風呂にて
陽が傾き、空がこうじ色へと変化していた頃。サクヤは木のそばで大の字になり天を仰いでいた。息は荒く、汗を多量にかき、その姿は疲れ切っていることが伺える。その横では、リーナが素振りをしていた。
「そんなに振ってさ。リーナも休みなよ」
「ダメよ。今のままだと剣に身体が持っていかれて重心がブレるわ。そうなると脇の甘さが弱点になる」
「そんなこと言ったって。今のままでも十分強いじゃないか」
サクヤは息を整えながらなんとかリーナと会話をする。
「相手は魔法を使うかもしれないのよ。弱点は一つでも減らさないと」
リーナは真剣なまなざしで素振りを続ける。少しでも多く、少しでも早く自分の弱点を少なくするために。
「なあリーナ。俺も魔法を使えるようになれるかな?」
「無理・・・とも言い切れないかもしれないわね」
「本当か?」
リーナは剣を置き、木に寄りかかるように腰を下ろす。
「そもそも私達は大気中にあるとされているマナを身体に取り込んでそれを魔法というエネルギーへと変えて様々な形で放出しているの」
「へー」
「その顔、分かっていないわね?」
「えっ、まあ」
リーナは呆れながらも説明を続ける。
「つまり私達は勝手に水が作り出されていく空の器で、貯まった水を形や量を調節しながら出しているってこと」
「なるほど・・・?」
「だけど貴方は水が作られない器なの。だからいつまで経っても魔法を使うことが出来ないの」
「じゃあどうやったら」
「最後まで聞きなさい。水が作りだせないなら他所から水を入れてあげればいいのよ」
「つまり誰かからそのマナってのを身体に入れてもらうってことか?」
「そう。まあそれで本当に魔法が使えるようになるのか、使えるようになったとしても扱うことが出来るのかは知らないけどね」
サクヤはまた子供の様な目でリーナに迫る。
「じゃあ今から試してみようぜ!」
「いやよ。私の魔力はまだ回復しきってないもの。それに、もう帰らないといけない時間じゃないの?」
リーナに言われ、サクヤは空を見る。すると空はすっかり濃いオレンジ色へと変化しており、そろそろ暗くなりそうな状態であった。
「いっけね。さっさと帰らないと」
そう言うと荷物をまとめ始める。
「まったく」
リーナも呆れながら片付ける。
二人は片付け終わると忘れ物が無いかを確認し、暗くならない内に急ぎ足で村へ帰るのであった。
それから二人は村役場に行き、その日に収穫した薬草などを査定のために出す。その後サクヤは二日前、リーナと出会った日に収穫していた分の賃金を受け取り、役場を後にする。二人は作業と特訓でかいた汗を流すために温泉に向かい、それぞれ男湯と女湯へと入る。
サクヤはかけ湯で全身の汗や汚れを流すと、作業で疲れた身体、そしてリーナとの特訓で普段使っていない筋肉を癒すようにじっくりと温泉に浸かる。湯船に浸かりながら無心になり、目を瞑りゆっくりしていると誰かが話かけてきた。
「おぉ、サクヤ」
「あっ、ランドさん」
サクヤのそばにランドが寄ってくる。
「今日は嬢ちゃんと行ってたな」
「えぇ。でもそのせいで特訓に付き合わされちゃって、もうヘトヘトですよ」
それを聞いてランドはガハハと笑う。
「で、どうなんだ?」
「どうって」
「嬢ちゃんとだよ」
「だから俺とリーナはそんな関係じゃないですって!」
「そんな事言ったって、もう村中サクヤが女を連れてるって話題で持ち切りだぜ!」
「誤解ですよ!大体、ランドさんは知ってるんだから誤解を解いてくださいよ!」
「まあそう言うなって。三ヵ月前、突然現れてこの村に住むようになったお前が、今度は家に女を連れ込んでしかもデートしてると来たらそれはもう注目の的よ」
「確かに、それはそうかもしれませんけど・・・」
「おっ、昨日の」
誰かと思いサクヤが声の方に向くとウォードとトロンが居た。
「確か名前は・・・」
「サクヤですよ」
横からトロンが助け舟を出す。
「おー、そうだそうだ。すまねえ、俺はどうにも人の名前を覚えるのが苦手でな」
「アンタたちは勇者様の」
「おぉ、昨日サクヤと一緒にいた」
ランドとウォード、トロンは自己紹介をした。ランドとウォードはウマが合うのか、すぐに意気投合した様子であった。
「しかしそうか、サクヤはリーナベルとそんな関係だったのか」
「リーナベルと付き合えるなんて、サクヤさんも中々凄いですね」
「だから違うって!」
リーナは静かに湯に浸かり、考え事をしていた。どうすれば今の身体で上手く戦えるか。国に帰らないとは言ったものも今後どう生きていくのか。いざ国を離れ、自分の身分すら捨ててしまうと、自分には何が残るのか分からなくなってしまっていた。まだ村に来て二日ほどだから、また、左腕を失っている姿が物珍しいからか、周りからの視線が多いが、リーナはその視線よりも自分の事を考える方が重要であった。どこか誰も近づけさせないような空気を出していたが、突然誰かが話かけてくる。
「リーナベル!」
その姿はシャルであった。リーナに近づいてくるシャルの後ろをミリアムが心配しながら着いてくる。
「あら、シャルロット」
「シャル、喧嘩はダメだよ」
「心配しなくてもやらないよ」
双方しばし警戒をした。しかしいざ争う事も無く、どちらも話題を振る事も無いと、何を話せばいいのか分からなくなる。するとミリアムがその空気を壊す。
「そ、そう言えば今日小耳に挟んだんだけど。リーナベルとサクヤさんってそ、その・・・」
「その?」
「つ、付き合っているの?」
「はぁ?」
リーナは思いもよらぬ質問に呆れるしかなかった。自分はたまたまサクヤに拾われてサクヤと住んでいるだけであって、微塵もそんな気持ちは無い。ましてやデミスが人間と付き合うなどという価値観自体がリーナには無い考えである。
「どうなんだ?リーナベル」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
「でも、村ではその噂で持ち切りだったよ」
「バカバカしい話ね」
「じゃあいつまでこの村に、サクヤと一緒に居るつもりだ?」
「いつまで・・・ね・・・」
リーナは答えることが出来なかった。自分でも答えが出ていないことだ、誰かに答えられるわけがない。
「いっそのこと、貴方たちと旅でもしてみようかしら」
「本気か!?」
「・・・冗談よ」
「でも、リーナベルが仲間になってくれるならもっと戦いやすくなるかも」
「それはそうかもしれないけど・・・」
シャルは複雑な気持ちになっていた。
サクヤ、ランド、ウォード、トロンの四人は脱衣所を後にしていた。すっかり仲良くなっていたようで、風呂から上がっても談笑は止まらなかった。
「そうだ!ウォード、トロン。風呂と言えば牛乳を飲まないと!」
「牛乳だ?」
「美味いんだぜ、風呂上りにキンキンに冷えた牛乳を飲むのはさ」
「そうそう。俺の故郷だと形式美みたいな物でさ」
「ほう、いいですね」
そんな話をしていると、リーナとシャルとミリアムの三人も脱衣所から出てくる。
「おっ、リーナ達も一緒だったのか」
「えぇ、たまたまね・・・」
「なんだ、トロンとウォードもサクヤと一緒に居たのか」
「お前さんこそ、リーナベルと一緒に居るとはな」
「ほらほら、勇者のお二人に嬢ちゃんも。一緒に牛乳飲もうぜ」
「牛乳?」
サクヤは人数分の牛乳のお金を払い、全員に一本ずつ回す。
「俺の故郷じゃさ、片手を腰に当てて、天井を見る様にしながらグッっと飲むのが作法なんだ」
「ほう、面白そうだな」
「それじゃあ皆さんご一緒に。乾杯!」
サクヤが乾杯の音頭を取ると、皆は自身の牛乳瓶を軽く近づけ、各々に「乾杯」と言う。皆、サクヤの言う”作法”に従い飲む。無言になり、瓶の効果で余計にキンキンに冷えた牛乳の味と喉越しを感じながら、牛乳が喉を通る音を響かせるようにただひたすらと飲む。
「美味い!」
サクヤは口から瓶を離しながら景気よく「プハァー!」と息を吐く。
「いいな、風呂上りに牛乳ってのも」
「ね。旅をしてるとこんな美味しいのは中々味わえないよ」
「火照った身体が心地よく冷えますね、これは」
「本当はビールでも飲めればいいんだが、まあこれもイイよな!」
「リーナも、良かっただろ?」
「中々ね。まあ、私は腕が無いからその”作法”が出来ないけどね」
リーナが少しシャルに視線を移す。その視線にシャルも気づいたためまた喧嘩腰になりそうだったのをサクヤとミリアムはそれぞれを宥め、なんとか空気を悪くしなくて済む。
「そうだ。勇者さん達も明後日の祭りに参加するのか?」
「えぇ、そのつもりです。その次の日にはここを発とうかと」
「そうか。シッカリ楽しんでくれよ」
「そうさせてもらいます」
「それにサクヤも初めてだからさ。一緒に仲良く回ってくれるか?」
「構いませんよ」
シャルがそう答えるとランドはシャルに「まあ、二人の仲は邪魔しない様にな」と耳打ちする。しかしそれはサクヤにも聞こえていたためサクヤはまたも否定するが、ランドは笑って誤魔化すばかりである。
しばらく楽しく談笑していたが、すっかり陽も落ち、辺りは暗くなっていたため、皆名残惜しそうにしながらも解散をし、それぞれ戻るべき場所へと帰っていく。
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