第3話 出国

 憧れの人だったダン王太子に"追放"という言葉を言い放たれたが、国境の向こう側に放り出されて終わりというわけではなかった。


 装いこそ豪華だが内装は伴わない馬車に乗せられたセリーナは隣国であるサチュナ王国へと向かっている。

 ただ、ジャマガン王国を出るまでは護衛はおろか付き人すらもいなかった。


 ジャマガン王国民にとって価値があるのは聖女マリアベルだけで、マリアベルの代役として異世界から召喚されたセリーナは道端に転がる、取るに足らない存在でしかない。

 そもそもセリーナが異世界人であるということは公表されておらず、国民の認識としては能力が低く、影も薄いもう一人の聖女といったものだ。


 実際にセリーナが襲われたのはマリアベル・ヴィンストンにふんして屋外でお役目を果たしている時だけだった。

 聖女だったとしても、どこまでも価値のない者という扱いを受けていた。


(そういえば、こっちの姿で外出するのはかなり久しぶりかも)


 いつものように背筋を伸ばしてマリアベルを演じる必要もない。セリーナは背もたれに体を預けて頭を空っぽにしようと流れていく景色を眺めていた。


 馬のひずめの音と車輪の音しか聞こえない、つまらない旅路が終わったのは国境の関所に着いた時だった。


「聖女セリーナ様ですね。これより先は我ら騎士団が護衛を務めさせていただきます!」


 壮年の騎士のハキハキとした口調に面を食らったセリーナは、恐る恐る差し伸べられた手を取り、サチュナ王国側の馬車に乗り込んだ。


「ありがとうございます」

「大国ジャマガン王国の馬車には敵いませんのでご容赦ください」

「そんなご謙遜を」


 セリーナが乗ってきた馬車なんかとは比べ物にならないくらい乗り心地が良い。舗装されていない道を進んでいるのにお尻への衝撃がほとんど感じられなかった。


(すごい。こんなにふかふかなクッションは使ったことがない。でも、実はマリアベルの部屋にはあったのかな)


 座面のクッションを撫でながら、そんなことを考えてしまった。


「お気に召されたでしょうか。そちらはホワイトシヴァの毛皮を加工したクッションです」


 開け放たれた窓の外から騎士に声をかけられたセリーナはまじまじとクッションを見つめた。


「魔物の毛皮って加工できるんだ。この大きさなら最低でも3体か」

「勘違いなさらないでくださいね。我々は常に狩りをしているわけではありません。このクッションは特別です」


 ホワイトシヴァといえば、特級危険種の魔物だ。

 そんな危険な魔物を討伐して剥いだ皮を加工するとは……と考えを巡らせていると、自然と眉間にしわが寄っていた。


 日常的にマリアベル・ヴィンストンに成りすまし、聖獣イグニスを使役して国内、国外に現れる魔物を駆除していたセリーナだからこそ、魔物の討伐がどれほど大変なことなのか分かってしまう。


「我が国は無益な殺生は好みません。しかし、危機が迫れば別です」

「理解しているつもりです。わたしもたくさんの魔物を殺めてきましたから」


 セリーナは過去を思い出すように瞳を閉じて小さく答えた。


「セリーナ様が? マリアベル様ではなくて?」

「あ、今のは言葉のあやです。忘れてください。わたしはマリアベル様が討伐される姿を間近で見ていました」


 言い直すと同時にすんっと澄まし顔を作ったセリーナ。


「討伐……ですか」

「なにか?」


 歯切れの悪い騎士に問いかける。


「聖女マリアベル様はジャマガン王国を囲うように結界を張って、魔物の侵入を許さないと聞き及んでいました。いやはや、噂というのは正しく伝わらないものですな」

「そのようですね」


 わたしのことはどのように聞いていますか? とは恐ろしくて聞けなかった。


 マリアベルにふんして手を汚す仕事は全てこなしてきたが、ジャマガン王国にはセリーナの功績が何一つ残っていない。

 サチュナ王国が大金を払って手に入れた聖女がマリアベルの代役だと知られれば、国外追放では済まされないかもしれない。そんな不安が胸の中で渦巻いていた。


 小さく震える手を重ね、まっすぐに前を見つめる。


(マリアベルの代わりとして何年も人々を騙してきたのよ。隣国でも同じようにするだけ)


 決して怯えは見せないように努めた。


「聖女様、もうしばらくで到着します」


(いざとなれば、マリアベルが使役していた精霊だっている。あれからずっと隠れて出てこないけど緊急時に助けてくれる……はず。いや、助けて欲しい。助けてくれないと困る。だって、もう契約は済んでるんだもん)


 人知れず、不安感を募らせるセリーナだったが、サチュナ王国の王都に到着した瞬間に目を丸くした。



「ようこそ、おいでくださいました。セリーナ様!!」



 デカデカと歓迎の言葉が書かれた垂れ幕の前に勢揃いした人たちが一斉に頭を下げる様子は圧巻の一言だった。

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