第18話 そうですか~ご存じでしたか~

「最近、めちゃくちゃ色んな人からの視線を感じるんですよ……」


 ダンジョンの待合室、受付、さらにはダンジョン内でさえ、俺の存在が異様なまでに注目を浴びている。

 不可解なこの状況に耐えられず、俺は華怜さんに相談することにした。


「華怜さん、何かご存じですか?」


「そうですね。カナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵さん」


「えっ?」


 言葉の意味を理解できず、一瞬、時が止まった。

 華怜さんは至って冷静な表情で微笑んでいる。


「なんですか、カナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵さん」


「それですよ!華怜さん。なんですか、その“ほにゃらら公爵”って?」


「ええ、最近広まっているそうですよ。代々の威光と悪徳を背負い、真の超大物古豪貴族として闇に君臨しているお方の名前ですよ。カナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵さん」


「いやいやいや、それを広めたの絶対オフランですよね?何がどうして、そんなことになっているんですか?」


「大丈夫ですよ。カナタさん。広まっているのは名前だけではなく、名声、活躍、逸話、影響力、名言。悪役貴族でありながら勧善懲悪ものとして評判になってますよ」


 いや、いろいろありすぎて訳が分からない。特に『名言』って何?


『闇に沈めたはずの秘密が、誰かの手で紐解かれること

 闇にすら生じない秘密が、誰かの目に映ること

 貴様にはどちらが恐ろしい?

 ……黙るか?それとも、まだ俺様を楽しませるつもりか?』


 聞き覚えのない渋い声にギクリとして振り返る。

 そこにいたのは慎吾さんだった。

「ご無沙汰しております。カナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵殿」


 慎吾さんにツッコミを入れる暇もなく、すぐ隣から女性の声が響いた。

 その言葉と同時に、そっと肩へ触れる温もりを感じた。驚いて視線を向けると、彼女は微笑みながら、

『お前は、俺の専属受付嬢になれ。お前の文句は、認めねぇ』


 それ広めたの華怜さんが絡んでませんか?しかも俺のセリフじゃないし。


「言われてみたいそのセリフ――あかねです。」


 落語家みたいな挨拶で登場ですね。

 俺は、思わず目を瞬かせた。

 …いや、なんだこの妙に決まった登場は。

 そんな俺の困惑をよそに、次の声が響く。


「ご無沙汰しています。カナタ・ほにゃらら公爵様」


 あおいちゃんが、清楚な笑顔を浮かべながら、丁寧に挨拶する。

 うん。あおいちゃんは本当かわいいね。


 俺と華怜さんもきちんと挨拶を交わし、再会を喜ぶ。

 しかし、俺の中では新たな疑問が渦巻いていた――なぜ、こんなことになっているんだ!?


 ◇◆◇◆◇◆


「泉って……なんだ?」


 華怜さんや慎吾さんとのやりとりで、俺の謎の「悪役貴族」設定が勝手に広まっていることは分かった。でも、次の展開もまた意味不明だった。


「あおいくん……『泉』って、何のこと?」


 おっと危ない、あおいちゃんと呼ぶ寸前、俺は思い出した。彼女が謎の男装プレイをしている設定を。

 慎重に「あおいくん」と呼びかけると、彼――いや、彼女は屈託のない笑顔で微笑んだ。


「次の目的地ですよ」


 あおいちゃんの言葉に、一瞬、思考が停止する。


 ちょっと待って。泉って、何?ダンジョンの一部?それとも別の場所?

 ――「癒しの泉の探索の約束を覚えてますでしょうか?」

 あかねさんの言葉を思い出し、俺は無意識に眉をひそめた。 そんな約束、本当にしたのか?それとも、俺が忘れているだけなのか?


 あおいちゃんはそっと俺のそばへ歩み寄り、優しく俺の手を取った。「次は、癒しの泉を一緒に探してくれるって約束でしたよね」 そう言いながら、真剣な瞳で俺をじっと見つめる。「よろしくお願いします」と、頭を下げた。


 あおいちゃんに癒されました。はい、これ回復魔法ですね。

 ――いや、それだけじゃない。頭の奥に霞んでいた記憶が、鮮やかに蘇る。まるで、心の奥底に眠っていたものにそっと光を当てるように。これは、記憶を呼び起こす魔法なのか?すごい効果だ。


 思わず深く息を吸い込んだ。体が軽い。心も晴れ渡る。

「……よし!」 湧き上がる力に任せて、俺は拳を握りしめる。


「さぁどこへでも行きましょう。すけさん行きますよ」


「私は、かげろうお銀ですからね」


 華怜さんは、助さん役ではご不満の様子だ。


「良かった。では、さっそく転移結晶で25階層に向かいましょう」


 ん?25階層に向かうの?なんで?

『癒しの泉』というのは、先日あおいちゃんに使った回復魔法のことを指すんじゃなかったか?


 あおいちゃんは、ほっとした微笑みを浮かべながら、あかねさんに視線を向け頷いた。


 あおいちゃんのほっとした表情を目の当たりにして、25階層に行くことを断る理由を探す気も失せた。


「それで、お願いがあるのですが、25階層の転移結晶を買ってきていただけませんでしょうか?」

 あかねさんは、少し緊張を含んだ穏やかな口調で、俺に頼んできた。


 ん?なんでわざわざそんな面倒な手続きを取るのだろうか?


「ご自身で購入せずに、なぜわざわざ俺に頼んで買ってきてもらおうとするんですか?」


「ええ、購入には個数制限があります。今月はすでに上限に達しているので、カナタさんに買っていただきたいのです」


「なるほど。事情はわかりました。しかし、新米冒険者の俺に売ってくれますかね?」


 彼女はにっこり微笑んで「はい、大丈夫ですよ」と答えた。

 

 ◇◆◇◆◇◆


 俺たちは、《ポケット・パンドラ》の前に立っていた。あおいちゃんたちがいつも利用している馴染みの店だ。ここで転移結晶を買うことができるらしい。


 俺は、自分のすべきことをはっきりと理解していた。あかねさんたちの期待を背負い、この任務を遂行する覚悟だ。25階層の転移結晶――ただの買い物だと?いや、それは違うぞカナタ。

 相手は、攻略中最上階25階層の大物。

 新米冒険者相手に売ってくれるようなものでは決してない。

 新米冒険者が購入するなど、未知なる遺跡の発見、踏破に等しい偉業ではないか?

 これは俺にとって、未知を制し、道を拓く試練だ。


 あかねさんに10円を手渡され、「買ってこい」と命じられた瞬間、俺の胸は高鳴り、背中に火がついたようだった。この任務——ただの商品の購入ではない。上限購入を超える倍プッシュをもってこそ、散っていった仲間たち(購入できなかった)の想いに報いることができるのだ。


 俺は、胸の奥に燃える決意を感じながら、深く息を吸い込んだ。

「皆は、ここで待っていてくれ」と、共に歩んだ者たちに声を掛け、固く閉ざされた扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。


「いらっしゃいませ」


 その軽い口調のいらっしゃいませ。俺をただの新人冒険者として、まだ侮っている反応とみた。

 だが、俺様の用意した作戦は完璧だ。


 ふと、店内を見渡すが、声はすれども店主の姿が見当たらない。

 今度は、ひと~つ、ふたぁつ。みぃぃつ、と独特の数え方をした声は聞こえる。

 しかし、どうも数が合わないらしく、少し落ち込んだ声を漏らしている

 壁際には整然とポーションや巻物、最新の魔道具が並び、どれも手入れが行き届いている。その品々の隙間を縫うように、一人の女性が静かに手を伸ばしていた。


「おい、店主」


 ――しかし、期待に反して返ってきたのは、


「いえ、私はバイトです」


「……。こほん、25階層の転移結晶、活きがいいのが入ったと聞いたが?」


「こちらになります」

 バイトちゃんが、25階層の転移結晶を紹介してくれた。


 俺は、転移結晶を適当にこねくり回し、眺める。

 ふ~ん。ほう。それでそれで?なるほど、それからどした?


 ちらりと横を見ると、カウンターの向こう側でバイトちゃんが俺のことを見ている。興味があるのか、ないのか。目が合うと、すぐにそらすのに、またすぐにこちらを盗み見る。


 そして、ふと笑いながら呟く――

「活きがいい25階層の転移結晶ともなれば、26階層に飛べたとしてもなんら不思議はないな」


「そっそれ、不良品ですね」


 ここでペースを乱すほど、事前のシミュレーションに不足はない。

「んん?この25階層の転移結晶は、賞味期限切れではないか?これだとベテラン冒険者に売るのは憚れるのでは?ここは新米冒険者として犠牲となる覚悟を決め、俺が購入をしよう」


「ええ……カナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵殿に購入して頂けるなど、夢のような光栄でございます!この喜び、言葉では到底表しきれません!」


「んん?なんと?」


「ああ、なんと──恐れ多いことをしてしまいました!」

 バイトちゃんは突然、顔を青ざめ、慌てふためく。


「代々の威光と悪徳を背負い、真の超大物古豪貴族として闇に君臨するカナタ・ド・グラン・オーシャン・ル・フルール・シャルマン公爵殿のご尊名を軽々しく省略するなど、許されざる過ち……!


 いや、そうじゃないよ。

 そんなことより俺に対する扱い、態度の話よ?


 店の奥から、突如として騒がしい音が響き渡った。ガタガタと棚が揺れ、無数の小物が床に跳ねた。慌ただしい足音が店内にこだまし、何かがぶつかる鈍い衝撃音が響いた――。 その混乱の中心から、店長が勢いよく飛び出してきた。頬を紅潮させ、荒い息を繰り返しながら、店内を一瞬鋭く見渡し、ついに俺の姿を認めると……。


 扉を抜けた瞬間、外の空気が俺の疲れを一掃した。冷たい風が頬を撫で、わずかに湿った地面の匂いが鼻をかすめる。深く息を吸い込むと、張り詰めていた気持ちがふっと緩むのを感じた。


 ――やり遂げた。


 懐かしき友の面影、その前に立ち、胸の鼓動を落ち着かせながら、「任務遂行、購入完了だ」と宣言する。言葉を発した瞬間、全てが終わったのだと実感し、こみ上げる安堵と達成感が体を満たしていく……。


「はい、次からは、顔パスで購入できますね」


 華怜さんにバレてらっしゃる。

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