第21話 『凍土の獣──封印された実験体“ネムリ”』



 


――風が吹いていた。

荒涼とした北方の平原。雪が舞い、灰色の雲が地上を覆っている。

ノクスたちは、封印を解かれたラキを連れ、獣人の集落があるとされる凍土の地を目指していた。


旅の一行は、ノクス、ルナ、魔剣、そして幼いラキ、加えて今はまだ名もなき新入りの精霊獣・シィ。

かつて“実験体”として扱われた者たちが、今はかすかに希望の温もりを感じ始めている。


 


――魔剣との静かな対話


「なあ、ノクス。お前、ほんとに“ネムリ”を探すつもりか?」

旅路の最中、魔剣喰魔の刃(グレイヴ=イーター)がぼそりと口を開いた。


「もちろんだ。あいつの記憶が鍵になる」

「やめとけよ。あの獣人、“心”がある限り壊れ続ける。下手すりゃ……今のラキより酷ぇぞ」


ノクスは歩みを止め、背後のラキとルナを一瞥した。


「それでも俺は向き合う。

 力に呑まれる奴、怒りに溺れた奴、全部、俺が引き受けると決めた」


「……優等生かよ。だったら、俺の力も黙って貸してやるよ」


「ただし、俺の“叫び”を聞き続けろ。

お前が理性を捨てた時――俺は、全てを喰う」


 



――獣人の集落ハルスの谷


数日後。吹雪の中、ノクスたちはようやく目的の場所にたどり着いた。

古き獣人たちが隠れ住む、雪深き谷のハルスである。


村は堅牢な木壁と魔導障壁に守られていたが、ルナが姿を現すと、村の者たちがざわめいた。


「まさか……“裏切り者”が戻ってくるとは……」

「違う! あの子がいなければ、私たちは研究施設の実験台になったままだった!」


年老いた獣人が、村人を制した。

その者は、かつてルナとネムリ、そしてラキを“逃がした”一人だった。


「ルナ……よく生きて帰ってきたな。あの子は、元気か?」


ルナは一瞬言葉を詰まらせる。そして、小さく首を振った。


「“あの子”は……ラキは生きてる。でも、もう一人……“ネムリ”は……」


老人の顔が沈痛に歪む。


「ネムリか……まだ“探している”のか。お前は変わらないな、ルナ。

 あの子を“弟”と呼んでいたあの頃から」


「ネムリは……私が捨てた。研究所の脱出の時、あの子を連れて逃げなかった……!」


村人の間に、重たい沈黙が流れる。


ノクスは、ルナの背中をただ見つめていた。

そこにあるのは、計算された冷酷な戦略家の顔ではない。

――ただ、罪と向き合う“姉”としての顔だった。


 



――獣人の祠(ほこら)にて


ハルスの谷の外れにある古い祠。

そこは、かつて実験体として扱われた“獣人の魂”を慰霊する場所でもあった。


その奥で、ルナはラキを膝に乗せながら、かつての記憶を語り始めた。


「ネムリはね、私たちの中で一番“人間に好かれたがっていた”。

 怖いくらい、誰かに愛されたがってたの。私にも……“姉さん”って言ってた」


「でも、ネムリは……何度も発作を起こした。

 気に入られたいあまりに、他の獣人を傷つけて、殺して……」


「私、怖くなったの。この子を外に連れ出したら、きっと“世界を壊す”って……」


ラキが小さく囁く。


「ネムリは……優しかった。

 でも、“夢を見られないこと”に怒ってた。

 “夢を奪う世界は壊せばいい”って……」


ノクスが呟く。


「つまり、ネムリは“人の心”を捨ててはいなかった。

 壊れるほど、“人でありたかった”んだな」


 



――終章:目覚めの前触れ


その夜、ノクスは祠の外で焚き火を見つめていた。


「なあ、ノクス。あのネムリってのは……お前に似てる」

魔剣が囁く。

「怒りに従い、正義を信じ、それでも捨てられた」


「だったら、俺が救わなきゃならないな。

 ネムリを、怒りごと、救ってみせる」


「救って……その先に何がある?」

「怒りの代わりに、何を抱えて歩く気だ?」


ノクスは目を閉じた。


「“想い”だ。こいつらの想いと、生き残った罪。

 全部を背負って……あいつを止める」


「……言ったな、英雄さんよ」

魔剣の声が、焚き火に溶けて消える。


その時、北の空に一筋の光が走った。

雷のように、空間を裂くその光は、どこか“力の目覚め”を告げているようだった。


 

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