第10話
そうこうしている間に迎えた入学式前日。
それなりの進学校である泉高校において、学生本人の自主性が軽んじられることはない。
ハメを外しすぎるような生徒はいないという信頼のもとで進学校特有ともいえる、ある種の自由が許されている。
もちろんそんなありがたい校風を把握していた私は、入学式前日という日に狙いをつけて美容室に行った。
母親には気分転換に図書館で勉強してくると伝え、家を出る。
小学生のとき、隣に住む当時高校生だったお姉さんがものすごく大人に見えた。
そんなお姉さんが夏休みに染めたミルクティーみたいな色合いのふんわりとした茶色の髪の毛。
そのやさしい髪色に強烈な憧れを抱いた。
大人になったら私もあんな髪の毛にするんだ、と思い続けていたが、気づけば当時の彼女と同じ年頃になっている。
私もあの憧れの髪色にしておしゃれをして、高校生活を楽しむんだ。
ほとんど使い道の無かったお小遣いは、お化粧道具やコンタクトレンズを購入する資金として十分だった、あとは髪の毛を染めるだけだ。
一日で全ての工程をしてしまうと、発色がうまくいかなかったり髪へのダメージが大きいので数日開けた方が良いと助言されたが、私にそんな猶予は許されていなかったので突貫工事で染めあげた。
眼鏡をやめて、動画を見ながら親に隠れてお化粧を練習する日々、そして遂に髪の毛も整えた。
美容室のお姉さんが美辞麗句を並べて褒め
鏡に映る私は、自分から見てもまるで生まれ変わったかのように思えるほどだった。
家に帰るともちろん怒った母に、生まれて初めて抵抗する意思を示した。
勉強を疎かにしないこと、テストの順位は必ず十位以内に入ることを条件として提示したが、にべもなく断られる。
努めて冷静に訴えかけ続けたが、平行線を辿る言い合いに嫌気が差した私は部屋に籠もった。
次の日から私を見る母の目はより冷たいものになる。
それでもその日から、家族のこと以外は順風満帆な日々を過ごした。
アルバイトは怖くて始められなかったけど、クラスの中心にいられたし、おしゃれすることにもどんどんとハマっていった。
なにより沢山の友だちに囲まれる日々が楽しかった。
一年生の九月に行われた文化祭の日までは。
二日間に渡って開催された文化祭が終わり、打ち上げに行こうかというときに呼び出しをうけた。
人生初の告白、それも学年で一番人気のある男子から。
そしてその男の子は、私の友だちでありスクールカーストの頂点に位置する女の子の思い人でもあった。
私は迷う素振りも見せずに断った。
友だちを裏切りなくなかった。
次の日学校に行くと告白されたことが知れ渡っており、そのことについて問い詰められた。
やましいことがないので、すべて正直に答えた私に対して、彼女が見せた反応は燃えるような怒りだった。
ブチギレた彼女は何処から入手したのか、中学生時代の私の画像を学校中にばら撒くのと並行して、高校デビューの売女であるとしきりに吹聴して回った。
噂の発信元が自分であるのは巧妙に隠しながらである。
初めのうちは弁解して回った、だが噂の出回るスピードと火消しをして回るスピードでは明らかに出回る速度のほうが早かった。
写真については弁明の余地もないし、弁明する必要性があるのかもわからなかった。
学校中の全員が噂を周知するころ、上層であったスクールカーストは地に落ち、誰からも相手にされず無視をされる状況が出来上がっていた。
こうして私の高校生活は死んだ。
社会的に死ぬとはこういうことをいうのだろう。
沸騰する頭で走馬灯のような記憶に思いを馳せる。
なぜ母親は私を見てはくれないんだろう。
なぜ父親は私を助けてくれないんだろう。
なぜ彼は告白なんて事してきたのだろう。
なぜ告白されただけの私がいじめられるのだろう。
何故わたしだけがこんなに苦しまないといけないの?
無意識のうちに詛呪のような悪口を吐き続ける女子たちの前で俯いていた。
「あんた急になに? 気持ち悪いんだけど」
「なんで?」
「はあ?」
「なんで?」
「なんだよさっきからボソボソ喋って、そういうのがキモいんだって」
「なんで私のこといじめるんですか」
自分でも信じられないくらいの大声で叫ぶ私。
「まじでなんなんだよ急に、いじめてなんかないでしょ」
「じゃあ毎日毎日毎日毎日、私の悪口言うのやめてください」
「悪口なんか言ってねーよ全部事実だろ、まじでキモいんだけど」
「気持ち悪いのはあなたたちの方です、私一人にねちねちと飽きもせず毎日毎日、謝ってくださいよ」
「うるせぇな」
「謝ってくださいよ」
ひときわ大きな声で絶叫する。
「頭おかしくなったんじゃねーのこいつ、気味悪いしもう行こ」
そう言って退散していくいじめっ子たち。
目を合わせないようにこちらを伺う周囲の目線に耐えられず、早退の申請をして学校を出た。
泣きたいのに涙は出ない。
すっきりしたけどモヤモヤする。
そんななんともいえない気分で向かったのはバイト先の扇。
「いらっしゃいませ、あれ?朝陽さん?」
お昼の営業も終わりそうな時間なので店内に他のお客さんはいなかった。
「おつかれさまです、お昼ごはん食べてもいいですか?」
「もちろん、何にする?」
メニューから目を離さずに何も答えない私に痺れを切らしたのか店長は続ける。
「それか、なにか好きなものはある? 作れそうなら作ってあげるよ」
「好きなもの…ですか?」
「そう、朝陽さんはどんなものが好き?」
「私の好きなもの……、オムライス、…唐揚げ、…ハンバーグにエビフライも好きです、あとはフライドポテト、…お寿司、焼肉とか…ですかね」
「そっかそっか、じゃあ今ある材料で作れそうなもの作っちゃうから少し待っててね」
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
しばらくすると、おまたせという声がしてテーブルの上にお皿が置かれる。
お皿には大きなオムライスと唐揚げ、それに小ぶりなハンバーグまで乗っていた。
「おいしそう、…いただきます」
「召し上がれ」
優しく微笑む店長を横目に、バクバク食べ進めていくと何かが頬を伝う感触に戸惑う。
「あれ、おかしいな」
必死に止めようとするけど止まらない。
「温かくておいしいのにどうして」
オムライスはまだ少し残っていたけど、声を殺して泣き続けた。
誰にも見られたくなくて顔をテーブルに置いた手の上に埋める。
泣き疲れた私は、いつの間にか眠りに落ちていた。
「ごめんなさい」
そう言って飛び起きる、ひどい悪夢を見ていたようだ。
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