第13話 『うわ~うわ~』

「ボスがいないものだと思っていました。いたとしても、カエルのモンスターだと思っていました。いや~、思い込みって怖いですね。」


「イレギュラーモンスターの前に、ずいぶんと余裕そうですね」


 ――そう呟いたのは、華怜さんであった。

 彼女の笑みは、冷静かつ余裕に満ち、周囲の状況を映し出していた。


 ボス部屋に入室しても、いきなり激しい戦闘が始まるわけではない。

 まず、ボスの存在や周囲の環境を確認できる一定の猶予が与えられ、試練に挑む挑戦者は、その間に部屋全体の状態を観察することができる。

 しかし、システム上は先制攻撃が許されず、実際の戦闘開始は必ずボスが雄たけびを上げるなどの明確な合図によって触発される仕組みになっている。

 この設定により、挑戦者は事前に状況を把握しつつも、決められたタイミングで公平に戦闘を開始できるようになっている。


「試したいことができました。転移結晶を使ってみましょう」


「あおいちゃんたちが、25階層から5階層へ移動した状況再現をするんですね」


 さすが、華怜さん。いつもの鋭い察しが冴えている。

 転移結晶を取り出したその瞬間、俺はふと考えを改めた。


「一応、ボス戦開始してから使用しましょう。華怜さん、被害が及ばないよう、少し離れていてください。転移結晶使用時は、こちらから近づくので」


 ミノタウロスは、圧倒的な威圧感を漂わせながら斧を高々と掲げると、その重みを感じさせる一振りで激しく振り下ろした。

 その瞬間、斧は真横にそびえる古びた石壁に激突し、壁面には深い切り込みが走り、ぽっかりとした穴が開いた。

 これが、戦闘開始のはっきりとした合図となった。


 俺はすぐにミノタウロスに接近し、軽く斧を振る一振りを放った。

 決して倒すつもりではなかった。

 それは、華怜さんが不用意に近づかないよう、ボスの注意をこちらに向けさせるためのけん制であった。

 そして、周囲の状況とボスの動向を確実に把握するため、俺は慎重かつ素早く動きを見せた。


「ああ、なるほどね。」


 ボスは、閃光のごとき速さで矛先を転換し、鋭い視線で華怜さんを捉えた。

 その眼光は、容赦なく彼女に向かって迫ってくる。

 瞬く間に、危険な攻撃が華怜さんに届く前に――俺はとっさに「失礼します」と低い声で告げ、彼女をしっかりと抱き寄せた。

 その一瞬、まるで時間が凍りついたかのような緊迫感が、戦場に支配的に流れていった。


「すぐに移動しますので、このままでお願いします。その際に、状況確認をしっかり行ってください」

 彼女をしっかり抱き寄せたまま、冷静な声でそう告げた。


 俺は、ミノタウロスの一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませ、次の動きを待った。

 すぐに、ミノタウロスの巨体が揺れながら迫ってくる。

 間合いはわかっている。

 

 瞬間、「転移しますよ」と、彼女に声を掛けた、その刹那。周囲が一瞬で眩いまでの光に包まれた。


 やがて、辺りを包んでいた光が静かに収まると、目の前にかつてと変わらぬ凶悪な威圧感を漂わせながら、ミノタウロスが堂々と立っていた。


「あおいちゃんたちと同じ状況…。転移失敗ですか?」


 俺は、彼女の言葉が耳に届くよりも前に、すでにミノタウロスに向かって俊敏に動き出していた。

 そして、一瞬の隙も与えず、その威圧的な巨体へ飛びかかり、刹那の一撃で仕留めた。


 ボスを打ち倒し、落ちたアイテムを拾いつつ、俺は言葉を紡いだ。


「いえ、たぶん全く同じ状況ですよ」


 そういって、華怜さんに転移結晶を見せつけた。

「転移結晶ってボス戦では発動しないことがあるって言いましたよね?」


 ボス戦においては発動しないことがある。

 しかし、ボスが存在しない空のボス部屋では、必ずその効果が発現される。

 仮に発動しなかった場合でも、放たれる光は、まるで実際に移動したかのような演出を再現される。

 そして、転移結晶は使用されたときと同様に、その瞬間に消えてなくなる。


「お嬢様3人組の状況を把握しましょう」

 俺は、華怜さんに向かいながら、状況の詳細を説明し始めた。


 転移結晶を使用したことは確かだ。

 転移結晶が発動しなかったことも、消費が確認されたので確かである。

 これより、イレギュラーがボスであったことは疑う余地がない。

 では、一体25階層から5階層に移動した理由は何なのだろう?


「ひとまず、ボス部屋を出てみましょう」

 俺はそう言い、華怜さんと並んでその部屋を後にした。

 外の広場には、何人かの冒険者たちがすでに戻っているようだ。


「5階層ですね」

 と、華怜さんは確認するかのように呟いた。


 俺は、冒険者たちを眺めながら、口を開いた。

「彼女らは、罠によって25階層から5階層に飛ばされました」


「罠によって飛ばされたのは、未知の階層のはずでは?」


「その後の話ですよ。転移結晶が発動しなかった時に、同時に罠が発動したのです」

 一呼吸置き、俺は続けた。

「さきほど、俺たちは二度転移果たしました。初回と比べて、違いはありましたか?」


「あっ、はい。初回と比べて、二度目は目が眩むほどの眩しさを感じました」


 それこそが、転移結晶による移動と罠による転移の根本的な違いだ。

 転移結晶の移動は、光に包まれるものの、その光量は移動後に即座の行動を可能にするだけに留まる。

 これに対し、罠による転移は、悪質性が高く、目が眩むほどの強烈な光と共に行われるため、移動後に一瞬でも隙が生まれる危険がある。


「ゴロツキさんたちは、目が眩んだようなことを言ってましたね」


 華怜さんは合点がいった様子だ。

 しかし、華怜さん、ゴロツキ呼ばわりでも、きちんとさん付けですか。


「戻ってきた25階層には、また罠があったんですね。転移結晶使用の瞬間、同時にこの罠も発動してしまい、その結果、次の移動先は5階層のボス部屋。転移結晶の場合、パーティーだけが転移するのに対して、罠なら周囲にいる無差別な者たちも巻き込まれる。これによりイレギュラーと一緒に移動。――つまり、その再現をカナタさんは、さきほど実際に行ってみせたのですね!」


 華怜さんは説明を続けるうちに、次第に熱がこもっていき、声も弾むようになっていった。そして、やがてその興奮を抑えきれず、

「すごいっ、すごいですよ!カナタさん!」

 と、勢いよく声を張り上げた。


「カナタさんが、『なるほどね』と呟いた時には、罠である発動の可能性に至り、罠まで探り当て、それを見事に実行した。『うわ~うわ~』」


 彼女は、俺の言動を鋭く推理し、その解明に至る説明を進めるうちに、さらに熱を帯び、やがて普段では聞かないような声まで漏らしてしまっている。


「彼女らがイレギュラーと共に移動してきた謎は解けました。しかし、俺たちの移動先は同じ5階層のままでしたね。それに、何故、イレギュラーのミノタウロスが再び5階層に現れたのか謎が増えてしましました」


「カナタじゃないか。お前たちもここでモンスター釣りか?」


 広場で槇原が軽やかに歩み寄り、笑顔で手を振りながら挨拶してきた。

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