第19話 約束の上乗せ

「魔物の掃討作戦に参加してもらいたい。場所はジャマガン王国との国境付近だ」


 サチュナ国王からの直々の依頼を断ることができず、二つ返事したセリーナだったが内心は不安だった。


 今は聖獣イグニスと契約しておらず、以前のように魔物を食い散らかすことができない。

 新たな契約精霊であるマシュガロンⅢ世は、手からお菓子を出すという戦闘には不向きな能力を与えてくれるだけだ。


 果たして、安請け合いしてしまって良かったのか。


 失敗の許されない依頼だからこそ、セリーナはミリアーデにもついてきてくれるようにお願いした。

 彼女の素性は知らないが、本能的に信頼できると断言できてしまうのだから、そんなに驚かれても困る。仮にミリアーデが敵国のスパイだったとしても受け入れるつもりだった。


 2人の間に不穏な空気が漂う。

 その陰気くさい雰囲気を切り裂いたのは、息遣いの荒い声だった。 


「セリーナ嬢! 少し話せるか?」


 さっきまで王宮には居なかったはずのヨハン第二王子だ。サチュナ王が探していたから、きっとヨハンも呼び出されていたのだろう。

 背後から呼び止められたセリーナは王族専用の馬車が停車している方へ案内された。


 ヨハンとミリアーデの視線が交差する。


「……セリーナ様、私はお邪魔のようですので先に屋敷に戻ります」

「え、なんで? 一緒に来てよ。殿下、よろしいですか?」


 微妙な顔をするヨハンのことなど気にもせず、セリーナは純粋な瞳を向けている。

 ミリアーデは手のかかる妹を見ているような気分できびすを返した。


「急用を思い出しました」

「何か用事があったっけ?」

「はい。とても大切な用事です。セリーナ様が気合十分で作りすぎてしまって、マフィンの材料が足りないので買い足しておきます」

「な……っ⁉︎」


 慌ててミリアーデの口を塞ごうとするセリーナをひらりとかわし、ロングスカートをつまんでカーテシーするミリアーデは去り際にヨハンを一瞥いちべつした。


 その視線からは、「私の大切なセリーナ様に万が一のことがあったら許さないぞ」という強い気持ちがひしひしと伝わっていた。


 ヨハンはミリアーデの不敬など気にも留めず、セリーナを馬車にエスコートして自らは正面に座った。

 扉が閉じられ、ゆっくりと馬車が動き出す。


 行き先は聞かされていないが変な場所には連れて行かれないだろうと思って、セリーナは何も聞かなかった。


「魔物討伐の件、止められなくて悪かったな」

「どうして殿下が謝るのですか? わたしを買った理由の一つが魔物問題だと聞いているので、今回の依頼も不思議ではありません」

「危険なことに巻き込んでしまうんだ。当たり前だろ」


 そんなことを言われたのは初めてだった。


 ジャマガン王国では、マリアベルこそが大切に扱われるべき存在で、危険なことは全て代役であるセリーナに丸投げだった。


 その最たる例が魔物討伐だ。

 場合によっては何日も野宿して、魔物の巣を突き止め、一網打尽にする作戦を決行したことだってある。


 そういう時、決まってヴィンストン伯爵はこう言うのだ。


『そんな場所に愛娘マリアベルを派遣することはできない! イグニスと契約しているお前が行くんだ! お前ならいつ死んでも悲しむ者は居ないだろう!』


 悔しいが、その通りだった。

 セリーナは国を守護する聖獣を飼っているし、身寄りがないからどこで、何時まで、何をしていても心配してくれる人はいない。


 ヴィンストン伯爵にとってセリーナとは、マリアベルにさせたくないことを全部肩代わりさせられる使い勝手の良い駒でしかなかった。


「危険は承知の上です。それに魔物には慣れていますし」

「そんなもの慣れるもんじゃねぇって」

「聖女ですから」


 それからは無言の時間が続いた。

 馬車の進みはやけに遅く、まるでこの2人きりの時間を意図的に長引かせているようだった。


「……セリーナ嬢にこれを食べて欲しかったんだ」


 何度かためらうような仕草を見せたヨハンがバスケットの中から取り出したのは、サチュナ王国特産の野菜だった。

 まさか、丸ごと渡されるとは思っていなかったセリーナだが、好意を無碍むげにすることはなく、芽キャベツに似た小さな野菜を受け取った。


「セリーナ嬢が雨を降らせてくれるから今年は豊作の年になったんだ。マフィンのお返しだと思って受け取ってくれるか?」

「いただきます」


 歯から伝わる感触だけでも、この野菜がみずみずしいと分かる。

 噛めば噛むほどに甘みが出てきて、もう一つねだりたくなる美味しさだった。


「……これが同じ野菜?」

「そうさ。セリーナ嬢が、あの歓迎パーティーの席で食べていたサラダと同じ物を収獲してきた。今日を逃したら次にいつ会えるか分からないからな」

「もしかして、それで遅刻を?」


 ヨハンは頭をかきながら悪戯っ子のように笑い、そして真面目な表情を作った。


「セリーナ嬢が雨を降らせて、農夫たちが野菜を育てて収穫して、国民が食べる。それを邪魔する奴は許さない」

「サチュナ王国を脅かす魔物は手強いのですか?」

「強いというよりも、例年より魔物の数が多いんだ。辺境伯だけの力だと抑えきれないから、オレも合流して部隊の指揮を執る」


 セリーナはヨハンの『今日を逃したら次にいつ会えるか分からない』という発言の意味を悟った。


「ヨハン殿下自らですか?」

「オレたちはホワイトシヴァも討伐しているんだぜ! セリーナ嬢にはオレたちが魔物を追い払った後に王国全域に結界を張って欲しい。頼めるか?」


 セリーナは答えなかった。


 ジャマガン王国では魔物の掃討をマリアベルにふんしたセリーナが行い、結界の構築はマリアベル本人が行っていた。


 これは、マリアベルを大切に想うヴィンストン伯爵の命令で実行していたが、セリーナは、たとえマリアベルに功績を横取りされたとしても、自分一人に全てを任せられなくて安心していた。


 その理由は、聖獣イグニスと契約して攻撃の手段は持ち合わせていても、国を守る手段を持っていなかったからだ。



 要するに、セリーナには結界を張る能力ちからがない。



 ジャマガン王国でも隠し続けてきた秘密をサチュナ王国で露見するわけにはいかない。

 セリーナはどんな手を使ってでも今回の依頼を遂行すると心に誓っていた。


「もちろんです。ただ、わたしの好きなようにやらせてください。お願いします」

「あぁ、手段は問わないさ」

「ありがとうございます、ヨハン殿下」


 馬車が停車したのはちょうど話に一区切りついた頃だった。

 ヨハンとの会話に夢中になっていたセリーナは、まさか行き先が自分の住んでいる屋敷だと気づかなかった。


「送ってくださったのですか?」

「そうだけど、どこか別の場所に行くつもりだったか!?」

「い、いえ。そのような予定はありませんでした」


 王宮から屋敷までの移動にしては随分と時間がかかっている。

 馬の歩みも遅かったし、遠回りもして来たのだろうとセリーナは静かに納得した。


「ありがとうございました。どうか、ご武運を」

「セリーナ嬢」

「はい」

「この任務が終わったら、またセリーナ嬢の手作りマフィンが食べたい」

「……んー、あんなもので良ければ」

「っし! やる気出た。約束だぞ」


 セリーナは再び、ヨハンの人差し指に額を押しつけて約束厳守の儀式を重ねた。


 遠慮がちに手を振るセリーナに向かって、窓から体を乗り出して手を振り返すヨハン。自由奔放な王子の姿が小さくなって見えなくなるまでセリーナは見送り続けた。

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