第2話 リセットできません

 俺以外は誰も存在しない城。

 時たま聞こえる木々のざわめきが存在を証明してくれているようだった。

 完全にミスった。やらかした。

 その言葉では言い表せないほどの虚無感が襲ってくる。


「……」


 もう、久しく誰とも話していない。

 異世界に来た俺は、今は玉座の上の置物と化していた。

 

 夢の中だと思うだろ普通……。

 いきなり「どうも神様です。あなたには異世界に行ってもらいます」なんて言われてもはいそうですか、とはならない。それにキャラ作成の感覚で、あれやこれや言ったのが現実になるなんて誰が予想出来る? 

 つか、世界最強ってなんだよって話だろ。


 そりゃあ楽しんだよ。最初はね?

 ゲーム感覚にレベル上げたり建築したりさ……。

 でも、もうカンストしてんだよ。

 

 道具作りも極めちゃってるし、素材もめちゃくちゃある。

 後はこの世界を旅するとかしか残ってないよ。

 でもさ、俺、吸血鬼なんだよ。

 

 アイツ等人間は魔族だと分かると平気で襲ってくる。

 ガチの表情で俺の命を取りにくるんだ。


 もちろん攻撃されても死なない。でも、だからって痛みが無い訳じゃない。

 ラノベみたいに都合よく耐性を獲得しました、なんてこともない。


 だから同族を求めて暗黒大陸っぽいところに行ってみたりもした。

 でも、奴らは俺のことを魔族と認めなかった。結局は、奴らも人間と同じ反応だった。

 魔法はブッパしてくるわ、矢が雨の様に降ってくるわで最悪な目にあった。

 

 終わりだよもう……。

 俺はこのまま朽ちることなく、ここで永遠にボッチなんだ……。

 

 ただ、一つだけ良かった事があった。

 それは女だったことだ。

 肌は白く美しく顔は言葉にできないぐらい可愛い。

 銀髪ロングで耳は尖ってるし、胸は小さく幼少体型だった。

 笑うと八重歯のようにひょっこりと牙を覗かせる。


 まさに『お人形さんみたい』を地でいく美少女。

 デカい鏡なんかも用意しちゃって見惚れるなんてしょっちゅうだった。

 

 それでなんとか頑張れた。数年は。

 でも、もうムリ限界なんだ。

 だから、作戦を練ることにした。人族からも魔族からも命を狙われるなら、俺と似たような境遇のやつを探せば良いんじゃないかって。


 ただ、探索は出来ない。

 街に入ると何故かバレるからな。

 だから誰もいない、この危険な森の付近をうろちょろすれば良いと思った。というかそれしか思い浮かばなかった。

 ただのリーマンだった普通男の想像力はコレでいっぱいっぱいだったんだ。



 早速行動に出た俺は漆黒の羽を広げながら空中から人影を探す。

 だだっ広い森の外周をぐるりと一周するように飛んだ。

 

 森の外側は集落に近い感じの村がいくつかある。

 木で組んだバリケードを張り巡らして門番に二人、常に警備していた。

 見たままを言えば開拓団のような格好の村だった。


 村からはたまに人が籠を背負って森に入っていくのが見える。おそらく食い物でも探してるんだろうと思う。

 村には田畑は一応あるが、あの面積では到底、村人全員を食わせる量には足りない。だから危険でも森に入っていくしかないのだろう。


 だが、この大森林はホントにヤバい場所なんだ。

 俺なら気にする必要もないがただの人なら話は別。ワケのわからんバカでかい虫やら、動物やらが襲ってくる。リーマン時代の俺なら十分ぐらいでゲームオーバーだ。

 まるでゲームみたいにぽんぽんエンカウントするから。


 そうこう考えていると、また一団が森に入っていくのが見えた。

 しかし少し様子がおかしい。

 なぜか子供一人を先頭にして後を二人の大人が追うという構図だった。

 不思議に思い隠蔽の魔法を掛けてから後を付いていく。


「さっさと歩けニナ。どうせ逃げられやしないんだから」

「どうして……、どうして追い出されないといけないの!」

「仕方ないだろ。魔物に食われてお前の両親は死んだ。村にお前が残っても飯の食い扶持が少なくなるだけだからな」


 フワフワと飛びながらずっと後を付けていると、なんとも切ないやり取りを聞いてしまった。彼らがあの子を襲うなら助けよう。この際誰かと話せたら年齢なんて関係ない。

 それに胸糞悪い思いをするのはゴメンだから。


「この辺でいいだろう」

「そうだな。こんな危険な所に長居は無用だ」


 そう言うと一人の男が小さいナイフを女の子の前に投げた。


「それをやる。使い道は好きにしろ。ただ、コレだけは覚えておけ。村には絶対に戻って来るな。もし戻ってきたらその場で殺す」


「これは村人の総意だ。役立たずをおいて置けるほどの余裕は村にはない。さぁ、早くここから消えろ!」


 少女は涙を拭いながらナイフを拾うと、言われるがまま森の奥へと進んでいく。

 俺はそのまま彼女の後を追った。

 姿を表すのはタイミングを見計らってからの方が良いだろう。


「うぅ、お父さん、お母さん……。ぐす」


 大丈夫、俺が付いてるからね。

 守るのは簡単だが如何せん魔族だから面倒くさい。出来るならさっさと城に招待したほうが良いんだが、しかし彼女がすんなり付いて来てくれるだろうか? 問題はそこだ。

 

 かつて出会った人間は大なり小なり、俺を見ると殺そうとしてきやがった。中学生ぐらいの子供が短剣片手に走ってくる様は心にくるものがある。

 あの殺意むき出しの目が今だに忘れられずにいた。


 だから事は慎重に運ばなければいけない。

 まずは見守って、それとなく手を貸すのがいいだろう。


 少女は宛があるのかどんどんと中を進んでいく。

 そして、しばらくすると川の様な場所に出た。

 川を見つけると彼女は走りだした。

 

 やばいやばいやばい!

 

 例外なく魚型の魔物が川に潜んでいる。

 そいつらは川に侵入してきた敵を感知すると、ピラニアも真っ青なギザギザな歯で噛みついてくる。更に水魔法も使うから質が悪い。

 

 だが少女はその危険の中に飛び込もうとしていた。   

 

 どうする!?

 俺が魔法でも撃っちまうか、それとも……、あっ! 

 閃きを信じて俺はとっさにライトボールの魔法を放った。

 それを少女の前に素早く移動させる。


「キャッ!」


 少女が川辺りの手前で尻もちを付いた。

 俺は光量を落としフワフワと漂わせるよに制御する。

 

「あなたこんな場所で何やってるの?」

「え……?」

「この森はとっても危険なのよ? その川にだって魔物がいるし、あやうく命を落とすところだったわ」 


 これぞ妖精作戦。

 自分が出れないなら言葉を伝える誰かを作ってしまえば良い。

 姿を晒すのはまだやりたくない。

 ニナにナイフで襲われでもしたら病んでしまいそうだからだ。


「ちょっと聞いてるのかしら?」


 妖精ぽい感じを意識して話す。

 ニナと呼ばれていた少女は俺の問いかけにコクリと頷いた。

 よし! よしよしよし! うまくいったぞ!


「良かった。てっきり無視されてるのかと思ったわ」

「あの、あなたは……?」


「私はある御方に仕えているの。その御方がこの辺に住んでて森で迷子になってる子がいるから見てきてって私に頼んだの」

「迷子じゃない……。村を追い出されたの」


「あらそうなの。じゃあこれからどうするの? ずっとここにいると死んじゃうわ。どこか行く宛はあるのかしら?」


 少女は横に首を振った。


「良かったら私の住んでる所に来ない? そこなら安全だし食べ物もある。それに主があなたに会いたがっているわ」

「そうなの?」

「えぇ、そうよ。長い間一人ぼっちですごく寂しくて、泣いちゃいそうなの」

「分かった。ニナ行く!」

「やったぁ!」


 あ、まずいまずい。喜びが漏れちまったぜ。まずは安全に城まで連れて行かないとだけど、装備を渡そう。


 俺は空間魔法を発動させると過去に作った冒険者セットを取り出した。バックパックに衣類とアクセサリー、救急キットや水筒などが入っている。

 始まりの街で貰える初期装備を真似て作った物だ。

 中の装備品は少し大きめだが体格的に着れないこともないはず。


 それを彼女の前にストンと落とした。


「きゃっ! 急になにか落ちてきた!」

「それは主からの贈り物よ? 中に着るものや冒険で役立つ装備が入ってるから身につけてほしいの」


 少女は言われるがままバックパックを開いた。

 中から出てきたのは真っ白なワンピースとくるぶし丈の革の靴。

 靴下には猫ちゃんの模様を入れた趣味全開の一品だ。

 アクセサリーは一日一回どんな攻撃も防いでくれる、守りのネックレスと体力の回復速度を高めてくれる指輪の2つ。


「こんなキレイな服、初めて見た……」


 広げながら感動しているのか少女はくるくると回っていた。


「さぁ、それを着たらさっそく出発よ!」

「うん!」


 少し元気を取り戻したように明るくなった少女に安堵した。

 このまま彼女を守りきって城を目指す。俺と少女の冒険が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る