第16話





 マンションから少し離れたところにある公園。



 大きな遊具がいくつかある広めの公園。



 その公園のベンチに腰掛ける友夜くんの姿があった。





「よかったここにいたんだ。 さっきは笑ってしまって本当にごめんなさい」



 声に反応してこちらを見るがすぐに目を伏せる。




「帰れよ、もうどうでもいい」




「お願い聞いて友夜くん」




「うるさい帰れ」



 力なくそう言う彼が壊れてしまいそうで、ベンチに座る彼の前にしゃがみ込み、目線を無理やり合わせた。




「ごめんね、でも聞いてほしいの」




「話せだの、聞けだの…何がしたいんだよ」




「ごめん」




「…言い訳があんなら聞いてやる」




 目を逸らす彼はやっぱり優しい。





「ありがとう。 笑っちゃったのは本当に悪いことしたと思って反省してる、ごめんなさい」




「あっそ」




「でも悪意があって笑ったわけじゃないの。 今まで友夜くんが嬉しいとか楽しいだとか、悲しいこと腹が立つこと、そういう感情を表に出してるところ見たことがないなって思ってたの」


「それを今日はたくさん見せてくれた。 好きな音楽を話すときの楽しそうな笑顔、なにかに怯えるような悲しい顔、それに必死に怒鳴る怒った顔に泣いてるみたいに怖がる顔。 いろいろな表情を見せてくれて、それが嬉しかった」





 彼はまだ俯いたまま視線を合わせようとしない。




「私を救ってくれた人が言ったの、私が悲しそうな苦しそうな目をしてるって。 それを聞いたとき思ったのは友夜くんも同じ目をしてるなってこと」




「なんだそれ、意味わかんねぇよ」




「私も言われるまで気づかなかった。 でも心当たりあるんじゃないかな? なにかが怖いんでしょ? 苦しいんでしょ? 絶望感があるんだよね? 人を信じるのが怖い? 孤独で気が狂いそうなの? 生きてるのがしんどいのかな? 死んでしまおうかって考える?」



「…もしホントに死んじゃいたいなら私も一緒に死んであげる。 二人なら怖くないでしょ?」





「は? なに言ってんの?」





「でもホントのホントは違うんでしょ? 助けてほしい。 なんで俺だけ。 誰かに聞いてほしい。 誰かと一緒にいたい。 信じられる人がほしい。 誰かを愛したい。 死にたくなんて無い。 全力で生きていたい。 そう思ってるんでしょ? 私も同じだから分かるんだよ」




「お前と一緒にすんじゃねぇよ。 …お前なんかに俺の何がわかる」




「そうだよね、一緒なんかじゃない。 きっと友夜くんの苦しみは友夜くんにしかわからないし、私なんかより友夜くんの方がずっと辛いんだと思う」




「そう思うんならもうほっといてくれ」




「…だから私は何回も言ってるよ? 友夜くんのことを教えてほしいって。 貴方の苦しみは貴方にしかわからない。 私如きがわかるはず無いよ。 だから知りたいの、貴方の痛みを少しでも和らげたい」


「私がそうしてもらったように、私も誰かの救いになりたい。 それが大好きな人のためになるなら尚更ね」




「バカじゃねぇの」




「バカでいいよ。 貴方を救えるバカならそれでいい。 言ったよね? 貴方の色々な表情を見れたことが嬉しかったって。 取り繕う事を辞めて、感情を剥き出しにして私と向き合ってくれてホントに嬉しかったの。 その感情すべてが愛おしかった、私に向ける怒りでさえ」




 また無言になった彼の気持ちが少しわかった。


 何を言ったらいいかわからないんだよね?


 心の整理が出来なくて自分がわからないんだよね?




「少しずつでいいから友夜くんの感情を教えてほしい。 友夜くんがなぜそう感じるのかを知りたい。 少しずつでいいから私は貴方に触れていたい」




「今の話を馬鹿正直に信じろって?」




「信じられなくたっていいよ。 私も完全には信じれてないもん、だから私が人を信じられるようになるのを手伝ってくれたら嬉しい、私も友夜くんが信じられるようになるのをお手伝いするから。 一緒に頑張ってみようよ」




「マジでなんなんだよお前」




 そう言いながら顔をこちらに向ける。


 やっと合わせてくれた目は、やっぱり綺麗で。



 彼の瞳に映る恐怖が少しだけ和らいでいる気がした。



 都合のいい勘違いかもしれないけれど、ほんの少しだけ分かり合えたような、そんな気がした。




「ばかだって、そう思ってるでしょ?」




「そうだな……ばかだなって思ってるよ」



「へへ、きっとバカなくらいが丁度いいんだよ。 知ってる? 私を救ってくれた人もばかだなって思う人なの。 でもそれ以上にすっごく素敵な人なんだよ? 私もそんな素敵な人になりたい」




「…謝らねぇぞ俺は。 お前が勝手にやったことだ」




 不器用な人だなと思った。

 でもそれすら愛おしかった。



「謝って欲しいなんて思ってないよ。 そのかわり私ももう謝らないからね」




「勝手に言ってろ」




「ふふっ」




「……でも一つだけ謝りたいことがある」




「へ?」




「ジッポをさ、投げようとしただろ? その…体を強張らせてたから……怖い思いさせたよな。 …ごめん」




「そんなこと? いいよ別に、実際に投げたわけじゃないんだし」




「そんなこと…だよな。 でも自分の中のケジメだ。 本当に悪かった、ごめん」




「言葉選びが下手でごめん、気にしないでって言いたかっただけだから」




 何かを言いづらそうにする彼を見て必死に謝ってしまう。


 そんな私を見て友夜くんは自嘲のような笑いを漏らす。




「謝んなよ、俺が悪かっただけだ」



「でも…」




「俺が俺を許せないんだ、誰かに好いて貰えるような人間じゃないって改めて思った。 …それだけだよ」




「なんでそんなこと言うの?」




「聞きたい? 別に愉快な話じゃないけどな」




「友夜くんが話してもいいって思うなら聞きたい」




「なにから話そうか…。 今すぐ全部話したいって気分にはなれないけど、少しだけ聞いてほしい…朝陽に」




「わかってるよ。 聞かせて」




「ありがとな。 …って改まると話しにくいな」



 彼は柔らかな笑みを私に向ける。


 初めて会ったときに覚えた違和感。

 無理やり作ったような寂しそうな笑顔。


 

 そんな作った笑顔じゃない、自然で穏やかな笑顔を初めて見せてくれた。




 何を言っても蛇足になるなと思った私は、目で続きを促す。




 友夜くんは頬を掻くと、言葉を絞り出すみたいに話し出す。




「俺には死ぬほど蔑如する人間が二人いる」


「そのうちの一人は俺の父親にあたる人物だ」


「うちの両親は俺が幼い頃に離婚してる。 …理由は色々あるんだが、その内の一つに父親の暴力があげられる」




 顔を伏せる彼は痛みを堪えるような顔をして話を続ける。




「所謂DVってやつだな。 親父の気に入らないことがあれば自分の女だろうが、ガキだろうが関係なくぶん殴る、気に入らないことがなくても殴りたいからという理由でぶん殴る。 …そんな感じだったよ」


「秩序も理屈も何も無い、殴りたいから殴るってなもんだ」




「…酷い」




「でも正直そんなことはどうでもいい、ガキの頃の話だ。 軽蔑はするし、理解したいとも思えない。 でも俺が真に憎んでいるのは、そんな父親に育てられた自分自身だ」


「DVを受けて育った人間は自分の子どもにも暴力を振るうらしいと知ったのは高校生の頃だった」


「大切な人が出来たとして…。 心の底から蔑如する人間と同じ事をするのが怖い、大切な人に平気で暴力を振るえるような人間だと思い知らされてこれ以上自分のことを嫌いになりたくない」


「そう思うと誰かを大切にしたいとは思えなかった。 勿論それだけが理由なわけじゃないけどな。 人を信じられないのと同時に、自分自身も信じてないんだよ」





「そうなるとは限らないでしょ、友夜くんは優しい人だよ。 それにちゃんとそう思えてるなら大丈夫」





「大丈夫じゃないことはさっき自分自身で証明したよ。 ジッポを投げそうになったとき正直驚いた、まじかよ俺ってな。 それとおんなじだけ怖くもなった、やっぱりなって」




「けど投げてない、止まれた。 それに悲しいけど私は友夜くんの大切な人なんかなれてない」



 言葉が止まらなかった彼にそんな気持ちになってほしくなかったから。


 自分を責めてほしくない。




「暴論だろ。 仮に今回はよかったとして、次踏みとどまれる保証もない」





「それでも友夜くんが悩むのはおかしいもん、友夜くんはただの被害者じゃん。 暴力を振るったのはお父さんで友夜くんじゃない、だから友夜くんが苦しんだり自分を憎んだりするのは違うよ」





「俺が言いたいのは自分がそうゆう人間なんだよってこと。 …誰かを好きになる資格も誰かに好かれる資質もない人間だ」





「人を好きになるのに資格も資質も関係ない。 私は勝手に友夜くんのこと好きだからね。 友夜くんが自分を信じられないなら私が信じる。 友夜くんが自分を信じれるようになるまで絶対に離れてやらないから」





「そんな熱いやつだったっけ?」




「熱を貰ったんだよ、大事な人から。 少しだけ私の熱をお裾分けしてあげるね。 …意固地になって逃げてほしくないな、どこまでいってもやっぱりただの被害者だよ。 だからちゃんと向き合ってほしい」




「めちゃくちゃだな」





「めちゃくちゃになったの。 わがままだから絶対に離れないからね」




「…殴っても知らないからな」




「そのときは私も殴り返すね、二倍にして」




「ははは、悪くないな」








 上を見上げる彼につられて私も空を見る。








「星見えないね」






「見えるだろ」






「…そうだね」






「帰るか」






「そうしよっか」








 帰り道、二人して何も話さなかった。



 彼は手を繋ごうとする私を黙って受け入れてくれる。




 私の熱が伝わっていればいいな。



 そう思った。






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