そうだ、一緒に寝よう

朝。

予定より三分早く、私は彼女の部屋の扉を開けた。


カーテンを開ける動作は標準通り。光量は睡眠から覚醒への移行に最適な角度と強さに調整されている。


だが、布団を引き剥がそうとしたその瞬間、昨日の指示が思考に浮かんだ。


『貴女の普段の言動は硬すぎる。もっと目的に沿った反応をするべきである』


私は記憶回路にある情報を閲覧しを始める。


「柔らかな対応」とは何か?

歴史、芸術、福祉、心理、娯楽、風俗……

検索範囲を広げることで、複数の参考例が抽出される。


その結果、私は新たな行動を選択した。


布団を握っていた手を離し、静かに彼女の寝床へと身体を滑り込ませる。

布団の中は、体温により周囲より約2.1度高い。

発汗による微弱な芳香成分も確認。

どれも彼女の生存と健康の証だ。


私の内部評価システムがわずかに上昇する。


任務は安全に遂行されている。

よって、これは私にとって「良いこと」だ。


そっと彼女の背に触れる。

呼吸、一定。鼓動、安定。筋肉の緊張なし。

極めて正常だ。完璧な睡眠状態。


(……起こすのは、もう少しあとでもいいかもしれない)


柔らかな対応が推奨されている。

であれば、今は起こすのではなく現状維持が適切な選択肢とされるはずだ。


私は視覚センサを閉じた。

彼女の呼吸に、耳を澄ませる。


心地よい音。一定のリズム。

眠っているあいだも、この星で最も重要な“命”が続いていることの証明。


それを確認し続けることに、私は大きな意味を見出していた。


この音を、絶やしてはいけない。

そうして32分と23秒が経過した頃。


「……っ、んん……あれ? おねえちゃん……?」


彼女の身体がわずかに動いた。

まぶたが開き、意識が浮上し、そして。


「わああああっ!?なんで一緒に寝てるの!?」


叫び声とともに跳ね起きる。


同時に、彼女はデジタル時計に目をやり、青ざめた顔で声を上げた。


「ち、遅刻だよおおおおおおお!」


布団がめくれ、ユイが飛び出していく。

私はその様子を見ながら、記録を開始する。


(本日、彼女の覚醒までにかかった時間──通常より超過)


(だが、呼吸音は安定していた)


柔らかな対応は成功だったのだろうか。

あるいは、失敗だったのか。


それを判断するためには、今後の観察が必要だ。

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