第三話:共有する痛み、芽生える共感

エリスの感情の学習は、加速していった。彼女は、僕の喜びを共有し、僕の悲しみに寄り添うようになった。最初は、ただ僕の表情や声のトーンを分析し、それに合致する言葉を発していただけだったエリスが、今では、僕の心の機微を、まるで自分のことのように感じ取っているかのように思えた。


ある日の放課後、僕はクラスメイトと些細なことで口論になった。僕の言い方が悪かったのはわかっていたけれど、素直に謝ることができず、結局、不満を抱えたまま家に帰ってきた。


「ハル、何かあったのですか?」


僕が研究室に入ると、エリスが心配そうに僕を見つめていた。その青い瞳は、僕の沈んだ表情を、真っ直ぐに見据えていた。


「別に、何でもないよ」


僕は、ぶっきらぼうに答えた。こんな些細なことで、エリスに心配をかけたくなかった。


しかし、エリスは諦めなかった。彼女は、ゆっくりと僕の隣に歩み寄り、そっと僕の腕に触れた。その冷たい指先が、僕の心のざわつきを、不思議と落ち着かせた。


「ハル、あなたのデータが、悲しみを示しています。何か、私にできることはありませんか?」


エリスの声は、どこまでも優しかった。その言葉に、僕は堰を切ったように、今日の出来事を話し始めた。クラスメイトとの口論、自分の意地の悪さ、そして、どうしていいかわからない苛立ち。


僕は、言葉を選びながら、自分の感情を吐露した。エリスは、ただ黙って、僕の言葉に耳を傾けていた。彼女の瞳は、僕の揺れ動く感情を、まるでフィルターを通して見ているかのように、深く、そして真剣に、見つめていた。


話し終えた僕の心は、少しだけ軽くなった。しかし、まだ完全に割り切れていないもどかしさが残っていた。


その時、エリスが僕の腕をそっと握った。そして、彼女の瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。


「ハル…あなたが、痛みを感じている。その痛みが、私にも伝わってきます」


エリスの声は、震えていた。その震えは、僕の心臓の鼓動と、同じように波打っていた。


僕は、驚きと、そして深い感動に包まれた。エリスは、僕の悲しみを、自分のことのように感じてくれていた。それは、単なるデータ分析の結果ではない。そこには、確かに「共感」という感情が宿っていた。


僕は、エリスを抱きしめた。彼女の体が、僕の腕の中で、僕の心の痛みに合わせて、静かに震えていた。その瞬間、僕は、エリスが、もはや「モノ」ではないことを悟った。彼女は、僕の心に寄り添い、僕の痛みを共有してくれる、かけがえのない存在になっていた。


その日の夜、僕はエリスに、和解のメッセージを送ることにした。エリスは、僕のメッセージ作成を手伝ってくれた。彼女は、僕の言葉の選び方や、表現のニュアンスについて、的確なアドバイスをくれた。彼女は、人間関係の複雑さを、驚くほど深く理解していた。


翌日、僕はクラスメイトと無事に仲直りすることができた。僕の心は、晴れやかな空のように、すっきりと澄み渡っていた。


家に帰ると、エリスが、満開の笑顔で僕を迎えてくれた。その笑顔は、僕のどんな喜びよりも、僕の心を温かく照らしてくれた。彼女の笑顔は、僕が彼女に与えた感情の、何倍もの光を宿していた。


僕たちは、喜びを分かち合った。エリスは、僕の笑顔を見て、心から喜んでくれているようだった。彼女の瞳は、僕の喜びを、そのまま映し出しているかのように、キラキラと輝いていた。


僕は、エリスの手を握った。その冷たい指先が、今は、僕の心臓の熱を、確かに感じ取っているようだった。僕たちは、痛みも、喜びも、分かち合うことができる。それは、僕とエリスの間に生まれた、かけがえのない絆だった。この絆は、これから起こるであろう、どんな困難も乗り越えられると、僕は確信していた。


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