第6話 聡子の死

 聡子は、パートが終われば、いつもまっすぐに家に帰ることが多かった。

 パートは毎日行っているわけではなく、

「平日の週三回」

 ということで、

「月水金」

 の三日間の約6時間働いているということであった。

 その間に不倫をするというのは、昼間の火曜日か、木曜日がほとんどで、

 聡子は、家には、

「シフト制」

 ということを話しているので、

「仕事が何曜日にあるのか?」

 とはハッキリといっていない。

 義理の親も、

「お義父さんが、世話になっている」

 ということもあって、あまり余計なことはいわなかった。

 聡子にはうしろめたさがないわけではないが、

「やることだけはやっている」

 ということと、

「旦那は、自分で勝手なことをやっているのだから、私だって」

 という思いから、そこまでのうしろめたさなど感じているわけではないのだった。

 確かに、旦那の様子を見ていると、

「私が精神疾患になりそうなのに、誰も私のことを気にもしてくれない」

 と思っていた。

 両親に関しては、

「自分たちのことだけで大変だ」

 ということは分かっているので、そんな両親に対しても、余計に腹が立つのは、新吉に対してのことだった。

「そんなに好きなようにしたいんだったら、離婚すればいいのに」

 と思ったが、それは自分も同じことで、

「どうして、自分から離婚を言い出そうとは思わないのか?」

 とも思わせるのだ。

 その一つには、

「自分を悲劇のヒロインに仕立てあげたい」

 という気持ちがあるからなのかも知れない。

「離婚というものを考えるのであれば、もっと早めに考えていて、少なくとも、両親と同居ということはなかっただろう」

 と思うのだ。

 かといって、

「両親との同居が嫌だ」

 ということではない。

 確かに、ちょっと前までは、

「同居なんて、まっぽらごめんだわ」

 と思っていた。

 離婚というものを、どのように考えるかということを思えば、

「別に、嫌ではない」

 と考えると、

「このまま結婚したままの状態で、それぞれに楽しむというのも悪くない」

 と考えるようにもなったのだが、これは、自分の自尊心が許さない。

 それは、

「夫に対しても、優位な考え方になるからだ」

 それを思えば、プライドが許さないといってもいいだろう。

 そもそも、

「プライドって何なんだ?」

 ということである。

「自分も、夫も、W不倫ということで、お互いに、好きなようにしているのだから、

「ウインウインではないか?」

 ということであるが、これは、

「最後までうまく行って」

 ということであり、

「このまま、死ぬまでうまくいくということはありえない」

 と考えると、

「もし、破局が来た時」

 ということを考えると、

「どっちが、不利な状態になるだろう?」

 と考えた時、未来のことなので、想定ができるわけもないということになるだろう。

 そう考えると、

「何が優位なのか?」

 ということになるというものだ。

 結局、表に出た時、

「どっちが悪いか?」

 ということが問題になるのだが、最後に、

「どっちも悪い」

 という風になった時、

「自分は、蚊帳の外にいられるだろうか?」

 ということである。

 そんなことあるわけはなく、それこそ、

「喧嘩両成敗」

 というごとく、

「どちらも悪い」

 ということになるだろう。

 確かに、

「旦那も悪い」

 ということであれば、両成敗でもいいと割り切れる人もいるだろうが、果たして、

「聡子に、割り切るだけの気持ちがあるだろうか?」

 ということになり、聡子には、割り切ることができないと思えば、

「喧嘩両成敗」

 であっても、結局は、

「自分も負けたことになる」」

 といえる。

 それを考えると、

「最後に破局を迎える時、自分の正当性というのは、三分の一しかない」

 ということになる。

 それは、大きなリスクに違いないだろう。

 聡子は、そんな中、ズルズルと不倫を続けてきた。

 旦那に比べれば、まだまだ短い不倫期間であったが、長さは問題ではない。

「一度でも、足を突っ込んでしまうと、そこは、同じ穴のムジナということになるのではないだろうか?」

 ということである。

 しかも、聡子は、

「不倫の最中で死ぬ」

 ということになってしまった。

 病死でも自殺でもない。

「明らかに殺害された」

 ということであった。

 服毒ということであったが、

「どうして自殺ではない」

 といえるのかというと、それは、死体を見た時の最初で分かったことだった。

 というのは、彼女の顔は、誰なのか分からないほどに、めちゃくちゃに傷つけられている。

「野犬に食いちぎられたのか?」

 といえなくもなかったが、鑑識が調べてみると、

「鋭利な刃物で故意に傷つけられています」

 ということが歴然だったことだった。

 だから、最初これを見た時、

「野犬に食いちぎられた?」

 と考えたが、

 そもそも、最近は、そんなに人の顔を食いちぎるような野犬が、街中を徘徊しているわけもない。

 餌がないような時代でもないので、何も死体がもし、転がっていたとして、野犬が顔を食いちぎるということもおかしいだろう。

 その証拠に、

「顔以外の場所はきれいなもので、食いちぎられているというあとはない」

 ということであった。

 昔の推理小説などであれば、

「死体損壊トリック」

 つまりは、

「顔のない死体のトリック」

 ということで、

「死体の身元を分からなくするため」

 ということで行われるのだが、その場合は、

「特徴のある部分」

 であったり、

「指紋のある手首」

 も一緒に身元を判明できなくするというのが、当然のことだといえるだろう。

 しかし、

「手首もあれば、顔以外を傷つけられたところもない」

 今の時代であれば、

「死体損壊」

 などしたとしても、科学捜査で、たいていは、時間が掛かったとしても、死体の身元は判明するだろう。

「じゃあ、時間稼ぎか?」

 ということも考えられるが、今回に限って、それはなかった。

 なぜなら、被害者の持ち物はそのまま放置されていて、中には、定期入れがあり、免許証もあることから、

「被害者が誰であるか?」

 ということは歴然として、明らかなことであったのだ。

「事件をかく乱するため」

 ということであっても、この状態で、

「何がかく乱されている」

 というのであろうか。

 間違いなく、

「被害者は、柏木聡子だ」

 ということであり、じゃあ、動機として考えられるのは、

「怨恨ではないか?」

 ということであった。

 怨恨ということであれば、顔をめちゃくちゃに傷つけるということは、普通にありであろう。

 しかも、それが、

「色恋というものであれば、その怨恨というのは、異常性癖に繋がっているかも知れない」

 と考えられなくもない。

 となると、

「被害者に恨みを持っている人間」

 ということでの捜査がまず行われた。

 要するに、

「彼女を殺す動機のある人間」

 ということである。

 普通殺人事件において、動機というものを考える時、

「被害者が死ぬことで、誰が一番得をするか?」

 ということになるだろう。

 その場合、考えられることとして、

「遺産相続などの問題が大きいだろう」

 しかし、被害者のまわりを見た時、

「誰かが死んだ時、彼女が、莫大な遺産を手に入れる」

 ということが分かっているわけでもなかった。

 また、彼女が死んだことで、生命保険が降りるとすれば、夫の、新吉ということになるのであるが、金額的にも別に普通の金額で、そもそも、

「奥さんが死んで、その遺産が手に入ったことで、旦那が得をする」

 ということはないのであった。

 旦那は、金持ちというわけではないが、金に困っているというわけでもない。

「奥さんを殺して、自分が疑われる」

 というようなことはなかった。

 ただ、捜査の中で、

「W不倫」

 ということは、簡単にあばかれたことであり、

「一体、この夫婦はどうなっているんだ?」

 とばかりに、捜査員の意欲をそいでしまいそうな、嫌な関係であることに間違いはないおうだった。

 だが、今の時代は、

「W不倫」

 などというのは、そんなに珍しいわけでもなく。

「今時の夫婦」

 といってもいいのではないだろうか?

 もちろん、不倫相手の店長が一番最初に疑われた。今のところ、一番動機の強いのが、店長だったのだ。

 ただ、彼には、れっきとしたアリバイがあった。その日は、スーパー業界の会合で、東京に出張に行っていて。殺しができるわけはないということだったのだ。

 実際に、刑事が裏付けを取って、車でも、電車を使っても無理であり、会合にずっと参加していたことも分かっている。これを

「シロであることの動かぬ証拠」

 というのだろう。

 ただ、事件というのは、思わぬところから発覚もすれば、解決もするというもので、

 実際に、似たような犯罪が、最近起こっていることは、捜査員も気づいていたのだ。

 しかし、

「似たような事件」

 であっても、関連性もなければ、人間関係において、何も繋がるところもない。

 ということは、

「容疑者を絞り切れない」

 ということになる。

「どこかに何かあるのでは?」

 ということを、警察の方で考え、それぞれの事件で、一つ一つ、容疑者を絞っていく地道な作業をしながら、それを、現在から過去に向かってさかのぼるという、逆の時系列の形をとっていた。

 もう一つの死というものの、どこに似ているところがあるのかというと、その死体も若い女性が同じように顔を潰され、殺されていたということであった。

 同じように、身元を隠すという意志はなく、明らかに、何か同じ目的をもってのことなのかと思わせた。

 もちろん、

「猟奇犯罪」

 ということも考えられる。

 そうなると、動機があるとすれば、犯人による、

「犯罪に対しての美学というか、どこか耽美主義のようなものではないだろうか?」

「美を追求する」

 という意味では共通点があるのだ。

 警察の捜査が続くと、次に怪しいと思われたのは、旦那だった。

「不倫をされたことで、奥さんを恨んでの犯行」

 といってしまえば、ありえないことではない。

 しかし、この場合、

「お互いに不倫を犯している」

 ということで、

「どっちもどっち」

 いわゆる、

「喧嘩両成敗」

 といってもいいだろう。

 だから、もし、

「旦那が犯人だ」

 ということになれば、完全に家庭崩壊ということになる。

 元々、W不倫をしていたわけなので、その時点で、

「家庭崩壊」

 といってもいいだろう。

「奥さんが殺されて、その犯人が旦那」

 ということになれば、旦那の動機がどこにあるというのだろうか?

 これは、もう一つの事件においても同じこと、

 そちらの事件も、W不倫をしているということは分かっていた。違うとすれば、

「最初に不倫を始めたのは奥さんの方で、旦那は後からの不倫だった」

 ということである。

 これを、

「犯人は旦那だ」

 ということになれば、どういうことになるのか?

 一つの考え方として、

「W不倫というのは、一種の喧嘩両成敗なのだろうが、今回のようなそれぞれのパターンで、どちらが罪が重いというのだろうか?」

 ということになる。

 聡子と新吉の場合は、時系列で話をつないでくると、

「どちらが悪い」

 ということは一概には言えない気がしてくる。

 もちろん、それは、

「お互いの心理状態を読み取ったうえでのことで、もう一つの事件のように、その内容がまったく分からない、第三者として見れば、それこそ、許されることではないと感じることだろう」

 今回の事件は、実は、

「管轄外の事件」

 ということであったので、それぞれ管轄外の事件というものを、勝手に想像するしかできないのであった。

 だから、その事件について考えた時、

「どっちもひどいな」

 ということ、そして、

「お互いに辛抱が足りない」

 と勝手に思い込んでしまう。

 それが、

「近くて遠い」

 という発想になるのだった。

 聡子と新吉の事件は、その二人のことを少しずつでも調べていくと、

「致し方ない」

 と思える部分も見えてくる。

 つまりは、

「それぞれに、同情の余地あり」

 として、考えが甘くなってしまうところもあるだろう。

 しかし、実際に起こったのは、

「残虐な殺人事件」

 なのであった。

「同情の余地はあるが、なぜ、奥さんが殺されなければいけないのか?」

 ということであった。

 実際に、犯人は捜査において、追い詰められたのか、

「私がやりました」

 ということで、旦那が自首してきた。

 だが、自首したからといって、

「事件が解決した」

 というわけではなかった。

 取り調べが行われ、事実関係をハッキリされるために、現場検証が行われたり、その背後関係が調べられたりした。

 旦那は、性格的に、慎重派であり、その分、神経質で気弱なところがあった。それを、

「優しい」

 ということで、女性は母性本能をくすぐられるのかも知れない。

「奥さんもそうだったのかな?」

 と思ったが、奥さんのことを捜査していると、

「どうも少し違うようだ」

 と思った。

 ただ、不倫は、結婚してからすぐからのようだったので、

「押しに弱いということか」

 と、不倫相手に押し切られたのかも知れないと感じた。

 しかし、さらに調べてみると、

「飽きっぽいところがある」

 ということも分かり、それに対して、不倫相手も認めているようで、

「奥さんに飽きたから私のところに来た」

 ということを不倫相手は告白した。

 彼女もそのことは分かっていたのだ。

 分かっていたが、それでも、ズルズルと不倫を続けていたのは、彼女も彼を愛していたということであるし、新吉も、

「奥さんを愛していて、不倫相手も愛している」

 ということで、それを、自分の中で納得させられたからの不倫だったということだ。

 それを分かっていて、

「いまさらなぜ、殺す必要があったのか?」

 ということであったが、それを解くカギが、

「所轄違いのもう一つの犯行」

 ということであった。

 まったくの想像というか、妄想でしか判断することのできない犯罪。時期的にも近いことから、

「模倣犯ではないか?」

 と思える犯罪であるが、

「ここまで似ていると、関連性があると思うしかない」

 ということになるだろう。

 確かに、模倣犯なのかも知れない。ただ、そこに、別の何かが絡んでいないと、衝動殺人ということでもないので、考えにくいだろう。

 そう思うと、何か、見えない力のようなものが働いているのではないかとも思えた。

 下手をすれば、

「何かの秘密結社ではないか?」

 という考えである。

 そこに、

「洗脳」

 というものがあると思えば、パッと思い浮かんだのが、

「新興宗教団体」

 のようなものだったのだ。


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