第5話後編

『若様武芸帳』第五話 京都編・後編


――金襴緞子の死装束―


京の町を焦がすような真夏の夕暮れ。鉛色の空の下、風鈴の音が儚く響く。 祇園祭の名残香が町の隅に残る中、若様一行は山門通りの奥、封印された“太夫屋敷”跡地を訪れていた。


◇旧・太夫屋敷「鳳凰院」跡にて


「この先に“姫垣”がある。都の闇が結晶となった場所だ」

 千成猿之助がそう言って、赤い竹垣の前で立ち止まる。

「昔、太夫が人形のように飼われていた屋敷跡よ。……祈りが届かぬまま、魂だけが残されている」


 ツララがそっと呟く。彼女の声に宿る冷気が、空気を震わせた。


 敷地の奥には、艶やかな金襴緞子の布で覆われた骸骨が並んでいた。


「……死装束か」


 若様が眉をひそめる。


「この緞子は、太夫が最後の舞台で着せられるもの。死を飾る“褒美”だそうだ」


 じぃが静かに説明する。


 千成は目を細めた。


「俺の母もここで、最後の舞を舞ったそうだ」


 一瞬、静寂が訪れた。


「お前は、都で育ったのか」


 若様の問いに、千成は首を振る。


「育ったのは大阪の下町。だけど、母の骨だけはここにある。俺の生まれには……祀られぬ因習がある」


◇洛中の台所「出汁処・ゑびすや」


 心を整えるため、一行は台所の神を祀る食事処へと向かった。


「若様、おあがりやす。京都の“出汁”は命でっせ」


 年配の女将が、香り高い吸い物を差し出す。


「これは……鱧か?」


「えぇ、“落とし”にしてあります。骨切りが命ですからなぁ」


 くのいちこがふーふーして一口すすると、目を丸くした。


「すごい!とろける〜!……骨あるのに、骨ないみたい!」


「これが京料理の神髄や。繊細さの裏に、命削って積み重ねた歴史がある」


 続いて、湯葉のお造り、小芋の炊いたん、鴨ロースと順に並べられる。


「おい、川キチ。こっちの“賀茂ナスの田楽”もうまいぞ」


「うん……なんか、やさしい味だね……」


 千成は箸を止める。


「都の味は、母の匂いがする。けど、俺は……人に戻っていいのか、迷うんだ」


◇深夜、姫垣にて——祀られぬ女たちの叫び


 夜。再び姫垣へ。


 紅い布地が風もないのにざわつき、白粉の匂いが立ち込める。


「来てしまったね……」


 ツララが一歩踏み出した。


 突然、無数の白い手が、緞子の骸から伸びてきた。


「見て!あれは……!」


 声にならぬ叫び。忘れられた姫たちの怨霊が、緞子をまとい、蠢く。


「“飾られた死”を強いられた者たちの、怨念だ!」


 じぃが叫ぶ。


「来るぞ、構えろ!」


 若様が刀を抜く。ツララが氷結結界を展開、くのいちこは空中を駆け、千成が火花を纏って突撃する。


「うおおおおおっ!」


 骸たちの悲鳴が、都の夜を裂いた。


◇夜明け——緞子の舞台、千成の覚悟


 夜が明け、緞子の骸は静かに崩れていた。


「彼女らは……ようやく、幕を下ろせたんだね」


 ツララの氷も解け始める。


 千成は残された一枚の緞子を手に取った。


「俺が背負う。都の穢れも、母の無念も……すべて、俺が還す」


 その表情に、かつての宿敵の姿はなかった。


「若様、もしよければ……この旅、もう少し、付き合わせてもらえませんか」


 若様は微笑む。


「もちろん。京を抜けた先に、まだ因習は残っている。お前の力、借りたい」



---


 こうして、千成猿之助は正式に一行へ加わる。  新たな“祈り”を背負い、彼らは次なる地──大阪へと歩みを進めるのであった。


 次回、『若様武芸帳』「大阪編・前編──たこ焼き勝負!道頓堀決戦!」



続きをいきますか?

第六話「大阪編・前編」、道頓堀で“たこ焼き勝負”です!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る