第9話 フラグを折って完全勝利ですね

「お邪魔しまーす」

 セリムはドアを開くと堂々と中に入っていく。

「んだお前は! ここどこか分かって入ってきてんのかあぁ!?」

「やだなぁオレのこと忘れちゃったんすか?」

 入り口すぐのところに立っていた見張りの男達がセリムを取り囲む形で睨みを聞かす。

 確かにセリムが言ったように三人の見張りがいる。

「おう、お前らそう警戒すんなや、スクストのガキの大将が何の用だ?」

 スクストとはスクラップストーン通り、所謂この世界におけるスラム街の呼び名である。

 確かにセリムはスクストの一部の縄張りでリーダーのようなことをしている。

 以前私を笑い者にしようとして取り囲んでいた子供達の大将をしているのがセリム、ということ。

 この世界だけの話ではないだろうがスラムに住む子供達とそこら一体を取り仕切る犯罪組織には強い繋がりがあることが多い。

 そう考えればセリムがこの男と面識があっても何もおかしくない。

「いやぁ、売れそうなもん捕まえたんでちょっと品定めしてもらおうか、と!」

「きゃっ! セリム、何する……の」

 セリムは言うが早いか私を押し倒して手首を拘束する。

 文句を言おうとしたがセリムがもう片方の手で優しく私の口元で人差し指を立てる。

 これは、黙っていろということだろうか。

「……んだそのガキは?」

「驚くことなかれ、この女はかのリューデスハイム家の次女、ハイネ・リューデスハイム、つまりは公爵令嬢ですよ、オレの根城によく正体隠して来てたんですけど、まさかそんなご息女だったとは、腹の底ではオレ達ストリートチルドレンをバカにしてたんだろうなぁってんで騙して連れてきちゃいました」

 セリムは言いながらさもチンピラのようにへらへらとバカそうな笑いかたをする。

「……で、俺達にどうしてほしいんだ?」

「買い取って欲しいんですよ、あの恩愛深いと噂のリューデスハイム公爵ですから人質にすればがっぽり身の代金を、もしくは言いなりに出来るかもしれないし、売りに出すなら出すでほら、それなりに見目もいいですからロリコンの変態オッサンによく売れると思いますよ、どうっすか? 安くしときますが」

 セリムはあくまでも下出に出て話を進めていく。

 ハイネの父であるリューデスハイムが恩愛深い人物であるということを知らないものはこの辺りにはいないだろう事実だ。

 冊子にもしっかりそう載っている。

「っ……がははっ! おめぇ将来大物になるぞ! 今日は金のなる木を捕まえて気分が良いんでな、弾んでやるよクソガキ」

「あざっす」

 男は信じきった様子で耳障りの悪い笑い声をあげてから部下に金を用意するように合図する。

「この後さっき捕まえたローズクォーツの姫に魔法でも使わせて酒の肴にしようって話になっててな、どうだ? お前も参加してくか?」

 ローズクォーツの姫。

 ユーリたんのことが話題に上がりこめかみがピクリと反応する。

 今すぐにでも走っていって全力でぶん殴ってやりたい。

 だがそれをすればセリムの作戦がパァになってしまう。

 今はまだ……我慢だ

「いやぁ、酒の良さはオレにはまだ……チョコバーとかあればいいんすけど」

「ははっ! そういうところはまだガキだなぁ! まぁ俺達もガキの頃はチョコバー奪い合ってそこらのガキ共とよく喧嘩したもんだ、いいぜ、お前の縄張りの奴らの分も用意してやるからたんと持ってけ……おい! まだガキ連れて来てねぇのか! 暴れてるんなら何発かぶん殴って大人しくさせ――」

「ぐわぁ!!」

 腹立たしげに怒鳴る男の声を一つの悲鳴が遮る。

「な、なんだお前! 痛ってえ!」

 そしてまた一つの悲鳴と共に一人の男が血を流しながら地面に這いつくばる。

「五月蝿いぞお前ら、何騒いでって……お前さっきのガキじゃねえか」

 親分の男が椅子から立ち上がるのと同時に裏口から入ってきたのであろうシグナがユーリたんを支えながら部屋の中に入ってくる。

「たく……遅すぎて負けたのかと思ったぜ」

 それを見届けたセリムは私の拘束を解いて私の手を掴んで立ち上がるのを手伝ってくれる。

「牢の鍵を探すのに手間取ってしまって……」

 シグナは剣についた血を軽く払うとまた構え直す。

 幼少期のシグナはおどおどしていて自信こそないが剣術に関してはその歳の騎士を目指す子供達と比べても頭一つどころではなくずば抜けた才能と実力を持っている。

 不安症なところがネックだがそれを除けばとても強い。

 だからこそ実際のストーリーでは独りで無双してしまうことだって多い。

 ただのごろつきを相手取るぐらいわけないだろうとは思っていたが骨にヒビが入っている状態では流石に不安はあったのが事実。

「……なんだお前ら、ああ、グルか……おいスクストのクソガキ、ここら一体に幅聞かせてる俺達にこんなことしてこの国で生きていけると思ってんのか? お前だけじゃねぇ、お前の仲間も皆殺しだぞ」

 赤髪の男の言葉にはっと息を飲む。

 そうだ、この組織はここら一帯を取り仕切っている。

 そんな相手にその土地に住むストリートチルドレンであるセリムが楯突けば住めなくなるのも当たり前のことだ。

 ユーリたんのことが先行しすぎてそこまで考えることが出来ていなかったのは、確実に私の不徳。

 それなのに

「はっ! オレには仲間なんて一人もいないぜ、あいつらだってオレがお前達に喧嘩売ったって知りゃあ簡単お前達のほうについてオレをタコ殴りにしてお前に献上するだろうよ、オレたちの関係性っていうのはそういうもんだ」

 セリムは焦ることすらせずに笑ってそう啖呵を切る。

「セリム……」

 まさか、セリムがそこまでの覚悟をして私の手伝いをしてくれていたとは思わずつい、名前が私の口から溢れ落ちる。

「んな顔すんなよ、オレがお前にしたことを考えりゃ当然の報いってな」

 セリムは私のほうを見ると今度はいつものように年相応に笑って見せる

 自分のことを考えていないそんな行動、そんな発言に、思ってくれていること自体は嬉しいのにどうしようもなく腹が立って

「そんなこと言ってる場合じゃ――」

「喧嘩はよそでやってくれや、で、そこのガキが二人やったとして、俺達の仲間はまだまだこんなにいるわけだが、どうするつもりだ?」

 怒りそうになったその時

 それを男が制した。

 そうだ、まだユーリたんを救出こそ出来たもののこの場から逃げるなりなんなりこいつらをどうにかしないといけないのだ。

「……やられる前に、やるだけだ!」

 セリムの言葉を合図に私とユーリたんも杖を構え、シグナは剣を構える。

 セリムに文句を言うのは後回しにしてこいつらを片付ける。

 そうは意気込んだものの子供だけでは不安なのは変わらない。

「そこまでにしてもらおうか」

 一触即発

 そんな状況のなか、低いよく通る声がアジトのなかに響いた。

「っ……なんで……」

 聞きなれたその声に私は慌てて振り返る。

「ごめん遅くなった」

「アベルと……お父、様……」

 そこにいたのは肩で息をするアベルと私の、ここでいう所のハイネの父親、アダム・リューデスハイムその人だった。

「彼が大変なことになっていると街中で声をかけてきてね、無事かい? 私の可愛いハイネちゃん」

 お父様はこの場に似つかわしくないにこやかな顔でヒラヒラとこちらへ手を振る。

 アダムが娘を溺愛しているのはキャラ紹介文でもよく分かるけど実際にこんな風に呼ばれると顔から

火が出そうになる。

「助けを求める相手を探していたらちょうどリューデスハイム公を見かけて、一番あの場で頼れる相手だと判断したんだ」

 アベルのその判断は正しかったと言えるだろう。

「……」

「おっと、無駄な悪あがきはよしたほうがいい、ここら辺一体の警備は呼んでいるし王都の兵にも救助要請を出している、何よりも、今ここには私がいるからね」

 じりじりと動こうとしている男達にお父様は待ったをかけると懐から一本の杖を取り出した。

 それを見て男達は皆ピタリと動きを止めた。

 アダム・リューデスハイム、またの名を魔法公。

 魔法に長けた人物を代々産み出してきたリューデスハイム家のなかでも最高傑作と歌われ若い頃には戦場へと自ら赴き沢山の武勲を与えられリューデスハイムの名をより世界に知らしめたのが彼だ。

 そんな相手に逆らうほどにはバカではないのだろう。

「……ローズクォーツの姫って言ったってただの普通の家のガキだろう、何故そこまで」

 辛酸を舐めたような表情で男が拳をテーブルに叩きつける。

「おや、私が聞いた話では、この国の王子である彼……アベル様と公爵という爵位である私の娘、ハイネを誘拐しようとしてその場に居合わせた別の少年少女を間違えて連れ去ったとの話だったが」

「なっ!?」

 お父様が放った言葉に男は驚嘆の表情を浮かべる。

 逆に私はもう少しのところで吹き出すところだった。

 確かに大げさに伝えろと言ったのは私だがまさかそこまで盛りに盛られた話になっていたとは。

 初めてアベルにナイスと思って心の中でガッツポーズを送っておいた。

「我らがラインハルト王国の未来ある子供達を歯牙にかけようとしたんだ、そんな危険因子は早々に排除するべき、当たり前だろう、無駄な抵抗はやめておいたほうが身のためだ、私は今、それなりに腹が立っている」

「っくそ!……」

 お父様による物腰柔らかでありながらも静かに怒りを込められたその声に男達は皆あきらめたように手を上に伸ばして白旗を上げた。

「捕縛しなさい」

 お父様の合図に周りにいた警備兵達が男達の拘束に動く。

「……お前だけでも!!」

「えっ……」

 だがその瞬間親分格の男が杖を抜いてこちらへと振り抜く。

「フレイムランス!!」

 目の前に迫る炎を前に動くことすら出来なかった私の前にセリムが勢いよく飛び出ると構えていた枝から炎の槍を飛ばしてそれを相殺する。

「せ、セリム……」

「バカお前何気を抜いてんだ!」

 セリムは振り返ると怒った顔をして本気で怒鳴る。

「ご、ごめんなさい……」

 まさか、この土壇場で自分が狙われるとは思わなかった。

 だから、気を抜いてしまった。

 怒られて当たり前のことなのに、セリムに初めて怒鳴られて少しだけ目元が熱くなる。

 やっぱり幼い身体になっているから内心も少しだけ年齢に引っ張られるのだろう。

「くそ! 離せぇ!!」

 そんな間にも男は取り押さえられる。

「リューデスハイム公、この男、いかがいたしますか?」

「……私の愛娘への攻撃は許せませんが、未遂です、他の者と一緒に連れていきなさい」

「はっ!」

 お父様の判断で男はそのまま他の者達と一緒に連行されていく。

「君は、セリムくんと言ったか」

 お父様は名前を呼びながらセリムのほうを向く。

「……なんであんた自分で止められたのにみすみす見逃したんだよ、もう少しで大切な娘が傷物になるところだったんだぞ」

 だがセリムは怒りの孕んだ声でお父様を責める。

 確かに、あの程度の魔法であれば腐っても魔法公と呼ばれるお父様が遅れを取ることなんてあり得ない。

 何か、意図があってあえて止めなかったのだろう。

「貴様! このお方を誰と心得ている! このものも一緒に引っ捕らえましょうか!?」

 ストリートチルドレンが爵位のある人物にたいして怒鳴るなんて当たり前に許されることではない。

 一人の警備兵がセリムを捕らえようとするがそれを私が止める前にお父様が手で制した。

「いや、構わないよ、私は気にしていない、私が動かなかった理由は、君が動くと分かっていたからだ、もし君が止められなかったら私が止める用意はしてあったから大丈夫だよ」

「……」

 お父様は言いながら手元の杖をくるんと回転させれば目の前に竜巻のごとき突風が吹き荒れる。

 詠唱破棄ですでに魔法の発動条件は整えていた、ということだろう。

 詠唱破棄とは呼んで字のごとく魔法の名前を唱えずに魔法を発動するという高等魔法の分類で、そう簡単に出来る芸当ではない。

 流石魔法公と呼ばれるだけはある。

 そこまでのやり取りを見てお父様、ここではアダムと言った方がいいか。

 アダムが何をしたかったのかは理解できた。

 彼は家族に対する愛は強い。

 だから多くのエンディングにおいてハイネが生きているのは彼の力が一員しているのは間違いない。

 だが、それ以上に彼は魔法への強い探求心を持っていることも大きなキャラの特徴の一つなのだ。

「何、危害を加える気はないよ、そんなことよりも君は今自分がどういう状況に置かれているか分かっているかい?」

「……それは」

「お、お父様!」

 私は抗議するように慌ててお父様のことを呼ぶ。

 どういう状況、それはこれから彼がストレートチルドレンとしてこれからどうしていくのか、というところを指しているのだろう。

 あの組織は大きく、他にも仲間やアジトを持っている。

 そんな組織とひと悶着起こしたセリムは少なくともここら一帯では生きていけないだろう。

「ハイネ、大丈夫だよ悪いようにはしないからね、さて、この拠点のもの達を一掃したとして、この組織がそれなりに大きなものだということは理解しているかな」

「……はい」

 お父様に私を守る準備は万全であったとはっきり示されてからセリムのお父様にたいする言葉からトゲのようなものは無くなっていて、ちゃんと返事を返す。

「ということは、こうして喧嘩を売った以上君の言った通り君自身の縄張りにいる子供達を敵に回したことも理解しているということだね」

「……承知の上でオレはハイネに対する贖罪を選んだんだ」

「セリム……」

 セリムの言う贖罪とは、きっと私を騙そうとしたそれで。

 たしかにゲーム本編ではそれが一つの原因となりハイネの性格は拗れていった。

 しかし今はどうだろうか。

 私がシナリオをねじ曲げたことで私には何も弊害は起きていないのだ。

「ふむ、なるほど……君の反射神経や魔法の技術は目を向くものがある、どうだろうか、我がリューデスハイム家に拾われる気はないかい?」

「……は?」

 お父様の突然の申し出にセリムは驚いたように聞き返す。

 そこまで聞いてお父様の考えがやっとわかった。

 前述した通り彼は魔法に対する探求心の強い人物だ。

 つまりは自身で私への攻撃を止めなかったのはセリムの魔法適正力を試したかった、ということだろう。

 娘を溺愛しながらもそういうところはある人だ。

 それに私に分からないが魔法適正の高い人物は魔法適正の高い人物を見分けられるという設定がある。

「我がリューデスハイム家で鍛練を積み、私の愛娘、ハイネ・リューデスハイムの魔法騎士となりこの子を守って欲しい」

 そしてそれは思っていた以上の合格判断だった、ということだ。

「お父様……」

 いきなり私の騎士にとは少し話が飛んでいる気もするが。

「最近のこの子はどうもお転婆がすぎるのでね、身近で誰かに見守ってもらえるなら私の胃の痛みも和らぐというものだ、お互いに悪くはないだろう? 勿論君の意思を尊重するが」

 だけどお父様の困ったような物言いが身に覚えがありすぎて何も言えなくなる。 

「……オレは」

 セリムは考え込むようにうつむく。

 こんな申し出断りたくたって断れないだろう。

 そもそもセリムはハイネに爵位があると知っただけで敵対するほどに身分というものにこだわりがある。

 そんな彼が公爵の家に付き従うなど本望であるはずがない。

「セリム、別の、どこか違う土地でやり直すことだってきっと出来るから……無理に私に付き合う必要は――ちょっ! 何するの!」

 別の土地でやり直す。

 勿論その場合でも何か、王子と公爵令嬢を助けたというお手柄からこちらから手助けをして、と。

 私が考えに考えた提案をしていればセリムが急に私の髪の毛をぐしゃぐしゃとなで回す。

「お前はいつも変なところで気を使うよな、まぁ、それが毎回的外れなんだけど……」

「せ、セリム?」

 セリムは散々私の頭を撫でた後にすっと地面に膝をついて私の手を取る。

「このセリム、温情深きリューデスハイム家に忠誠を誓い、ハイネ・リューデスハイム嬢を身命を賭して守ることを誓います」

 そしてセリムはそのまま私の手の甲にキスをした。

「せ、セリム!?」

 セリム自身が何故ストリートチルドレンなのにこんな言葉と行動を知っているのかで言えば彼が元々は上級貴族の家の出であるという裏設定から理解できる。

 この世界では身分の高いものには魔法適正の高いものが生まれやすいのもまたセリムの魔法適正が高い理由のひとつだ。

 だけどセリムとはこんなにキザったらしいことをするキャラだったろうか。

 いやそもそも彼は幼少期にはほとんど登場していないしそれよりも何よりもこれは乙女ゲーの中であり主人公はユーリたんなのだ。

 それなのに何故友情だとしてもこちらでよく分からないフラグが立っているのだ。

 それだけが分からない。

「なんてな、お転婆なお前を頬っておいたらもっと色んなやっかいごと連れてきそうだから、その保険、オレがしっかり守ってやるよ」

 私が内心焦っていれば真剣な表情から一転けろっとした様子で立ち上がるとセリムは私の手を離す。

 なんだ、からかわれたのか。

 まさかこの歳でこんなショタにどぎまぎさせられることになるとは思わなかった。

「さて、こっちはこれでいいとして、ユーリさんとシグナくんは一応病院へ連れていき精密検査を」

「あ、ユーリさん!! 怪我は!? 何もされてない!?」

 ユーリ、という名前で一気に現実に引き戻された私は慌ててユーリたんに声をかけて安否を確かめる。

「ハイネさん……シグナのことを鼓舞してくれたと聞きました……それに皆も私の為に動いてくれて……迷惑かけて、ごめんなさい、怪我も一応してな――」

「怪我がなくてよかっった……それに当たり前のことしかしてないわ! だって私達友達ですもの」

 私はユーリたんの言葉を遮るようになってしまったが安堵の息を盛らしてからユーリたんに満面の笑顔を向ける。

 今回のイベントにおけるこちらの勝利条件はユーリたんの心にも身体にも傷を残さないこと。

 それが何とか成されたことで身体からどっと力が抜けた。

 ストーリーに、勝ったのだ。

「私も、セリムも、アベ……アベル様も、あなたに謝ってほしいとかはなくて、ただ、何もなくてよかったって、皆、同じ気持ちのはずよ」

 セリムも特に後悔している様子はないしアベル、お父様もいるので慌てて様付けに直したがまぁ彼に関してはユーリたんに一目惚れしているというキャラなのだからそれこそ何の問題もないだろう。

「……まぁ、いきなり君が後をつけると言い出したときと誘拐シーンに遭遇した時は肝を冷やしたけど、僕もユーリ、君に何もなくてよかったと思ってる、それからハイネ……僕のことはアベル、って呼んでもらって構わない、僕もハイネと呼ぶから……ユーリも気軽にアベルって呼んでくれ」

 ほら見たことか。

 私の名前を上手く使って自分を呼び捨てにしてほしいと言い出すような男だ。

 迷惑とかそういうものに関しては何の心配もないだろう。

「……でも、私は没落貴族で……王位や爵位のあるあなた達にここまでの迷惑をかけて……」

 それでも下を向いたままの彼女の手を自然と私は握っていた。

 それは別に、推しとして彼女に触れたいとかそういうものとは根本的に違って

「そんなこと、気にしてる人は一人もいないわ、立場も何も関係なく私はあなたのその優しさと綺麗な歌声に惹かれたんだもの」

 自然体な彼女を見ているうちに私はゲームをプレイしていたとき以上に惹かれていくのがよくわかった。

 だからこそそんな風に自分を卑下して欲しくなかったのだ。

「僕も……そんなところかな」

 アベルもそんなやり取りを見ながらいつものようにハイネ嬢、少し近すぎるのではないか! なんて言うこともなくそれだけ言うと優しくこちらを見守っている。

「オレなんてそんなこと言ったらストリートチルドレンだぜー、この中で一番似つかわしくないだろ、まぁ今は、騎士見習いってことだからー、シグナに色々と教えてもらおーかなー」

「痛った……! あなた、わざと怪我してるところに触ってませんかっ!」

 セリムは言いながらシグナの背中を叩く。

 それにたいしてシグナはげほごほと思い切りむせ返る。

「セリム、やめてあげなさいよ……」

 ゲーム通りであれば骨にヒビが入っているのだ少しは優しくしてやればいいものを、と思って流石にセリムを止める。

「あ、わりぃ」

 すぐに謝罪の言葉が出てきたところを見るとやはりセリムに悪気はなかったのだろうけど。

「っ……そもそも! あなたがボクのことを無理矢理引っ張った時に骨から変な音がっ……」

 シグナは目に涙を浮かべながら怒った様子で私を指差す。

「あら、発破かけてあげた恩人になんて言い様なのかしら」

 私はくすりと軽く笑ってシグナに返事を返す。

「あなた……性格悪いって言われませんか?」

「昔は……それなりに言われたかもしれないわねー」

 この世界に来てからは言われていないが元の世界で生きていたときはそれなりに、まぁ、言われたかもしれない言葉だ。

 それは実物のハイネも同様だろうけど。

 それだけ考えたら意外と似た者同士だったのかもしれない、嬉しくないけど。

「ふっ……あははっ!」

 そんな私達のやり取りを見てユーリたんが堪えきれない、というように可愛く吹き出した。

「あ、やっとユーリが笑ったな」

「お嬢様……!」

 そんなユーリたんを見てセリムとシグナが喜んだ様子を見せる。

「なんか、地位とかそういうものにこだわってた私が馬鹿みたいですね」

「ユーリさんっ……」

「ユーリ」

 そう言いながらユーリたんが浮かべる笑顔は天使そのもので、頑張ったかいがあったというものだ、なんて思っていればつい名前を呼んでしまっていて、ユーリたんはそれにたいしてただ一言、そう返してきた。

「……え」

 私はいきなりのことに間の抜けたな声をあげる。

「私もユーリで良いわハイネ」

「っ……」

「おー、なんか今日一番の笑顔な気がするなぁ」

 こんな未来をいつ想像しただろうか。

 推しから呼び捨てで良いと言われたうえに呼び捨てされる。

 え、私死ぬのかな。

 ありがとう新しい人生。

 言葉につまって口元を両手で覆う私を見てセリムが乾いた笑いを溢す。

「あなた達も、良ければユーリって呼んでください」

「おう」

「君がそれでいいのなら」

 あ、セリムは構わないけどアベルがユーリって呼び捨てにするのは少し癪に触る。

 というかお前は元々ユーリ呼びだっただろうが。

「ごほんっ、さて、若人達の青春を邪魔するのは大変心苦しいが、この場の大人を代表して話を進ませて貰おうかな、ユーリさんとシグナくんは病院へ、王子は私と共に城に参りましょう、勝手に城を抜け出していたことなど色々と報告があります」

「は、はい……」

 城で怒られるアベルを想像して内心ガッツポーズをしていたのはまぁ秘密にしておこう。

「それからセリムとハイネは……護衛をつけるからリューデスハイムの家に戻りなさい、今頃エマがカンカンだろう」

「う゛……はい……」

 だがそれは私も同様だったようで

 頭に角を生やしてカンカンに怒っているエマが簡単に想像できた。

 かくして、シグナ闇落ちルートは無事に回避され、ユーリが傷つくこともなく事件は閉幕したのであった。

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