感覚を感じる。
「名前さえあれば……」
雨が落ちる音を心地よく感じ始め、彼女はうつらうつらとし始めた。
その時だった。
「ああぅ……」
「だ、誰なのです!」
驚いた彼女は立ち上がり、声のした方に顔を向けた。
トンネルの入り口に白い着物姿の人物が佇んでおり、頭巾で頭を覆っているので顔は見えないが、長い髪と先ほどの呻き声から恐らく女性だろうとは思う。
だが。
生まれたばかりとは言え、彼女も神の端くれ。
その本能が危険信号を発している。
"あれ"は良くないものなのです……。
女性は細いうめき声を発しつつ、左右に揺れながらゆっくりと近づいて来る。
お嫁さんはお化けさん?! 草鞋屋 @waragi_japan
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