第4話 アナタらしく、自分らしく

サクヤとリーナは二日ほどするとメラルの街を発ち、依頼された村の方へと足を運び始めた。まだ例の蟲の死骸の回収は出来ていなかった様であり、春の温かさもあり少し腐敗が始まっている様子であった。いつもの様にサクヤとリーナ、そしてリュードはエスペランザで進んでいるとそこに川が見えてくる。山からも海からも離れている土地なため恐らく中流といったところだろう。しかし決して小さくはない、近隣の生活を支えているであろう川は存在感のあるものだった。サクヤはその川に興味を持ち近づいていく。川のそばに行くとしゃがみこみ、モニターで川の様子をピックアップしていた。

「何をしているの?」

「リーナ、この川、魚が居るぞ!」

「川なんだから魚くらい居るでしょう」

「そうだけどそうじゃなくて・・・。とにかく、操縦任せた」

サクヤはエスペランザの左腕を支えに固定した後、エスペランザから降り、上着を脱ぎ始めた。

「何してるのよ!」

「エスペランザの右手で川を軽くかき混ぜてくれ!底からひっくり返す様にさ!」

サクヤが変な事を始めた。そう思いつつもリーナはエスペランザの右腕を動かし川を軽く底からかき混ぜる。すると川は底に溜まった泥で濁り始めるが、すかさずサクヤは川に入り、上着を川に入れゴソゴソとし始める。サクヤが上着を引き上げるとそこには数匹の魚が入っており、それを笑顔でリーナへと見せつける。どうやらそこまで深い川ではないようで、サクヤが入っても脹脛の半分くらいまでしか水嵩がないようだった。サクヤが川から上がると「着替えと調理道具を持ってきてくれ!」と言ってきたので、リーナは言われた通りの物を持ちリュードと共にエスペランザから降りる。サクヤはリーナから調理道具の中からナイフを受け取るとその場で手際よく魚のエラへとナイフを入れ、魚を締め川で洗い血抜きをする。

「せっかくだし服も洗って、水浴びでもしないか?俺の服も濡れちゃったしさ」

「濡れた、じゃなくて濡らしたんでしょ」

リーナは少し呆れながらも続けた。

「いいわ。せっかくだし水浴びでもしようかしら」

「じゃ、俺はエスペランザの影に行っとくから」

そう言うとサクヤは調理器具を持ち、リュードには誰かが向かってきそうなら知らせる様に頼み、リーナを視界に入れない様に配慮が出来る位置へと移動する。それを確認すると、リーナは着替えとタオルを出してから下着姿へとなり川で上着や下履きを洗い始める。慣れない片腕でやりづらさがある様子ではあるが、出来る限りで入念に洗い、それを洗い終わると下着を脱ぎ、下着を軽く洗う。洗い終わった物を川辺に畳んで置くと、川に入り顔を洗うと、そのまま仰向けに寝転がる。身体を洗うのは川の流れに任せ、リーナはただ無心で空を見上げる。少し雲はありながらもその澄んだ青空を見上げ、少しばかりの自然の癒しを味わうのだった。

サクヤはその間、採った魚に対して岩塩を削りかけ、串打ちをして食事の準備をしていた。

「いいわよ」

川から上がり身体を拭き着替えると、エスペランザの影に居たサクヤを呼ぶ。その声を聞きリュードはリーナの元に聞き、リーナの声を聞いたサクヤはリーナと交代する形で同じように服を洗い、川へと浸かり全身を洗う。サクヤが上がると同じようにリーナへと声をかける。

「で、洗ったのはどう干すの?」

「それなら一つ考えがある」

そう言うとサクヤはエスペランザへ入り、エスペランザの操縦席へと座る。

「多分エスペランザなら・・・」

サクヤがそう呟きながらイメージをすると、エスペランザの手に長い鉄の棒が現れる。それを人の高さまで下げ洗濯物が掛けやすい様に片手持ちで支えるとサクヤがエスペランザから降りてくる。

「呆れた使い方ね」

「でもこれなら干せるだろ?」

リュードも手伝いながら二人で鉄の棒に洗濯物を通すとサクヤはまたエスペランザに戻る。洗濯物を掛けた棒の両端を持つと体育座り様な体勢になり、エスペランザの胸の前に洗濯物を掲げる。タオルは飛ばない様に指で押さえる様に調整をし、後は乾くのが待つだけの状態にするとサクヤはエスペランザからまた降りてくる。

「じゃあさっき採った魚を焼いて食べようぜ」

サクヤに笑顔でそう言われると、リーナは共に食事の準備をするのだった。

食事を終えたサクヤとリーナ、そしてリュードはしばらく休憩し洗濯物が乾くとまた村を目指し歩みを始めた。地図上では村のある場所に近づいたが人の気配や活気の様な物がまるでない、ゴーストタウンの様と形容するのが正しいだろうか。サクヤはリーナと共に地図を確認しつつも一歩一歩とまた近づいていく。遂に村と思われる場所に踏み入ると、そこにあったのは人の活気ではなく”蟲”の群れであった。蟲がたまたま群れでそこに居るというわけではなく、明確にそこに巣がある、居住していると思われる状態であり、恐らくそこに住んでいた人たちはもうここには居ないだろう、そうサクヤとリーナは直感的に思った。

蟲は十匹ほど居たが、そのどれもがメラルで見た蟲よりも身体は小さく、5mほどの大きさしかなく、体色も薄く、幼体と言ったところだろう。

幼体の蟲達はエスペランザに気が付くと全員で雄叫びを上げたのち、エスペランザに襲い掛かる。それを見たサクヤは咄嗟に蛇腹剣を出し抵抗をする。四方から攻撃を仕掛けるものの幼体の蟲達はまだ身体が出来上がっていないからか先日の蟲よりも硬さなどは無く、蛇腹剣を振るい抵抗をするだけでも簡単に倒せていくほどであった。その呆気なさにはサクヤも驚いていた。

「これで全部か?」

「えぇ、そのようね」

二人は周囲を見渡し蟲の存在が無い事を確認し安堵した。しかし突如リーナの座る後部座席の方のモニターに何かの反応が入る。

「待って、こっちに何か向かって来てる!」

「数は!?」

「20!」

「20?まさかアレが!?」

すると辺りから蟲が飛来してくる。先ほどの物とは違い大きさもあり成体の様であり、恐らく戦闘前の蟲達の声が呼び寄せたのだろう。

「あんなにも!?」

「でもこのまま逃げられないだろ!なら、やるしか!」

数多くの蟲達は飛びながらエスペランザを取り囲む。どちらかが動くと戦いの合図、そう感じ取れるものだった。しかしその緊張はすぐに解け、蟲達がエスペランザに突撃をしようとし、攻撃が始まる。蛇腹剣で蟲達の突撃を防ごうとするが、四方からの奇襲にエスペランザも翻弄された。

「リュード、お願い!」

リーナの呼びかけにリュードは答え、マジードラッヘで出撃する。飛び立つマジードラッヘに気を取られた隙に蛇腹剣を一匹の蟲に巻き付け、囲む蟲達に対して力一杯振り回す。避ける者もいれば咄嗟の事で避けられず追突する者も居た。その後振り回している剣から手を離し放り投げると即座に洗濯に使った長い鉄の棒を出す。しかしそれは先ほどの物とは少し違い、後ろ側が薙刀の刃の様になっていた。サクヤは前方から来た蟲は頭部に打撃を与え、後方の蟲には刃を向けて翼の付け根を狙い反撃をしていた。そこにマジードラッヘも加勢をし、蟲を五体ほど自分の方へと向かせエスペランザから引き離す。

エスペランザは鉄の棒・ナギナタを消滅させると次は垂直に上昇する。蟲を引き離すスピードで上昇すると、今度は一気に下降をし、着いてきた蟲に対して拳を叩きつけ、さらにその勢いのままロケットパンチを放ち、蟲を地面へと叩きつける。その攻撃を受けた蟲は頭部が歪み、行動不能となる。

着陸をするとすぐに腕が戻り、次にビームファイラムの斧を持つ。斧を振り回し、時に銃にしてビームを放ちながら蟲を迎撃するが、次第に数に押され、攻撃が間に合わなくなってしまう。マジードラッヘも数には勝てなかったのかエスペランザの近くに堕ち、そのまま水晶玉へと戻ってしまう。それを見たエスペランザはリュードを光にし、コックピットへ回収する。しかしその後、遂にエスペランザはその場に倒れてしまう。蟲達の追撃は止まず、まるで餌を貪るかの様に取り囲み集団で攻撃を加える。エスペランザはソレに抵抗できず。段々と外装が破損していく。

このままでは負ける。サクヤとリーナは確信した。

しかしその時、突如エスペランザの目が赤く光り、自分に纏わりつく蟲達を一気に吹き飛ばす。

「何をしたの?」

「俺じゃない!エスペランザが勝手に動いて!」

蟲達は吹き飛ばされてもなお突撃をする。しかしエスペランザはその蟲達と掴み、地面へと叩きつけたり蹴りを加えたりすり。それはまるで荒ぶる野獣と評せるものであり、サクヤやリーナのやる理性のある戦い方ではなかった。エスペランザの猛攻により蟲達は押され始める。そして蟲達が弱った頃、エスペランザの背中から翼の様な光が生えてくる。すると、その光は空にヒビを入れ、そのまま空を割る。

「空が・・・!?」

「もしかして、これが・・・」

割れた空・空裂から吸い込むような強力な風が起こると、エスペランザその風を操り的確にこの場の全ての蟲を割れた空へと追放する。その後、空を覆う様に翼を広げると空裂は収束していく。

こうして蟲との激闘は幕を閉じるのだった。

「やった・・・のか・・・?」

サクヤは辺りを見回す。目視で確認する限りでは蟲の姿はもう無く、亡骸すらも残っていない様子であった。

「リーナ、レーダーの反応は」

「恐らく民家の中にある塊になった生体反応が複数。それと離れた所に二つだけ反応があるわ」

「もしかすると・・・」

「この状況で人が残っているとでも思ってるの?」

「行って見なきゃ分からないだろ。とにかく降りよう」

リーナとサクヤ、そしてリュードはエスペランザを降りて玉にし、村の探索を始めた。あれだけの騒ぎを起こし、しかもそれが終わっても誰も影を見せない時点で覚悟はしていたが、降りてみてもやはり人の営みがある空気感が無く、死の村と化しているのを肌で感じられる。しかし、サクヤは一縷の望みを持って生体反応の多かった建物の扉を開いた。しかしそこに広がっていた光景は希望とは程遠い物だった。ハチの巣と蚕の繭を混ぜた様な物、恐らく蟲の巣が広がっており、そこにこの村に住んでいた人であろう人の影がある状態だった。人の影、といってもそれはもう生きる者の姿ではなく、死体になり蟲の餌として漁られた物ばかりであった。蟲の繭と思われる物はまだ生きており、放置しておくとまた新たな蟲が現れるだろう。薄々は分かっていたがその光景は絶句するしかないものであった。他の集合した生体反応は同じ状況だろう。しかしそうなると一つ気になる事があった。それは二つだけ離れた所にある生体反応である。サクヤ達はその反応があった場所へと向かう。するとそこにあったのは少し影に隠れた小屋というよりは倉庫の様な場所だった。サクヤはその場所のドアを恐る恐る開ける。

「子供・・・?」

倉庫の中に光が差すと、そこに居たのは幼い男女二人の子供であった。それを見たサクヤ達は急いで駆け寄った。リーナにも頼みそれぞれ一人ずつ呼吸と脈の確認をする。呼吸はか細く、脈も正常とは言えないもののその二人はまだ確かに生きている。恐らく相当な期間この倉庫に身を潜めつつ、そこにあった食料などで生きてきたのだろう、辺りにはそれらしいゴミが散らばっている。

生きている、とは言えどこのままだと確実に衰弱死しそうな状況である。

「リーナ」

「えぇ」

サクヤは男の子を抱え、リーナはリュードに支えられながら女の子を背負い倉庫を出るとエスペランザを呼び出す。エスペランザのコックピットの中に入ると水と携帯食料を取り出し、子供達の口に少しずつ含ませる。すると少しではあるが先ほどよりは落ち着き、そのまま二人の子供は眠り始めるのだった。

すぐにでも二人をメラルの街に連れていきちゃんとした処置をさせたかったのだが、いつの間にか陽が落ち始める時間になっていた。そのためサクヤはこの村で一夜を明かすことにする。

「リーナ、一つ頼んでもいいか」

「えぇ」

「あの蟲の巣をこのままにするわけにはいかないから、燃やしてくれ」

「そうね」

リーナはサクヤの言葉をすんなりと受け入れると、炎魔法を使い、村を燃やし始める。周りの木々に燃え移らない様に起用な魔法捌きであり、いつでも水魔法で鎮火も出来るようにその炎を見守っていた。もしまだこの二人の子供の様に生き残っている人が居たらこの判断は間違いだったかもしれない、そう思いながらサクヤは燃える村を見つめていた。

蟲の巣を燃やし切った事を確認した後に鎮火した夜、眠っていたリーナは夜中にふと目が覚める。特に何かあったわけではないため、水でも飲んでまたすぐに眠りにつこうと思い身体を起こすとコックピットに居るはずのサクヤが居なかった。横で寝ている二人の子供とリュードを起こさないようにエスペランザから降りると、そこには焚火をしながらコップを持ち、焚火を見つめるサクヤが居た。

「早く寝ないと明日に響くわよ」

リーナはサクヤのそばにそっと座る。リーナはサクヤの顔を伺うと、その顔にはいつもの明るさは無く何か悩みを持つ顔をしていた。普段自分の前では常に明るく振る舞う様な人間がこの様な状態になっているのは相当な事だろうとリーナは思った。それに対してリーナは何も言葉をかけなかった。いや、かけられなかったというのが正しいだろうか。そうしていく内、生まれたのは沈黙だった。

「なあ、リーナ」

その沈黙を破ったのはサクヤだった。

「このままエスペランザを使い続けていいのかな・・・」

リーナはただそれを黙って聞いていた。

「今日俺達が負けそうになった時のあの空。アレってエスペランザの力だろ?俺、怖いんだ。あの時、俺達を飲み込んで、イェルクとミラを失ったあの空と同じで。もしそれをエスペランザは起こせるなら、そんな力を使うなんて、俺は・・・」

サクヤは自分の心を言葉としてゆっくりと吐き出していった。

「それに、俺はこの村を燃やした。もしかしたらあの子たちの様に他にも助けられたかもしれないのに俺はそれをしなかったんだ・・・」

「そうね」

リーナはサクヤの言葉に対して少し考えた。

「まず一つ目。もしあの空裂かもしれない事をエスペランザが引き起こせるとしても、私ならエスペランザを使い続けるわ」

リーナはサクヤの顔を見ずそのまま続けた。

「私もアレには驚いたし、正直に言えば私だって怖かったわ。でもアナタの感じた恐怖は私には分からないし、今回はエスペランザのその力で助けられたのは事実で、アレが無かったら私達はどうなっていたんでしょうね」

リーナはサクヤに語り掛ける様でサクヤの顔は見ずにいた。サクヤに言われ、改めて自分でもエスペランザという存在に対し考え、自分に言い聞かせているのだろう。

「私がこうしてアナタと旅をしている理由、覚えているかしら?」

「それはリーナの仲間がリーナに執着しているから」

「そう、簡単に言うとストルツのせい。それにクラウンとかいうのも気になるからだわ。だからそんなのに対抗する為にもこの力は必要なの。だから私はコレを使って進み続けるわ。例えアナタがここで折れて、私一人になったとしてもね」

「でももしまたアレが起きたら!」

「そうならない様にすればいいだけよ。乗って動かせるモノである以上きっと方法はあるはずよ」

「だとしても・・・」

リーナの言葉にサクヤは納得していない様であった。しかしリーナは気にせず続けた。

「そして二つ目。アナタの行動が正しいかどうかを決めるのはアナタ自身じゃないわ。それは周りが決める事よ。今回だと、もし処理しないまま新しい物が生まれて被害が出たらアナタと私が非難されるでしょうし、何も無ければ村を燃やした二人としてしか扱われないでしょうね。それに二人も助けられただけ上等よ。この状況で生き残っている人間が居る方が奇跡みたいな物だもの」

「そうだろうけど、それでも」

「過ぎた事を悩んでも仕方ないでしょ」

「そう、かな・・・」

サクヤの顔は晴れないままだった。

「もういいわ。そんなウジウジしてるアナタと話しても面白くないし」

リーナは立ち上がり、エスペランザに戻ろうとする。

「いつもみたいに明るくバカな方がよっぽどアナタらしいんだから、自分らしく真っ直ぐいきなさいよ」

リーナはそう言い残すとエスペランザへ戻り眠りにつく。

「自分らしく、か・・・」

サクヤは夜空を見上げ、リーナの言った言葉を振り返り、自分の気持ちを整理する。その夜空は、サクヤの気持ちとは裏腹に澄んでおり、星々の煌めく空であった。

翌朝、地平線から見え始める日の出と共にリーナは目を覚ました。まだ他の誰も目を覚ましていないため、掛布団にしている布を静かに畳み、朝支度に必要な物と剣を持ち外へと出る。日の出の時間と言え外はまだ夜の暗さを残しており、日中暖かくなり始めたと言え、まだ肌寒さのある朝であった。リーナは桶に魔法で水を出すとそれを掬い、顔を洗う。まだ残る眠気を覚ますと、剣を振り始める。片腕だけの身体にも慣れ始め、しかもエスペランザでの戦いもあったため、剣の素振りにも慣れが生まれている様に見える。

リーナにも悩みが無いわけではない。昨晩のサクヤ同様に、どこかでずっとこの旅に対する後悔や、「あの時ああしていれば」を考えないこともない。しかし、サクヤにあの様な答えを出した以上自分のソレを出すわけにはいかない。しかし、昨晩サクヤに言った事が全てでもあり、それは自分に対しても言える事でもある。

その様な事を考えながらも剣を振ってそれを紛らわしていると、サクヤがエスペランザから降りてくる。「おはよう」とサクヤが声をかけると、サクヤはリーナの使った水を使い自身も顔を洗う。

「あの子達は?」

「まだ寝てる」

「そう。朝食には起こしてあげないとね」

サクヤは朝食の準備を始める。鍋に細かく刻んだパンと適当に千切った干し肉、塩、胡椒、たっぷりの水を入れ、ゆっくりと長めに煮込む。簡単ながらもシッカリとした朝食となるパン粥だ。粥が完成した頃には日は完全に昇り、空も深い青から明るさのある澄んだ青へと変化していた。朝の光に照らされたエスペランザを見ると、不思議な事に昨日の戦闘での傷が修復された様に見える。

サクヤとリーナは二人の子供を起こしにコックピットへと戻る。子供の身体を少し強く揺すると二人の子供はゆっくりと目を覚ます。すると、二人の子供は驚き、恐怖から身を寄せ合う。当然だろう。目を覚ますと知らない場所で目の前には知らない二人、しかも片方は魔族だからだ。

「おはよう。俺はサクヤで、こっちはリーナ」

サクヤは笑顔で子供に手を差し伸べる。

「とりあえず朝ごはんにしよう」


パン粥を寄そうと、子供達はガツガツと食べ始める。よほど腹が減っていたのだろう、おかわりを要求してくるほどである。

「君たちの名前を教えてくれるかな?」

「俺はメラ。こっちは妹メル。妹って言っても双子だけどね」

メルは無言でガツガツと食べている。

「この村で何があったか教えてくれるかな?もちろん、話せる範囲でいいからさ」

するとメラは食事の手を止める。

「いいよ。ちょっと前の事なんだけど、ある日蟲みたいな竜が村に5匹ほど飛んできたんだ。するとソイツら、いきなり村の人達を襲って食べ始めてさ。俺とメラは一緒に納屋に隠れたんだけど、父ちゃんや母ちゃんたちはどうなったか分かんない。それで俺達は納屋にあった食べ物を少しずつ食べて生きてたんだ」

概ね、サクヤの想像通りではあった。想像したくはなかったが、現場を見るにそうなのだろうと言った感じだ。

「ねえ、村はどうなったの?」

メルが口を開く。その言葉に対し、サクヤは最初どう答えるか迷った。しかし隠しても仕方がないため、起きた事、そしてその顛末を正直に話す。

「じゃあ父ちゃんや母ちゃんたちも・・・」

「ゴメン、助けられなかった・・・」

メラとメルはサクヤを許すわけでも、肯定するわけでもなかった。しかし、彼らもまた蟲の引き起こした現実を知っているため、サクヤ達を攻めきれないと言うのが分かっていたのだ。

「ねえ、次はさ、サクヤ達の事教えてよ」

重い空気になるのを読んだのか、メラが話題を切り替える。

「あぁ、それはもちろん!」

そうすると、サクヤとリーナは自己紹介も兼ねて、これまでの旅をメラとメルへと語り始めるのだった。

朝食を食べ終わると、サクヤ達はメラルの街へ戻り始める。

「リーナ、操縦を頼む。俺はちょっとやりたい事があるからさ」

「それは別にいいわ」

リーナが操縦席に座り、サクヤが後部座席に。その横にそれぞれメラとメルが座り、リュードはメルの頭に乗るという中々に窮屈にも見える空間になっている。

「メラ、メル、掴まってなさいよ」

そう言うとリーナはエスペランザを歩かせ始める。メラとメルは初めての感覚やモニター超しから見られる景色に興味津々な様である。特にメラは「すっげー!メルも、ホラ!」と興奮気味である。その双子とは相対的に、サクヤは後部座席のモニターに集中し何やら調べものをしている。

「何してるの?」

メルがサクヤに話かける。

「調べてるんだ。ずっと経験と勘で動かしてきたから、俺達はエスペランザの事を知らなすぎるんだ。だからこうして、改めてエスペランザについて調べてるのさ」

「へぇー」

メルは分かったような、分かっていないような生返事をする。

「なあリーナ。俺、決めた。これからも悩む事も迷う事もあると思うけど、それが自分の選んだ道ならリーナの言う通り前を向いて進んでいく。それがリーナの言う俺の“自分らしく”だと思うから」

「・・・ふぅん、いいんじゃない」

サクヤの言葉に顔を向けず答えるリーナだったが、その声色にはいつもより明るさがあった様に思える。そう、サクヤは感じた。


メラルの街に戻ると、サクヤ達は町長に会い、結果を報告した。村が蟲の巣窟になっており、その結果死の村と化していた村を燃やすしか手はなかった事を町長に説明すると、町長は納得した様子であった。この話は恐らく町長よりも上の役職の政治屋やこの街や国を支配するディナルドにも伝わるだろうが、サクヤ達のやれる事はひと先ずここまでと言った感じである。町長は「少ないですが」とサクヤ達に報酬として大金貨3枚を渡された。大金貨1枚があれば大体一ヵ月の生活が出来るため、サクヤ達にとっては十分すぎる報酬であった。

それと同時に、サクヤとリーナは孤児となったメラとメルをどうするのかを悩んだ。サクヤ達の旅は言わば敵国に向かって進んでいるわけである。本来ならば町役場などに預け、家族として迎え入れてくれる人を待ってもらうのが理想だろう。しかし、それは彼らの意志を確認してからの方がいいとサクヤは考えた。

「メラ、メル。俺は君たちをこの街で預かってもらった方がいいと思うんだけど、君たちはどうしたい?」

そう言われると、メラとメルは顔を見合わせて少し悩む。サクヤは二人の答えをゆっくりと待っていた。

「俺はサクヤ兄ちゃんとリーナ姉ちゃんとリュードと一緒に居たい」

「私も。メラと一緒に居たいし」

返ってきた言葉はサクヤとリーナ、そしてリュードと一緒に居る選択であった。サクヤはその言葉をキチンと受け止め、その意思を尊重しようと決める。

「リーナもいいかな?」

「いいわ。でも、私達は決して遊びで旅をしてるわけじゃないわ。危険な事もたくさんある。それだけは覚えておきなさい」

「わかった!」

メラとメルが本当に理解しているのかは分からないが、子供らしい元気な返事が返されるのだった。


そして、サクヤがエスペランザで調べた事で分かった事かある。それは以下のことだ。


●エスペランザ:操縦者の意志を具現化するための兵器。自己増殖の行えるナノマシンを利用し搭乗者の想像を武器として形成する「ウェポン・クリエイト・システム」を搭載している。また、そのナノマシンを活用する事により、自己修復機能・自己進化機能もあり、どんな状態になったとしても時間があれば確実に元の姿に復元・改修される様に出来ている。また、場合によっては搭載されたAIによる自動行動も可能。時空の亀裂に対する対抗手段はあるが、莫大なエネルギーを消耗するため場合によっては使えない可能性もある。系列機として「ヴァリエンデ」、「ソムニューム」が存在する。


また、思わぬ収穫もあった。それはエスペランザに蟲の記述もあった事だ。


●次元龍:龍とも蟲とも取れる見た目をしている存在。身体は固い表皮に覆われており、普通の攻撃は通らない。時空の亀裂から現れ街や人を襲うがその目的は不明。また、蜂の様な習性があり、巣を作り繁殖をし、統率の取れた行動をし、時には集団での行動を行う事も確認されている。文献によると、500年前にもその存在が出現した可能性がある。


次元龍。エスペランザを作った文明はあの生命体をそう呼んでいるらしい。

サクヤはその情報をリーナと共有する。この情報からサクヤとリーナが何か出来るわけではないが、少なくとも「自分達がどのような兵器を使っているのか」と「自分達が戦った相手は何者なのか」が分かった事は収穫だと言えるだろう。しかし、今後ももし次元龍と戦う事が起きた場合どうしていくのかはサクヤとリーナは漠然と思う所はあった。


「それじゃあ、ニードへ向かうぞ」

メラルの街に戻った翌日、サクヤ達はいつしかストルツの指定をしたニードという場所へ向かうために旅立ち始める。地図から考えると恐らく数日のうちには到着し、そこでストルツに会えば一悶着あるだろうが、それは覚悟の上である。サクヤとリーナはそれを覚悟しながらも、リュードと、そして新しい仲間であるメラとメルと共にその道に歩み始めるのだった。



エルピロが戸を叩くと、中からヴェルドの「入れ」という声が聞こえてくる。

「失礼します」

エルピロがヴェルドの部屋の戸を開けると、ヴェルドは自室で仕事をしている様だった。

「イェルクの回収した例の生物についての経過報告に参りました」

その言葉にヴェルドは作業を止め、エルピロの方に顔を向ける。

「例の生物、ここではその見た目が過去の文献と合致する”次元龍”と呼称しますが、この次元龍という生物は骨格や行動から恐らく生態としては虫に近いモノだと思われます。ただ、外骨格的な構造でありながらも頭部や翼部においては竜と似た様な骨格構造になっています。また、イェルクのフレームゴーレムのナイフが通らなかったという表皮ですが、試してみたところ、こちらが持つフレームゴーレムでは傷一つ使い様な代物となっています。ただ、チャーモンドのソムニュームの分解能力で分解出来る事も確認されたため、恐らく対抗策になりえるかと」

ヴェルドはその報告に何も言わず、ただ耳を傾けるだけであった。

「そしてソレに関連して、イェルクの報告からメラルの近くの村に調査を向かわせましたが、残念ながら跡形もなく燃え尽きていました恐らくイェルクが会ったと言うリーナベルの乗るエスペランザという名のフレームゴーレムの仕業でしょう。彼女が先に村に向かったとの事でしたので」

「そうか・・・」

「今回改修された次元龍は過去の文献に載る記述と酷似していますが、そうである場合は500年前に起きたとされる空裂とも関係があると思われます。しかしそこはまだ何とも言えない状況ですが」

エルピロはヴェルドの机に近づくと、手に持っていた資料を置き「今回の報告について纏めたものです」と言い、部屋を後にしようとする。

「エルピロ。塔の建設の進捗率はどうだ?」

「完成したのは6割程度と言ったところです。エルフの森など一部においてまだ建設が進まない所はありますが」

「急がせろよ。アレの必要性はお前も理解しているだろう?」

「えぇ、それは勿論」

「それでは」と言いエルピロはヴェルドの部屋を後にする。その後、ヴェルドは渡された資料に目を通し、何かを考えるのであった。

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