第29話 推しから死刑宣告されました
次の日に退院を控えて私は帰る準備をしていた。
といっても大体はセリムとメイドのメアリーがやってくれたので私がすることなんてほとんどないんだけれども。
それでも何かしていないとどうしても落ち着かなくて、何度も棚の中に忘れ物がないか確認したりして時間を潰していた。
「……あー、ユーリたん、なんで来てくれないのかしら……」
一人部屋であることを良いことに私は声を大にして嘆く。
こういう時金持ちの家だったことを心の底から感謝する。
大部屋でこれをしてたら完全に変人になってしまう。
「ダメだわ……もう食事も喉を通らないし……」
ユーリたんの顔を見れなくなってしばらくした頃から食事も残しがちになってきていた。
セリムもメアリーも医者も口を揃えて食べないと元気になれないと言ってくるけどユーリたん成分を補給できないこと自体が一番私の身体を害しているし元気になれない理由なのだから食べたところでどうにもならない。
そもそも背中の痛みはすでにない。
やっぱり身体を動かしたときに少しだけ背中が突っ張る感覚だけは残ったけどそこまで日常生活に支障もないし。
コンコンコン
「あ、はいどうぞ」
どうして来てくれないのだろう、嫌われてたらどうしよう、そんなことを悶々と考えながら片付けごっこにも飽きてベットでごろごろしていれば不意に扉をノックされて入室を促しながら体制を立て直す。
仮にセリムだったとしても流石にあのまま対応するのは不味い。
「失礼します」
「っ……ユーリ! 来てくれたのね……」
だけど入ってきたのは一番予想していなかった人で、私は勢いのままにベットから飛び出しそうになるけど嫌われたかもしれないという感情がそれを制する。
「今まで来れなくてごめんなさい、みんなから様子は伺っていたんだけど……」
ユーリはベットの側まで来ると椅子に腰かけることなくただそれだけ言う。
だけどその顔色はあまりすぐれなくて
「良いのよそんなこと……それよりも大丈夫……? 体調崩したり怪我とかしたわけじゃないわよね……?」
不安になった私はユーリにそう問いかける。
だけどそれを聞いたユーリは確実にさらに顔色を悪くして
「……やっぱり真っ先にそういう心配をしてくれるのね」
ただ淡々とそう言った。
「え、あ、そうね……この間泣かせてしまったことは申し訳ないと思ってるし、言葉選びを間違えたことも理解してるけど……守りたいっていうのは変わらないし……」
どうしよう。
推しなのに、今まで前世ではゲームで、今世は友達として近くであんなにもたくさん見てきた筈なのに、誰よりもユーリたんを理解していると自負してきたのに、今彼女が何を思っていて、どう考えているのかが分からない。
笑ってるわけでもない。
だけど怒っている感じもしない。
それなのに、自分がまた言葉選びをまちがえてしまったことだけはしっかりと理解していた。
「ねぇハイネ」
「どうしたの……?」
感情の読めない声でユーリに名前を呼ばれて、私は震える声で返事を返す。
「私達、同等なんだよね? 友達だよね?」
だけどユーリの質問は単純明快で
「……何度も言ってるじゃない、私達に身分の差は――」
「そうだとしたら、なんで自分が傷付くことを厭わないの……?」
いつものように答えようとすればそれをユーリが遮った。
その瞳は、決して笑ってはいない。
初めて、ユーリにたいして恐怖に近しい感情を覚えた。
勿論それは嫌いになったとかそういうことではなくて、ただただユーリが何をどう思っているのかが分からなかったからだ。
「そ、れは……友達として、ユーリが大切だからで……」
そう、友達としてユーリが大切だ。
もっと本音をさらすのであれば生涯の推しとして、何よりも、誰よりも彼女が大切で、彼女のためなら命すら賭けられる。
「でもあなたのしていることは範疇を越えてる、あなたは友達で、親友で、私の騎士じゃないわ」
「っ……」
ユーリの厳しい言葉に私は身体をピクリと震わせる。
たしかにユーリの騎士はシグナだけれど、シグナだけでは守れないことだってある。
子供の頃も、魔法祭の時も、スターダストインパクト事件の時だって予備知識が私にはあった。
だからユーリに傷ひとつ付けずに守れたのだ。
知識を持ち合わせた上で自分というある程度は仕方ない犠牲を払った代償として、今がある。
「私のことを一番に考えて心配してくれるのは、嬉しいわ、でも、私のせいで消えない傷を背負っても笑っているあなたを見ているのは、どうしようもなく苦しいの、いずれ私のせいでハイネが、死んだらどうしようって……最近なんて毎日のようにあなたが怪我をするのを夢に見る、私のせいであなたが死んだら、私は後悔するし、自分が一生赦せない」
「ユーリ……」
私は気付いたら彼女の名前を口から溢していた。
ユーリがそこまで本気で私のことを想っていてくれているなんて今まで思ってもみなかった。
勿論友達として大切にしてくれているという実感自体はあったにしろ、天真爛漫で強い芯を持っている彼女が、今私のせいでそこまで追い詰められているなんて、考えもしなかった。
だって、どれだけ押しても彼女は誰にたいしても笑顔で対応するし、ぶっちゃけた話私の気持ちどころかアベルの気持ちにも気付いてないんじゃないかとすら思ってるぐらいには天然だと思っていたから。
分かりやすく言えばユーリはどこまで考えているのか底が見えない女性だ。
それはゲーム内でも共通して変わらなかった事実。
「だから今日はお願いがあって来たの」
だから今日のユーリも止まることなくそう言うと、今度はしっかりと私の目を射貫く。
「私を助けるために自分の命すらかえりみずに無茶をするのは、金輪際止めてほしい」
そして、真剣な声色でそう、告げた。
だけど
「あ、え、っと……だ、だめ、で、出来ないわ、そんなことは……だって、それは……」
私はたどたどしく断った。
それにたいして迷うことは、なかった。
それはこれから永く永く続くストーリーからユーリを守ってくれる相手がいなくなるということを安易に意味する。
これはゲームの世界。
人々を楽しませるために作り込まれた起承転結のある世界なのだ。
そうでなくても私が介入してぐちゃぐちゃにしたシナリオから、私以外にいったい誰が守るのだ。
もしここから軌道修正して私はユーリにかかわらず、他の攻略対象、いわゆるアベルとかそこら辺にユーリを差し出すのだって勿論嫌だ。
それくらいなら自分を犠牲にしたほうがどれ程マシなことだろうか。
「ハイネ」
「……ちゃんと考えた、でもやっぱりダメよ、私には、ユーリが一番で、自分よりもユーリが大切だから……」
ユーリは言い聞かせるようにもう一度私の名前を呼んだけど、私はそれでも拒否する意を示す
そうすれば
「そう……」
ユーリは少しだけ悲しそうにそれだけ言って少し後ずさる。
「ユー、リ……?」
嫌な、予感がする。
「それなら、私達しばらく距離を置きましょうか」
「っ……え……」
そしてそういう予感というものは的中するもので、ユーリの一言に雷に打たれたような衝撃が身体を貫く。
「ということで、とりあえず帰るね」
「ま、待って、ユー……リ……!」
ユーリは死刑宣告をしたままくるりと踵を返して部屋を出ていった。
私の虚しい制止の声には耳を貸すこともせずに。
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