第22話 『目覚める獣――ネムリ、封印より解かれし者』



――夜が明ける。


凍土の空に、異様な“音”が響いた。

雷でもなく、獣の咆哮でもない。

それは、世界の底から響き渡る“歪んだ心音”のようだった。


ノクスたちは、ハルスの村の長老に呼び出された。


「……北方の封印が破られた」


「やはり……ネムリが」


ルナの声は震えていた。それは恐れではない。

“償うべき時が来た”という確信――それが、彼女の心を軋ませていた。


 



――封印地サルガの空洞


その地は、凍てついた大地の裂け目に存在していた。

地熱と魔素の交差する場所。

忌まわしき実験の痕跡が未だに残る、血と魔術の封印牢。


「この空気……完全に異質だ。感情が凍りついてやがる」

魔剣グレイヴ=イーターが唸った。

「“人”としての意識を、自ら捨てたな。ネムリって奴」


ノクスは剣の柄を握る。


「……それでも、俺は話す。最後まで、言葉を交わすまでは斬らない」


奥へと進む一行。

やがて、彼らはその姿を目にする。


真紅の結晶に包まれた、少年の姿。

獣人の面影を残しながらも、全身に“鋼の呪刻”が刻まれ、瞳は閉じられたままだ。


「ネムリ……!」


ルナが一歩前へ出た、その時だった。


ズズ……ン、と。

結晶の中心から、何かが“脈打った”。


「――“夢”を、返せ」


音でも声でもない、“感情そのもの”が空間を揺らす。


結晶が砕ける。

次の瞬間、真紅の光とともに、少年が目を開けた。


 



――獣の覚醒


彼の瞳は、深い黒と、血のような紅の二重構造になっていた。

その姿はもはや獣人ではなく、“感情で編まれた兵器”だった。


「ネムリ……私よ、ルナよ!」


「姉さん、か」

ネムリは、まるで懐かしい子守唄を聞くように微笑んだ。

「やっと来てくれたね……この世界を壊す日が、来たんだ」


彼の足元から、獣の影が這い出す。

純粋な殺意。黒く燃える魔素が、彼の腕を包み、空間を歪ませる。


ノクスが前へ出た。


「やめろ。壊すために生き残ったんじゃない。

 お前はルナの弟で……ラキの兄貴なんだろ?」


「……兄?」

ネムリの表情が、歪む。


「そうだ。ラキは今も生きてる。あんたのことを――」


「うるさいな」


その瞬間、空間が“切り裂かれた”。

ネムリの右手が振るわれ、魔素の刃がノクスを貫こうとする。


「ノクス!!」

ルナが叫ぶ。


だが、刃は届かなかった。


ノクスがギリギリで受け止めた――魔剣が、凄まじい呻き声を上げる。


「ハハッ、ヤバいぞこれは……この獣、俺の“同類”だ。

こいつの中には、喰っても満たされない“怒り”がある」


「だからこそ、止めなきゃならない」


ノクスは立ち上がる。

肩から血が流れていたが、目は決して逸らさなかった。


「ネムリ、あんたはまだ、“夢”を捨ててない」


「違う。“夢を奪われた者”の怒りを、俺はこの身で体現する。

 “夢を喰う世界”に、生きる価値なんてないんだよ、ノクス」


ネムリの腕が、雷のような速さで再び振るわれる。

その瞬間――


「――やめて!!!」


叫んだのは、ラキだった。


ノクスの背後から飛び出し、彼の前に立ちはだかる。


 



――血の絆、目覚めの一言


「兄さん、お願い……もう、誰も壊さないで。

 “夢を守る人”になって。今からでも、遅くないよ……!」


ネムリの手が止まる。


ラキは震えながら、それでも逃げなかった。


「ぼく、まだ“兄さんの夢”を聞いてない……!」


ネムリの唇がわずかに開いた。


「……夢、か」


しばらくの沈黙のあと、ネムリは自らの胸に手を当てた。

その胸には、焼き付いたように小さな刻印があった。


「夢って、何だっけな……」


その言葉を残し、ネムリはふらりと力を失い、その場に膝をついた。


ノクスが駆け寄り、支える。


「おい……止めるのか? もう少しで殺れたぞ」

魔剣が囁く。

「“怒り”を切り裂けるチャンス、棒に振るのか?」


「いいんだ。俺は“殺し屋”じゃない。

 守るために戦ってる。……違うか?」


魔剣は沈黙した。まるで何かを押し殺すように。


 

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