男装の王は側近の執着愛に囚われる
「本日は綺麗な青空色の髪飾りを身につけて参りました。ノア陛下の瞳のお色とおんなじですよ」
「ねぇ、一曲踊っていただけませんか?」
「わたしではお気に召さないのでしょうか。お赦しくださるなら、国王様の望まれる通りの女になりますのに」
煌びやかなホールに響くぴぃぴぃと喧しいさえずりに、不快で表情が歪んでしまいそうになる。
周りにべったりとまとわりつく令嬢たち。彼女らの熱っぽい視線や必死な懇願にも近い求愛を聞き流し、やり過ごさなければいけないのだから、パーティーなんていうものはろくでもない。
「残念だが、私には貴女たちのような美しい小鳥は釣り合わない。うっかり握り潰してしまいかねないからな」
さえずるしか能のないのでは妃になれるわけがないだろう。あまりしつこいようならどうなっても知らないぞ。
遠回しにそう言ってやっても微塵も伝わらず――。
「まあ、小鳥だなんて。お上手ですのね」
「鳥は飼われてこそ価値があります。国王様の鳥籠に入れてくださいな」
恋というのはここまで人を愚かにさせるのか。
あるいは愚かだから恋をするのか?
仕方ないので、笑顔で誤魔化してその場を立ち去った。
二十五歳、独身、一国の王。
そんな立場である私は、全くこれっぽっちも嬉しくないことに、女性の憧れの的なのだとか。
本当にただの憧れに留まっていてくれたなら、どれだけいいだろうか。
認めてもいないのに愛の言葉を述べたりつきまとったりでは飽き足らず、媚薬を盛って関係を結ぼうとする者までいるから恐ろしい。
そこまでではないにせよ、私に無関心な女性など見たことがなかった。少し近寄れば頬を染められる。婚約者持ちの令嬢や夫のいる夫人でも同じ反応だった。
身分だけではなく、美形なのもいけないのだろうなと思う。
『柔らかな顔立ち』やら『女を誘う甘いマスク』やらと評判だ。美貌の踊り子と名高かった母の血の影響で、昔はかなり馬鹿にされたものだが。
「はぁぁ…………」
「また絡まれていらっしゃったのですか」
思い返してため息を吐く私へと、声をかけてくる男が一人。
黒いメガネに黒い燕尾服。長い黒髪を後ろで一つに束ねた、まるで影を体現したような彼は、私が唯一信頼を置いている側近。
名はゴードンという。伯爵家の跡取り息子のくせに、私の世話ばかりにかまけている変わり者であった。
女性の相手をさせられてばかりの私の代わりに、社交界では男貴族たちと挨拶を交わし、情報を得てくれるのでありがたい。
「お前はいいな、ゴードン。なぜか誰も女が寄りつかないんだから。少しは私の身代わりになってくれ」
「申し訳ありません。陛下ほどの魅力がないもので」
「……別に私だって大した人間なんかではないんだが」
「いいえ、陛下は素晴らしいお方ですよ。他の人間が何と言おうが、俺だけは心の底から陛下をお慕いしています」
ゴードンは私が王になってからずっと仕え続けてくれているから、慕われていることは事実なのだろう。
「そうか」と曖昧な答えを返しておいた。
褒め称えられても何とも思わない。
王の器じゃないことくらい私が一番よく知っている。あくまで代役であり、それ以上にも以下にもなれないのだ。
「お疲れでしょう。そろそろお戻りになりますか?」
「そうしよう」
――仕方ない。帰ったら、溜まっている釣書でも見るか。
などと考えながら私は、ゴードンを伴ってパーティー会場をあとにした。
* * *
冷たい雨が降りしきるある日のこと。
ベッドの上で眠るようにして、王子ノア・ル・タイゲードは息絶えていた。
「お兄様」と呼んで手を握った時の、ゾッとするほど冷たい感触を今でも覚えている。
勇敢な王子だった。
次期国王でありながら自ら戦場に出向いたり、人々を苦しめる魔物を討伐したり。
社交界は好まずあまり顔を出さないので貴族からは反感を買ってもいたようだが、民からの人気は高く、立派な王になるはずだった。
自慢の兄だった。
私は……王女ノエルは、兄を輝かしい目で見つめていた。
妾腹の身の私にも優しく笑いかけてくださったから。
そんな兄は死んだ。流行り病に身を蝕まれ、あっさりと。
私はなぜか涙一つ流すことができなかった。現実を受け入れられなかったかもしれない。
私だけが兄の死を正しく嘆けたはずなのに。
「お前に使い道ができた」
城の中に閉じ込められ、何をするでもなく生かされてきた私に、父は命じた。
「お前はこれより王子ノアである。ノエルは哀れにも病に伏し、齢十五にしてこの世を去った」
「――え?」
「民に慕われ愛される王子が倒れることなど許されない。わかっているな」
わからなかった。
わけがわからないうちに整えられずに伸ばされっぱなしだった髪を切られ、男物の服を着せられ、化粧を施されていく。
この時に私の身支度をしたのがゴードンだ。
普通は侍女の役目だろうに、彼以外には誰もいなかった。
「全く不本意なことに、側近になるよう命じられました。ゴードン・ハムルクでございます」
うっすらと見覚えがあった彼は、兄の側近であったらしい。
主を失ったばかりだというのにまるで平気な顔をして見えた。
「えっと、ごめんなさい、これってどういうこと……?」
「できました。どうぞご覧ください」
私の疑問を無視し、鏡が差し出される。
鏡を見て、私は思い出した。
美しいプラチナブロンドの髪も、青空色の瞳も、兄と同じ色だということを。
顔の造形こそ違ったけれど、誰が気づくというのだろう?
戦いの最中に負傷し、それを理由に戦場を引退、社交界デビューしても怪しまれない程度には共通点を持っていた。
その日、王女ノエルは死んだ。死んだことにされた。
残ったのは、王子ノアの名を押し付けられた紛い物が一人。
父が崩御したのちに玉座についたのも紛い物だった。
その事実を知るのは私とゴードン以外にいない。
「あぁ……」
パーティーの疲れのせいか、少しぼぅっとしてしまっていたらしい。
気づけば城へと戻っている。ここは王の執務室だ。
執務机の上には、釣書が
その中がいくつか適当に選んで、見合いの返事を綴る。
「ゴードン、頼む」
「承知いたしました。……次は陛下に相応しい方が見つかるとよろしいですが」
私が求める相手の条件は、私と閨を共にし、子を成せること。
かつ妃として振る舞っても違和感がないこと。
すなわち、女装男子……私の対になる人物でなければならないのだ。
身分不問、男女不問で釣書を受け付けているものの、そう易々と見つかるわけもない。
「もしや貴女、殿方ではありませんか?」と揺さぶりをかけては困惑させるということを繰り返して、次で何百回目になるか。
見破られた、という反応はない。残念ながら全員見た目通りの女性だったのだろう。
もちろん冗談だということにしているし、怪しまれた場合は金を積んで口封じを
理想の女装男子が現れる可能性は、おそらく今後も低い。
「期待するだけ無駄だろう」
「陛下は……理想が高くいらっしゃいますからね」
ゴードンは全てを知っていながら、素知らぬ顔でそんなことを言う。
そのまま手紙を回収すると、静かに踵を返す。
彼の背中をじっと見送る。
執務室から出て行き、ようやっと一人になれたと思った途端――ノックの音が響いた。
「入室の許可をいただけますでしょうか!」
「…………赦す」
「突然失礼いたします。どうしてもお伝えしたいことがあり、参上いたしましたわ」
元気いっぱいに声を張り上げるのは、腰に剣を下げた凛々しい少女。
フロレンス・ラテアレス。他の男を力でねじ伏せ、私の護衛騎士となった鬼才だ。
彼女は私の前で静かに跪き、恭しく手の甲に口付ける。さながら、恋物語に登場する騎士のように。
燃えるような紅の双眸が、まっすぐに私を射抜いた。
「ノア様、どうか、わたくしを花嫁としてください」
――。
――――。
――――――――また、これか。
盛大な求婚だった。
けれど、私の視線はきっと冷め切っている。
仕えている主に想いを告げるなど騎士にあるまじきことだが、さして驚かなかった。求婚されることに嫌というほど慣れてしまっているから。
それにフロレンスに限っては予想できていたことでもあった。
彼女は兄の元婚約者。兄と戦場で出会い、大恋愛の末に妃となるはずだった
なお、婚約は兄が死んだ時……否、表向きには王女ノエルが死んだ時点で、ショックによる心身の調子を言い訳として解消されている。
ちなみに、彼女が私の正体に気づいている様子はない。
目と耳が節穴なのか、あるいは――。
「私が首を縦に振るとでも?」
「国王様はまだ、妹君を引きずっておられるのですか。それともゴードンに騙されているのですか」
騙されている?
ゴードンに……?
聞く価値もない戯言だろうけれど、ついぴくりと眉を上げてしまう。
私が興味を持ったと思ったのか、フロレンスは嬉々として語り出した。
「ゴードンは、あなた様を玉座から引きずり下ろそうと企んでいますの。わたくし、知ってしまったのですわ。あの男がとある人物を密通している事実を」
「密通、だと」
「その人物の名はシャル・エトゥ・タイゲード。先王弟のご子息、つまり国王様の従兄であらせられます」
従兄とゴードンが繋がっているのだ、と主張するフロレンス。
証拠だという手紙をポケットから取り出して提出した。なるほど、ゴードンの几帳面な字で書かれ、宛先は従兄になっている。
「
一瞬哀しげな表情を浮かべたかと思うと、凛々しい顔つきに戻って、彼女は続けた。
「企みを止めましょう。わたくしなら、そのお手伝いができますわ! 護衛騎士のままではノア様から遠ざけられ、こうしてゴードンが席を外している時しか言葉を交わすことすらままなりません」
なるほど。
「それで結婚という発想に至ったのか」
「えぇ、えぇ」
「だが断る」
「えぇ――!? どうしてですの!」
決まっている。女だからだ。
同性と結婚したところで子を残せない。
しかしフロレンスは私の意図を曲解したようで。
「やはり、ノア様は騙されていらっしゃるのですね! ゴードンを信じ切っているお優しさがあるからこそ、裏切りを信じたくないと」
「全くそういうわけではない」
「わかりましたわ。わたくし、必ずやノア様の目を覚まさせて差し上げます。あの男の腹黒さを露呈させてやりますわ!」
立ち上がるなり鞘を抜き、天に向かって宣告している。
その姿を呆然と眺めながら、厄介なことになったな、と私はぼんやり思った。
たとえゴードンに裏切られていたって構わない。だって、紛い物の王を崇められるはずがないのだから。
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