『午前四時の影写し』
SNS発の奇妙な噂
「はいはい、今日のSNSパトロールの時間だよー」
九月下旬の夜、カレイドスコープの部室に
「毎度お疲れさま。最近のSNS発都市伝説、どんなのがある?」
悠斗はスマートフォンを片手に、動画投稿アプリを次々とスクロールしていく。彼の指先が軽やかに画面を滑る様子は、まさにSNSネイティブ世代の代表格だった。
「えーっと、今週はねー……あ、これ面白そう」
悠斗が画面を見つめながら興味深そうに呟く。
「午前四時の影写し、って知ってる?」
「午前四時の影写し? なんですか? それ、初耳ですけど」
ソファに座りながらポテトチップスを食べていた
「どんな内容なんです?」
悠斗が画面を皆に見せながら説明を始める。
「うちの大学の三号館の非常階段で、午前四時ちょうどに写真を撮ると、自分じゃない誰かの影が写るんだって」
「はあ? また典型的な写真系怪談ね。どうせカメラの不具合とか、光の加減とかでしょ」
「まあ、普通はそう思うよね? でも、これが結構話題になってるんだよ。『#午前四時の影写し』で検索すると、めっちゃ投稿出てくる」
「どんな写真が投稿されてるんですか? 実際に異常が写ってるとか?」
「それがさ、みんな微妙にぼやけてるんだよね。でも確かに、撮影者以外の人影っぽいのが写ってる」
悠斗が画面をスクロールしながら続ける。
「それより気になるのが、その後の話なんだ」
「その後?」
陽菜乃が問いかけると、悠斗は少し真剣な表情をみせた。
「写真を撮った人たちが、酷い眠気に襲われたあと、みんな同じような夢を見てるんだってさ。夢の中で、自分じゃない『もう一人の自分』に出会うって話」
部室の空気が、少しだけピリッとした。
真澄がコーヒーカップを置いて、興味深そうに前のめりになる。
「もう一人の自分? それは興味深いね。具体的にはどんな夢なんだい?」
「えーっと……『夢の中で三号館の非常階段にいる。そこに自分と全く同じ姿の人がいるけど、なぜか目を合わせることができない』『後ろ姿しか見えないけど、確実に自分だと分かる。でも声をかけても振り返ってくれない』って感じかな」
悠斗はスクロールをしながらコメントを読み上げていった。
それまで興味なさそうに古文書に視線を落としていた
「うーん……興味深い現象ですね~。ドッペルゲンガー的な要素もありますし、写真という媒体を通した霊的現象という点でも、検証の価値がありそうです~」
泰河がポテトチップスの袋をガサガサと音を立てながら、不安そうに呟く。
「なんか嫌な予感がするんだけど……写真に写る謎の影とか、もう一人の自分とか、どう考えても普通じゃないよな」
「泰河はいつも心配しすぎだって。まだ調査もしてないのに」
陽菜乃は泰河の肩を叩き、いつものように笑った。
「写真系の都市伝説としては、確かに興味深いパターンだね。単純な心霊写真ではなく、撮影後の夢という後日談がセットになっている点が特徴的だ」
「それに、複数の人が同様の体験をしているという点も見逃せない。単なる偶然や思い込みにしては、共通点が多すぎる」
真澄が指を立てて付け加える。
翔也は椅子にもたれかかりながら、直感的に呟いた。
「俺の勘だけど、これは本物かもしれないぜ。なんとなく、空気がピリピリしてる」
「翔也先輩も感じるんですか?」
陽菜乃が振り返ると、翔也が真剣な表情で頷いた。
「ああ、悠斗がこの話を始めてから、部室の雰囲気が変わった。なにかが反応してる」
千沙が腕を組みながら、現実的な視点で反論する。
「SNSの情報なんて半分以上は作り話よ。バズりたくて、みんなで同じような話を作ってるだけじゃないの?」
「でも、都市伝説というのは、たとえ最初が作り話だったとしても、多くの人が信じることで現実の力を持つことがある。調査してみよう。幸い、舞台は学内だしね」
真澄が宣言したことで、悠斗が手を叩いて盛り上がる。
「よし! じゃあ今夜……てか朝? 午前四時に三号館に集合だ!」
「ちょっと待って! いきなり全員で行くのは危険じゃない? まずは少人数で様子を見るべきじゃないですか?」
「泰河の言う通りですね。あたしと泰河、それに晴音の三人で先に調査してみよう」
「ひえ……俺も!?」
自分が入らないように少人数と言ったのに、思惑が外れて泰河は大きく肩を落とした。
****
午前三時三十分。
キャンパスは深い静寂に包まれていた。街灯の明かりが所々に灯っているものの、構内はまだ眠りについている。陽菜乃、泰河、晴音の三人は、三号館の前に集合していた。
三人は三号館の非常階段に向かった。建物の外側に設置された鉄製の階段は、夜の闇の中で不気味な影を作っている。
「SNSの投稿によると、この階段の踊り場から写真を撮るんだって」
泰河がスマートフォンを確認しながら説明する。
晴音が時計を確認する。
「時間は四時ちょうど……あと二十分くらいある。それまで、周辺の状況を記録しておこう」
三人は階段の周りを詳しく観察した。特に変わったところはない、普通の非常階段だ。昼間なら学生たちが普通に使っている、なんの変哲もない設備である。
午前三時五十五分。
「そろそろ時間だ。あたしが写真を撮る。泰河はなにか視えたら教えて」
「わかった」
泰河が緊張しながら頷く。
時計の針が午前四時を指す。
「今だ」
陽菜乃が非常階段を背景にして自撮りモードにする。画面に映る自分の顔と、背後の階段。なにも異常は見えない。
シャッター音が静寂を破った。
「撮れたよ」
陽菜乃が画面を確認しようとした瞬間、泰河が小さく叫んだ。
「うわっ! 陽菜乃、今、階段に——」
「なに? なにが視えた?」
「女の人の影が……陽菜乃の後ろの階段に、誰かが立ってた」
陽菜乃が慌てて振り返るが、階段には誰もいない。
「もういないの?」
「ああ、写真を撮った瞬間に消えた」
「午前四時ちょうどに、電磁波の数値が一瞬跳ね上がってた。確実になにかが起きてる」
陽菜乃が撮影した写真を確認すると、画面に映った自分の背後、階段の踊り場に確かに人影のようなものが写っていた。ぼんやりとしているが、明らかに陽菜乃以外の誰かの影だ。
「本当に写ってる。これが噂の『影写し』ね」
「マジかよ……あっ、俺が見たのと同じ位置に写ってる」
そのとき、陽菜乃の胸元で銀鈴がかすかに鳴った。
「あれ? 反応してる……」
突然、強い眠気が陽菜乃を襲った。まるで睡眠薬を飲んだかのような、抗いがたい眠気だった。泰河が心配そうに声をかける。
「陽菜乃? 顔色が悪いぞ」
「なんか、すごく眠い……これ、SNSの投稿にあった症状かも」
陽菜乃がふらつきながら階段の手すりにもたれかかる。
「やばい、これ本物の怪異だ! すぐに部室に行こう」
三人は急いで三号館を後にした。陽菜乃の眠気は歩いている間もどんどん強くなっていく。まるでなにかに引き込まれるような、不自然な眠気だった。
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