18節.暴君による騎士総会
騎士総会は非常に重要な会議である。
レイズブルクの騎士全員が出席を義務付けられていた。親の葬式だろうが妻の出産だろうが、必ず行かなければならない。
議会は定例会、臨時会などが複数執り行われるが、騎士総会は年度末に1回しか開催されない。
しかし、ここで予算や条例の最終審議及び決裁が為されることとなる。税率や罰則といった領民の生活に直接関係のある事柄も騎士総会で決定されるのだ。
会議としての重要度としては騎士総会が一番と言えるだろう。
領庁の城にある塔の最上階である6階で、演壇を中心とした半円型に座席が設置されている。演壇の後方には議長であり領主代行でもあるネロが座り、その右手には副議長であるマグネンが座っている。議会の両翼には理事者や事務局席があり、演壇の前には速記者席があった。傍聴席はあるのだが、衛兵によって封鎖されており、貴族以外の入場が出来ないようにされていた。
俺はアンカラと一緒に議場へと入場した。
マグネン解任派である領内東部及び南部を中心とした、比較的魔物の脅威度が高い武闘派の騎士達がまず先に入場する。そして次に反対側の扉からマグネン擁護派の領内北部、西部に領地を持つそれなりに資金力と人口が多い富豪の騎士らが入場してきた。
俺達はネームプレートの置かれた議席へと案内され、開始の定刻になるのを待つ。
アンカラは左翼の最前列に座り、俺はその隣となった。
どういう席順なのか知らないが、俺の左隣にはカロリーヌちゃんの父であるサザが座った。右目に刀傷があり黒い眼帯を着けた渋いおっさんだった。白髪混じりの灰色の髪をオールバックにしたマッチョで、身長2mを超える大男であった。
「貴様……いや、貴公がニール=ダナか。娘からよくよく話はうかがっている。頭が良いらしいな。それに魔力も高い。また時間があれば、俺と手合わせしてもらいたい」
「はっ、はい。お手柔らかに」
俺は恐縮して頭を下げた。
いや、カロリーヌちゃんと全然似てないね。お母さん似なのかな? お父さん怖えーのなんのって。ただそこにいるだけで斬られそうな威圧感と迫力があるよ。
アンカラも引きつった笑みを浮かべている。
これがレイズブルクの東の雄か。歴戦の騎士ってのも頷ける。ただ口数は多くないようで、挨拶をそこそこに着座し、眠ったかのように黙ってしまった。
ネロの背後に護衛として立つカロリーヌが、こちらを見て気まずそうに目で謝ってきた。いや、不愛想だなんて思ってないよ。本来戦士ってのはこういうもんだよ。男は黙って泰然としてなきゃね。
¥¥¥
「次期領主であり議長の私が、仕方ないから議会の進行をしてあげるわ。あー、もうまだるっこしいから、サクサクいくわよ! はい、マギアタクサに接続。記録開始。えーっと、議案の上程? っていうの、提出者から説明をしなさい。私は眠いからしばらく寝とくわ。勝手にやっといて」
こうして、議会の開始が告げられた。
ネロのやつ、面倒くさくなって台本無視で進めやがった。
初めて知ったけど、議会って一々台詞っていうか、細かい質疑内容とかを、事前に示し合わせて、ただ読み上げていくだけなんだな。
こりゃつまらん。
確かにネロが寝てしまう気持ちも分からんでもない。
だが、今回は話が別だ。
法令審査会を通った条例案がアホほど少ない。俺のリンデン新区画設立のための改正案も今回の議案の中に載っていなかった。
やっぱりマグネンの野郎が途中で握りつぶしやがったのだ。
アンカラ達が静かに怒気を強めている。
議案説明の後の質疑応答で、直接マグネンに文句を言うつもりだろう。
ちなみにこの騎士総会には言い出しっぺのジョンさんはいない。彼はテオドリウスの郎党であって、騎士ではないので出席出来ないのだ。
ジョンさんの代わりにアンカラ達が頑張る必要がある。マグネンの補佐役解任をネロに直接発議しないといけない。いやー、俺までドキドキしてきたよ。
そして、議案の読み上げが終了した時点で、いよいよアンカラ達の口から火蓋が切られた。
「質問! 質問あり!」
「こんなふざけた騎士総会があるか!」
「なぜ我々のあげた条例が議案にすらなっていないのか。きちんとした説明を求める! なあ、マグネンよ!」
しかし、マグネンは余裕の笑みを崩さない。ネロは完全に爆睡して無視である。
マグネンから利権を得ている擁護派騎士らから嘲笑が飛んできた。
「アンカラ殿らは一体何を言っておられるのか」
「説明といっても何を説明すればよいのか。大した議案でもないくせに張り切りおって」
「法令審査会を通らなかったということは、その条例案に重大な瑕疵でもあったのでは? ご自分のミスをマグネン卿のせいにするなんぞ、恥を知るべきですぞ」
喧々諤々の議論ってか、喧嘩が繰り広げられる。
怒鳴り合いっていうか、罵り合いに近いものになっていく。
俺は大人達の迫力に呑まれてしまい、何も言えずただ黙って聞いているだけだった。
隣のサザは相変わらず目を閉じて寡黙に座ったままだった。
いや、会議に参加しようよ。
こいつ本当に眠ってんじゃねぇだろうな?
「話にならん! 神聖な議会でこんな幼稚な言い合いをなぜしなくてはならないのか!」
「それはこちらの台詞だ!」
そうして、やはり最終的な結論はマグネンの責を問うものになっていく。
「レイズブルク領の経済は昨年度比で3割落ち込んでいる。餓死者、凍死者、魔物による食害含め過去最悪となっている。それもこれも全てマグネン卿がネログレーテ様の補佐役に就いてからだ。責は全てマグネン卿にある。我々はマグネン卿の補佐役解任を求める!」
おお、父上が言い切った。
アンカラが昨日深夜まで頑張って覚えた台詞を噛まず言い切った。
マグネン解任派の騎士らから拍手が聞こえた。
反対に敵側から舌打ちと罵声が浴びせられた。
「ネログレーテ様! どうか賢明なるご決断を! って、ネログレーテ様⁉」
ネロはずっと気持ちよさそうに机に突っ伏して眠っている。
一瞬議会に沈黙が訪れた。
敵味方お互い気まずそうに顔を見合わせた。
マグネンが咳払いをした。
「っんあ?」
そして、ようやく馬鹿が目を覚ました。
¥¥¥
アンカラが派閥を代表して、事前に作成しておいたマグネンの補佐役解任を求める意見書を提出する。
ネロは半分も読まないで、それを丸めて捨ててしまった。
「マグネンの解任? 嫌よ。なんであなた達にそんなこと決められなくちゃならないわけ? 私、人から指図されるのが一番嫌いなのよ。でも、なになに。マグネンってば皆からすっごく嫌われているのね。キャハハハ!」
「いや、まあ。無知蒙昧な田舎騎士どもには私の崇高な施策は理解出来んのですよ。はははは。っほら見なさい。ネログレーテ様は私の補佐役続投を望んでおられるのだ」
マグネンが勝ち誇った顔で笑った。
アンカラ達が肩を落として、口惜し気に席に座った。
ああ、やっぱダメか。
ネロには常識なんて通用しない。本当に気分で物事を決める暴君なのだ。こいつにいくら熱意を持って訴えても意味がなかった。
「貴様ら、こんな真似をしてどうなるか分かっているのだろうな? ネログレーテ様の手を煩わせおって」
まずいな。
これで完全にマグネンはアンカラ達を反逆者として罰するつもりだ。
減俸、罰金、もしかしたら領地没収のうえ身分剥奪ということまでありうる。
敗者は全てを奪われる。それがこの世界でのルールだった。
「これで気がすんだだろう。今後貴様らは私に絶対服従だ。私の言葉は領主様の言葉と思って精々———」
「あ、でも、別にマグネンが補佐役である必要はないかもしれないわね」
え⁉
どういうこと? 一体どっちの味方なの、ネロ様⁉
俺含め騎士全員の目が点になった。
「ど、どういうことです、ネログレーテ様? 騎士総会の前に散々お願い申し上げたはずですよ。もし私の解任要求があった時は、即否決なさると。私に約束してくださったではありませんか」
「はぁ? 覚えてないわ。それとも、なーに? もしかして私のこと嘘つきって言うつもり? 殺すわよ、愚物が」
「ね、ネログレーテ様……それはあんまりな所業。親族である私を切り捨てるおつもりか」
「お母様の従兄ってすんごい遠縁じゃない。よく親族だなんて言えるわね。それにしても必死すぎるでしょう。ダッさい。みっともない。ちょっと、気安く触らないでくれる。加齢臭が移るじゃない。キャハハハ!」
ネロの足に縋りつくように、床に倒れ伏すマグネン。
蒼白になって喘ぐ彼の顔を、ヒールで遠慮なく踏みつけるネロ。
「でもねー。あなたはお父様のお気に入りで、これまで鬱陶しい雑務なんかを全部やってくれていた恩もあるし。色々面倒くさいからやっぱり補佐役続投でもいいかもしんないわね」
「ほ、本当ですか、ネロ様⁉」
「あなた私に借金あるの覚えてる? カジノで大負けした総額28,600テーリン。働いてちゃんと返してよね」
「も、もちろんでございますとも!」
マグネンは嬉々として立ち上がろうとするが、その頭をネロは容赦なく再度踏みつけた。
「私の話は最後までちゃんと聞きなさい」
「は、はひ……」
哀れマグネンの額はヒールによってぱっくり割れた。
議場の絨毯にボタボタと血が滴り黒い染みになっていく。
「あなたの補佐役の継続は認めます。でも、補佐役が一人だけって決まりはないわよね? ———私、ニールも補佐役に命じるわ」
ネロが笑顔でこちらを指さしてきた。
衝撃の一言が議場に響いた。
はぁー⁉
なぜそうなる?
「しばらくはニールが主体で政務を行ってね。マグネンはニールのアドバイス役を命じます」
皆が俺の顔を見てくる。
なんでお前が? って目でガン見してきた。
いや、知らんし。こんな重大案件この場でいきなり発表すんなよ!
俺嫌だよ? こんな我儘暴君の補佐なんてやりたくない! 父上、助けて!
しかし、アンカラは逆にキラキラした眼差しで俺の肩を叩いてきた。
「俺の息子が補佐役に。これはダナ家始まって以来の大出世だ。しかも優秀なニールなら絶対にレイズブルクを良くしてくれるはず」
馬鹿親父、喜んでんじゃねぇよ!
マグネン解任派の騎士達も喝采をあげた。
俺の隣に座ってただじっと黙っていたサザがくわっと目を見開いた。
「……麒麟児の補佐役就任。俺は全力で支持する!」
お前いきなり何言ってんだよ! もうずっと黙ってろや! 余計な茶々入れるんじゃねぇ! 俺は嫌だって言ってんだろうが!
「ネログレーテ様! なぜこんな奴を補佐役に? 確かに彼は優秀ですが、まだ知識も経験もありません。騎士になったばかりのひよっこです。彼にはリンデン統治という重責もあります。はっきり言いましょう。彼にはまだ無理です!」
よし、マグネン。
よく言った。今だけはお前を応援してやる。
「ニールが実務を行うのは土日だけでいいわ。平日はマギアタクサを通して遠隔で決裁だけしてくれればいい。ニールの下にジョンもつけるし、これでなんとかなるでしょう。これは言わばお試し期間よ。もうすぐ確定申告だしそれまでの期間限定補佐役ってことね。マグネン、あなたはしばらく頭を冷やしていなさい。忙しい忙しいって嘆いてたじゃない。ちょうどいいでしょう」
「そんな馬鹿な! 私抜きでレイズブルクが回るものか!」
マグネンの軽率な一言に、ネロの額からブチっと音がした。
紅玉の瞳からスッと光が消えるのが見えた。
あ、ヤバい。これはキレたな。
「はぁ? レイズブルクが回らない? あなた最近本当に調子に乗っているわね。私の許可なく勝手に公印押して決裁してた時もあるし。私のお願いを真剣に聞いてくれなくなったし。もういっそ自分がレイズブルク領主だって感じで偉そうにしてたわよね? 私ちゃんと見てるんだから。すっごく悲しかったわ。カルロス公との結婚だって、ずっと嫌だって言ってたわよね。それなのに、何もしてくれなかった。でもニールは違った。凄くいいアドバイスをしてくれたわ」
「ですが、ネログレーテ様はこいつを生意気だと嫌っていたはずでしょう?」
「まあね。でも私ももう7歳だし。大人になったってことかしら? こいつが凄く優秀だってことを認められるようになったのよ。使える奴は使わないとね」
「っしかし!」
反論をしようとするマグネンの顔をネロは思いっきり蹴飛ばした。
そして這いつくばりながらも起き上がろうとするところを、小規模な爆裂魔法で吹き飛ばした。死んだか、と思われたが、体中が焼け焦げたマグネンが煙の中から現れ、演壇に向けて倒れ伏した。ギリギリで魔法障壁が間に合ったのか。致命傷ではないようだった。
「私の言うことに何か文句でもあるの? ないわよね? はい、決まり。———明日からニールは私の補佐役よ」
正に鶴の一声だった。
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