27. ノイズキャンセル・ハグ

 公園のベンチに座る僕の頬を、春の風がそっとなでていく。

 放課後、オレンジ色の夕陽が木立の隙間から差し込んで、

 世界は少しだけ夢みたいに揺れていた。


 ベンチの隣には、遥がいる。

 ピンク色のリップが少しだけ光っていて、視線が合うと、彼女は照れたように目をそらす。

 通り過ぎていく自転車のベル、犬の遠吠え、子どもたちの笑い声――

 にぎやかな音たちが、ふたりの間に不思議な緊張感を与えていた。


 僕は何度も心の中で“好き”を繰り返してきたけれど、

 いざ彼女の前では、言葉が喉の奥にひっかかってしまう。

 「伝えたいのに、伝えられない」

 そんなもどかしさで胸がいっぱいだった。


 その時だった。

 遥がそっとポケットから小さなケースを取り出した。

 「これ、試してみたいんだ」

 ケースの中には、つややかなAIイヤホン。

 彼女が僕に片方を手渡し、もう片方を自分の耳に差し込む。


 「AIノイズキャンセル、ふたりで同時に使うと、

 “外の世界”が全部消えて、ふたりの鼓動だけ残るんだって」

 いたずらっぽく微笑む遥に、僕もそっとイヤホンをはめる。


 スマホの画面にAIアシスタントが浮かび上がり、

 「デュアル・ノイズキャンセル、起動します。

 ふたりだけの静寂へようこそ――」

 の文字。


 「じゃあ、再生ボタン……一緒に押そっか」

 ふたりで画面にタッチすると、

 世界がふっと静まり返った。


 驚くほど、すべての音が消える。

 さっきまで聞こえていた全ての喧騒が、まるで遠い夢のように溶けていく。

 残されたのは、僕と遥のかすかな呼吸と、鼓動だけ。


 「……すごい、ね」

 遥のささやきは、すぐ隣で心に直接触れるみたいに響く。


 僕は、息を呑みながら遥の横顔を見つめる。

 夕陽に染まった彼女の頬、長いまつげの影――

 全部がこの静寂の中で、やけに美しくて、愛おしかった。


 “今なら――届くかもしれない”


 僕はそっと体を近づけ、

 「遥、聞こえてる?」と、小さな声で尋ねる。


 遥はきょとんとした顔でうなずく。


 勇気をふりしぼり、

 「……俺、ずっと遥のことが好きだった」

 その一言が、イヤホンの中でクリアに響いた。


 遥の目が一瞬大きく見開かれ、頬がふわっと桜色に染まる。


 「……ほんとに?」

 声が、泣きそうなくらい柔らかい。


 「うん、ほんと」

 僕も、照れくささと幸せが入り混じって、思わず顔が熱くなる。


 遥は、何も言わず、そっと僕の肩にもたれかかってきた。

 その瞬間、イヤホンの奥で小さく、優しい“Success”のサイン音が鳴る。

 AIが静かに、ふたりの“勇気”を祝福してくれた。


 「私も……ずっと、同じ気持ちだった」

 遥が囁く。

 その声が、世界でいちばん愛しい音に思えた。


 外の世界がどんなににぎやかでも、

 ふたりの心だけは、AIの魔法で静寂の中に包まれている。

 そっと肩を寄せ合い、手をつなぐと、

 鼓動のリズムが重なり合って“ふたりだけの音楽”になった。


 耳に残るのは、愛しい人の吐息とぬくもり、

 AIが作り出した特別な静けさの中で生まれた、

 世界一キュンとする恋のはじまりだった。

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