第3話 ニナ
真っ白のワンピースをはためかせ、新品の革ブーツで地面を鳴らす少女は細い手足を動かして森を進んでいく。汚れた顔にはいくつもの汗が浮かんでいた。
「ニナちゃん? そろそろ休憩する?」
目的地の道のりは長く険しい。
眼の前の少女はすでにフラフラの足取りだ。
しかし休憩を提案しているのだが「大丈夫」としか言わない。
(無理やりにでも休ませよう)
自作の
キレイに整頓された内容物の一覧に目を通して、ソファを取り出した。
「なに! 急に何か出てきたよ!」
「これは私が出したの。ちょっと座って休憩しましょう?」
「え、でも、この森……危ないって――」
「私が一緒だから大丈夫よ。危険な目には絶対合わせないって約束する」
ニナはすごく不安そうな顔でソファを見た。
少し考える素振りを見せた後、身を任せる様に腰を下ろした。
「すごい……。とってもフワフワ」
「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいよ」
ニナは気持ち良さげなご様子。
目を閉じるとすぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
俺はバスタオルをイベントリから引っ張り出して、ニナの体にかけた。そして一人、これからの事を考える。
城に招くにしても帰りたいと言われたらどうする?
いや、帰りたいと言われないようにするべきなのか?
どっちにせよ今のままじゃマズイよな。
これじゃあ誘拐とほぼ変わらないしな。
頭の中で色々模索する。
結論は出ない。が、俺とニナの仲が進展する必要があるのは確か。
ニナと村人の会話を思い出す。
両親は死んで頼れる相手も居なさそう。
このままどっかの都市に送ってバイバイもダメ。
この異世界は魔物や盗賊なんかが普通に存在している。
身分階級なんかもあったりする現状、親無し、身内無しのニナはハードモードの無理ゲースタート。
適当にポイは非人道的すぎる。
しかし、最強の存在である俺なら、
衣食住に加え、この世界で生きる為の力も与える事ができる。
邪魔になってるのは『俺』かぁ……。
はたして受け入れてもらえるだろうか?
全てはそこに集約するのだ。
ここはリーマン時代のアテンド力を発揮する時――!
つまりは『接待』である。
接待とは相手をもてなすことが全てだ。
衣食住、衣と住はなんとでもなる。素材は山ほど持ってるし、デカい城もある。最悪作り直したって構わない。
生産スキルカンストの俺に出来ないことはないのだ。
しかし……。
問題は食事なんだよなぁ。
これが一番の問題だった。
行動範囲がこの森だけではまともな食材を手に入れる事は出来ない。多くを望むならどこかと『交流』する必要があった。しかし、それが出来ないからボッチなのだ。
イベントリ内の食料を片っ端から検索する。
野菜類はジャガイモ、玉ねぎ、キャベツ。
肉類はだけ一通り揃っている。魚はダメ。
主食は微妙の一言。作ったパンは硬すぎるし味もあんまりだ。
何しろ鑑定魔法で『パンモドキ』と出るくらいだからな。
俺のいつも食事は、この微妙なパンに肉と少しの野菜を挟んで食べる。それだけで後は果物類を少々かじる程度。
つまりは貧相極まりない。
まぁ、リーマン時代は冷凍パスタかカップ麺だったから、今の飯のほうがマシかもしれんがな。
接待計画は始まる前に暗礁に乗り上げていた。
そんな時『それなら力はどうだろう?』と、ふと思った。
もし上手くいかなかった場合、彼女は一人で世界に放り出されることになる。その時に力さえあれば生きれる可能性が格段に増えるはずだ。
気持ちよさそうに寝ているニナを見ると、俺は手をかざし鑑定魔法を発動した。
十一歳でレベル2……。まぁ、こんなもんなのか?
ステータス欄の状態には飢餓と書かれている。
他にも力や素早さなど表記されているがどれも一桁台。
たぶん年相応……なのかもしれない。
この貧弱なステータスだと一人で生きるのはだいぶ厳しいだろう。
せめて百レベルぐらいは欲しいかな。
それぐらいアレばこの森を一人で歩けるようになるし、
魔法なら取得するだけでぶっ放せる。特に困ることは無いと思う。
我ながらいい案じゃないか。
ちょっとした魔改造臭がするけどデメリットもないだろう。
それに大魔法少女ニナ。夢があるのも良い!
よし! この方向で行こう。
方針が決まったので、俺は調理道具一式と食材を取り出した。
ニナの飢餓を取り除くためだ。
少女を起こさない様、静かに調理を開始したのだった。
「ニナ。起きて」
「う、……ん」
「ご飯作ったから食べて?」
ゴシゴシと目を擦る少女。
スープを煮込んで数時間が経ち、辺りはゆっくりと夜に向かっていた。
薄暗い危険な森に似合わない優しい香りがしていた。
「ご、はん?」
「そうだよ~。暗くなってきちゃったから御飯食べよう。お腹空いてるでしょ?」
ニナはコクリと頷いて、よろよろと起き上がった。
ソファの前に設置したテーブルにはすでに夕飯をセット済み。
「こんなに豪華なごはん……。いいの?」
「もちろん。たっくさん食べていいよ」
テーブルには具だくさんゴロゴロスープとパンモドキ。
果実を絞った果実水を用意。そして厳選した、霜降り肉そっくりな魔物肉で作ったローストビーフ。調味料が塩オンリーだけど問題ないほどに美味しかった。
優しい味の家庭料理といったところか。
「……! おいしい!」
「そう? それなら良かったわ」
「それに! んぐ、もぐ、このお肉もっ!」
「ちゃんと良く噛んで食べないと体に悪いよ」
一心不乱に料理を頬張る。
リスみたいに膨らむ頬にちっちゃな口をもぐもぐと動かしている。
その光景に心が満たされいてく。あの薄暗い城でまた一人、置物になるのが怖くなるほどに。
ニナの夕飯が終わって少し落ち着いた後、
用意していたお風呂に取り掛かる。
湯船の成形は既に済ませていたので、
水を張ってファイヤーボールをぶち込めば終わりだ。
「お風呂できたよ」
「妖精さんに出来ないことはないの?」
隣で驚くニナはそんな言葉を漏らした。
「こういう魔法を使う事は得意なの。さぁ、お湯が冷めちゃうから早く入ろう」
「う、うん」
服を脱いで湯船に入っていくニナはゆったりと体を沈めた。
「はああ。気持ちいぃ。しあわせ~」
「すっごいとろけてるよ」
「だって、気持ちいいんだもん」
「ふふっ。それなら良かった。いつもはお湯に入ったりしないの?」
質問するとニナは頷いた。
「うん。体を拭いたり、川で水浴びをしてたよ」
「そっか。それだと冬とか辛そうだね」
「冬はお湯で体を拭くだけだよ。でも、お金がかかるから水のほうが多いの」
「そうなんだね。なら、これから毎日お風呂に入れるようにするね」
「ホント! やった~!」
なんとも世知辛い世の中だな。
お湯を用意する、たったこれだけなのに難しい。
そもそも燃料に頼っているのが驚きだ。
魔物が落とす魔石を利用すればそれなりの道具は作れるだろうに。
魔石が高すぎるのか、道具が高すぎるのか……。
ありえないが魔物を狩るという概念自体が無いのかもしれない。
そう考えるとレベルが低いのも頷ける。
「それでね? ニナに聞いておきたいことがあるの。お城に着いたらその後どうするかなんだけど……」
「うーん、分かんない。お父さんとお母さんは……死んじゃったし」
悲しい顔をしてニナは言った。
「そうだよね。ごめんね、辛いこと思い出させて。もし、主がニナと一緒に暮らしたいって言ったらどうする?」
「一緒に暮らす?」
「うん。主がね、頼る人がいないなら一緒に暮らさないかって。一人じゃ心細いし、それに主も一人ぼっちだから」
「妖精さんは? ニナ、妖精さんとがいい!」
「え!? わ、わたし?」
予想していなかった言葉に動揺した。
(そっち好きになっちゃったの~!?)
大変なやらかしをしてしまったかもしれないと俺は思った。
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