ディナルド
サクヤは森に入ると奥へと進み、採取場を探す。ここ数日で使ったポイントには行かない、それがサクヤなりの流儀だ。
採取場を見つけるとサクヤは背負っていた籠を地面に置き、森に向かい二度頭を下げ、二度手を叩き、その後祈る様に頭を下げた。
「何?それは」
リーナは不思議に思いサクヤに質問をした。
「森の神様に拝んでるのさ。「今日も採らせてもらいます」って言う風にさ」
「森に神?」
「俺の故郷での考え方だよ。八百万の神って言って万物にはそれぞれ神様が居るっていう考え」
「不思議な考えね」
リーナは何気なくサクヤの真似をした。サクヤの言う森の神という考え方を信じるわけではないが、仕事のためのある種の験担ぎだと思い、受け入れた。
サクヤとリーナは仕事を始める。サクヤが山菜や薬草を判別し、リーナが採取の手伝いをするという形だ。サクヤ曰く「最後は役場の人が仕分けてくれるから気にしすぎなくてもいい」とのことらしい。
そうこうしていると時間が過ぎ、気付けば陽が頭上真上に上がっていた。サクヤはそれに気づき休憩を提案し、森の中心へ向かう。二日前、リーナと出会った場所だ。春の木漏れ日を受けひと際目立つその木に二人は荷物を降ろし、腰を下ろす。
サクヤはポシェットの中から昼食を取り出す。マヨネーズを塗って干し肉を挟んだサンドイッチだ。サクヤはそれを一つリーナに渡し、自分の分を食べ始める。春の風が森を抜け、二人に拭く。自然の安らぎが感じられるほど静かな時間となっていた。
リーナが食べ終わったのをみてサクヤは包み紙を回収する。
「それじゃあ次は私の特訓に付き合ってもらうぞ」
「その前に」
「なんだ?」
「休憩。一時間ほど昼寝」
そう言うとサクヤは木に寄りかかり昼寝をし始める。
「まったく・・・。」
リーナは呆れながら、サクヤと共に休憩に入る。
リーナとシャルが戦った平野。その近くに突如4人の人影が現れた。角の生えた人間、魔族=デミスである。
「隊長が最後に来た場所はここか」
鎧を着た複数の人影の中でもひときわ目立つ人物がそう呟いた。
「隊長無事かな」
「もう二日だろ?」
「まさか人間が出したっていう勇者にやられたんじゃ」
後ろがザワつきはじめる。
「静かにしろ!第三部隊隊長リーナベル・リ・アルクトゥラに代わり、副隊長ゴード・ル・ドルドナが命ずる!オーエン、エルス、ダラ!リーナベル隊長を探せ!どんな些細な物でもいい、手がかりを見落とすな!」
「はっ!」
ゴードと名乗る男の命令を聞き、オーエン、エルス、ダラと呼ばれた男三人が動き始める。三人はそれぞれ違う方向に分かれリーナの手がかりを探す。戦いの痕跡、それがあれば一番の手がかりになる。
「副隊長!」
「なんだ!」
「こっちに来てください!」
エルスがゴードを呼ぶ。エルスが居た場所はリーナとシャルが戦った場所だ。
「この腕」
「これは・・・」
そこに落ちていたのは腕だった。それも人の様な腕。通っていた血液は既に抜けきっており、色は青白くなり、少し干からびた様になっていた。
「間違いない。リーナ隊長の腕だ。それにこれは、獣にやられたモノじゃないな」
「じゃあやっぱり」
「隊長がやられたって言うんですか?人間の、勇者ってのに」
「副隊長が言うなら、そうとしか言えないだろ」
ゴードは辺りを見渡し、他の手がかりを探す。切れた腕を頼りに血痕を探してみるが、既に乾き、土埃で消えてしまっていたため手がかりにはならなかった。
「そうなると・・・、入ってみるしかないか」
ゴードは目の前にあった森へと突き進む。オーエン、エルス、ダラの三人もゴードの後を追うように進んでいくのだった。
サクヤとリーナはすっかり眠ってしまっていた。二人が安眠をしていると草陰が揺れる音がする。その音に反応しリーナはすぐに目を覚まし、何が来てもいいように右手に剣を取った。リーナは警戒しながらゆっくりと立ち上がると同時に、一人の男が現れた。
「人か・・・?いや、その姿、もしやリーナベル隊長か?」
「ゴートか・・・?」
「隊長、お探しました!」
ゴートは声を出しながら近づいてくる。それを追うように三人の部下もついてくる。
「そこの人間は?それに何故そのようなお姿に?」
「静かにしなさい。場所を移すわ」
「分かりました・・・」
ゴートは素直に受け入れ場所を移動し始める。三人の部下は物珍しい顔をしながらサクヤを見ていたが、ゴートに急かされその場を後にする。
リーナは部下を引き連平野に向かい、この二日ほどに何があったのかを話す。勇者に負け、サクヤに拾われ、今は居候の状態だと。ただし村にシャル達が居る事、そして巨人像・謎のフレームゴーレムについては話さずにいた。
「じゃああの男と一緒に暮らしているという事でしょうか?しかも人間の村で?」
「まあ、そうなるわね」
するとオーエン、エルス、ダラがコソコソと話始める。
「おいおい、隊長にも遂に春が来たかよ」
「でも相手は人間だぜ?流石にそんな趣味は無いだろ?」
「それに、そんなことをストルツの野郎が聞いたらどうなる?」
「そこ、聞こえてるわよ」
「お前達、少し静かにしていろ!」
「「「はい!すみません!」」」
ゴートの叱咤により、3人は黙る。
「しかしご無事でよかった。ではすぐにでも国に戻りましょう。陛下にも報告をしなければ」
その言葉を聞き、リーナは考え込む。望んでいた救援、そしてなにより国に戻れる。しかしリーナは何故かその言葉に答えられなかった。左腕を失い、魔力を上手く扱えない今の自分に何が出来るのか。このままサクヤを放置したままでいいのか。様々な考えが頭の中を巡る。
「隊長?」
「・・・私はもう少しここに残るわ」
その言葉に一同は驚く。
「隊長!?どうしてです!?」
「こんな人間の村、しかも何もない田舎なんかに残ったって仕方ないでしょ!?」
「それに隊長が居ないと俺たち寂しいですよ!」
「隊長のご意志を尊重しないわけではないですが、コイツらの言う事も一理あります。本当によろしいのですか?」
「いいわ。どうせこの身体じゃ隊長も務まらないでしょうし」
「しかし、隊長が不在だと第三部隊はどうなります?隊長あってのものですよ?」
リーナは少し考え、一つの結論を出す。
「ならゴート、貴方が隊長になればいいんじゃないかしら?」
「しかし・・・」
「貴方なら”ラ”としてもやっていけるわ。安心しなさい。私が言うんだもの」
「・・・承知しました」
ゴートはリーナに頭を下げる。
「いいんですか!?副隊長!?」
「いいもなにもあるか!隊長が、いや、リーナベル様がそう申されているのなら、そのご意思を尊重するまでだ」
ゴードは改めて顔を上げる。
「では我々は帰還します。しかし、リーナベル様。例え貴方が隊長ではなくなったとしても私達は貴方の事を忘れません。もし助けなどが必要な時は魔声機でお呼びください」
「使う事は無いでしょうけど、覚えておくわ」
「それでは」
会話は終わり、ゴートは部下を連れて帰っていく。その姿を見送りながらも、リーナは自分の選択が正しかったのか自問自答するのであった。
リーナがサクヤの元へ戻ると、サクヤはまだ眠っていた。それを見たリーナは呆れながら肩を叩いた。
「ほら、そろそろ起きなさいよ」
するとサクヤは目をこすり、身体を伸ばし、大きなあくびをした。
「おはよう」
「全く・・・」
「さっきの人達とはもういいのか?」
「なに?もしかして起きていたの?」
「いやまあ、物音でちょっと目が覚めただけというか・・・」
リーナはまた呆れる。仮にも人と敵対している存在が近づいてきてそれに気づいていたのに呑気に昼寝を続けていたのかと。
「さっきのはいいの。それより、起きたなら私の稽古に付き合ってもらうわ」
そう言うと、リーナはサクヤに自分の剣を渡し、リーナは新しく買った剣を持った。
「稽古って、俺素人だぞ」
「とりあえず私の剣を防ぐだけで良いわ」
するとリーナがいきなり振りかかる。サクヤはそれを咄嗟に防ぐ。
「いきなりかよ!?」
ディナルド王国。それはサクヤ達が住む大陸と海を隔てた先にある大陸の国である。巨大な大陸全てを一つの国として統一しており、その規模は計り知れないものである。人間が「魔族」と呼んでいる種族、「デミス」が大陸の人口のほとんどを占めている。建築技術も違うのか、その街並みは人間の街とは違い、都会ともなると人間の街では見ない高層な建物なども存在している。
ディナルドの大陸の南西側に存在する首都・カラレス。その中央には巨大な王城が存在している。
「エルピロ!エルピロは居るか!」
エルピロと言う人物を呼ぶ声の主はゴートだった。
「お帰りになられましたか」
その男は物音も立てずに静かに現れる。華奢な体格だからか、それとも気配を消すのが得意だからかは誰にも分からない。
「ああ。報告がある陛下に拝謁出来るか?」
「陛下はただいま自室で職務をなされています。少々時間がかかりますがよろしいですか?」
「構わん」
ゴートはエルピロに指示を仰ぎながら身に着けていた鎧を脱ぎ、身軽にする。
「オーエン、エルス、ダラ。お前達は休んでいていいぞ」
「はっ」
ゴートは謁見の間へと足を進め始める。
謁見の間。それは王城の最上階に位置する部屋である。部屋はとても広く高く造ってあり、ここで立食回などを行う事も可能だろう。部屋の奥には玉座が鎮座している。そんな部屋にゴートは一人跪き、陛下を待っていた。すると部屋の奥の横にある扉が開き、三人の人物が入っている。一人は先ほど居たエルピロ。一人は三人の中で一番豪華な服装をしている男性。そしてもう一人はカジュアルな正装をした女性である。
豪華な恰好をした男が玉座に着く。彼が陛下と呼ばれる男だ。そしてサイドにエルピロ、そして女が付く。
「陛下。この度はお忙しい中」
「前置きはいい。本題を話せ。手短にな」
「はっ」
ゴードは深く頭を下げた後に報告を始める。その一連の話を陛下と呼ばれる男は静かに聞いていた。
「以上になります」
「ほう、リーナベルが生きていたと」
「左様でございます。しかし本人には帰る意思が無いとのことでございます」
「では第三部隊は隊長が不在か・・・」
「そのため、リーナベルからは「隊長は任せる」と託っております」
「ふむ、ではそうすればいい」
「はっ・・・」
「ヴェルド・ラ・ヴェルムが命ずる。ゴート。お前はただいまより“リ”へと昇格とする。その勤め、存分に果たすように」
「ははっ!」
「報告は以上か?」
「はっ!」
「では私は職務に戻らせてもらう。ゴート、今日は休め」
「ありがたきお言葉」
ゴートはまた深々と頭を下げ、その後部屋を後にする。
「ラウラ、ゴートの手続きを頼む。私はあの男の様子を見た後に部屋に戻る」
「はい」
ラウラと呼ばれた側近の女は答える。
「エルピロ、例のフレームゴーレムはどうなっている」
「技術部には修理を急がせていますが、まだ分かっていない機構に手間取っております」
「そうか。なるべく急がせろ。彼にも働いてもらいたいからな」
「招致しました。では私はこれで席を外させていただきます」
そう言うとエルピロは音もなく部屋を後にする。
王城のとある廊下。そこでは男が廊下を落ち着きなく行ったり来たりを繰り返していた。
「リーナベル・・・、リーナベル・・・」
その男は自身の親指の爪を噛みながらリーナベルの名前を呟いていた。長髪で顔は所謂イケメンと呼ばれるタイプの美しい顔立ちである。しかし今は機嫌が悪いからか、その顔はあまり美しいと呼べるものではない。
「そんなにリーナベルが心配ですか」
「誰だ!?」
どこからか女の声がする。それは男からするとどこかで聞いたことある声の様であり、聞いたことの無いような声であった。
「これは失礼。私(わたくし)はクラウン。ストルツ・リ・ナナシヤでお間違えありませんか?」
「そうだが、お前は一体」
先ほどまで気配は無かったはずなのに、クラウンと名乗る人物はどこからともなく現れた。顔にはフルフェイスのマスクをしており顔は伺えず、全身を黒いマントで包んでいるため、身体つきも分からない。しかし声からすると恐らく女性であろう。
「私が何者かなど些細な問題でしょう。それよりも、リーナベルは生きていますよ」
「本当か!?戻ってきたのか!?」
「いいえ」
「じゃあどこに」
「人間の村に居るそうですよ」
「人間の村?どうしてそんなところに・・・」
「そこで、ストルツ様。リーナベルを取り戻しに行きませんか?」
「取り戻す?策はあるのか?」
「ええ、少々面白いことを・・・」
何かの策を講じるクラウン。そのマスクの下は笑っているのだろう。
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