第15話 救済
異能強度、という概念がある。その異能に必要な魔素量や、他の異能とぶつかった際の優先度等を示す指標であり、それはG〜SSの計9段階で示される。
その点において、道國は。
「【
「【彗……星】!」
S。最上位である。
対する晴継はBが精々。彼の異能は、使用する魔素量こそ膨大だが、優先度が異常なまでに低い。
結果として、弾丸の如く飛来する塔とぶつかった【彗星】は、その光ごと微塵となって砕け散った。
当然のことだ。異能を用いて魔王を制し、立ちはだかる全てを殺害できるよう調整された存在、それが駄作衆であり、道國は間違いなくその1人なのだから。
(ステゴロの方が良さそうだな)
(……ステゴロで行く、とか思ってんだろ)
両者、思考は同じもの。
晴継は足裏に【自転】や【公転】。主に攻撃に用いる両手に【隕石】や【彗星】を準備。触れるだけで惑星級の衝撃が伝播する、極限の装甲だ。
しかし道國が、ステゴロをすると分かっていて尚何もしないはずもなし。縮小し、鎧のような形状になった塔や城を、全身に纏う。その名を……
「【
ひと手間を省いている。
晴継の作ったような装甲は、接触と同時に意識的に魔素を流し、衝撃を与える仕組みだが……道國のソレは、触れた時点でダメージが入る。
さながら、薔薇の棘のように。
加えて、道國の異能で操るものである以上、防御力や身体能力も底上げされる。天体の移動動作を用いることで優位に立っていた晴継の身体能力だが、今この瞬間、それすら対等となったのだ。
「戦ろうぜ、ステゴロ」
「以心伝心だね……まったく」
閃光。破壊。爆音。
晴継の右頬を掠る尖塔。血飛沫。躱し、流す動作と共に、【隕石】を。肘部分の城を破壊するが、瞬時に修復し、寧ろ棘によるダメージが入った。
不利、ではない。噴き出る血液を目に飛ばし、一瞬だが道國の視界を潰す。
跳躍し、道國の首を掴む。鎧により重量の増した道國だが、下方に向け放たれた【隕石】の動作を止められるほど、その重量はない。
「ぐっ……!」
「へし、折れるかもね……!」
押し倒すために、【隕石】。そして、倒れた道國の動作を停止させるために……【彗星】。
めぎゃ、という音と共に、道國の全身が停止した。晴継が力を抜いた瞬間、どくん、と跳ねる身体。
「【
地下駐車場でも見せた技である。
ダンジョンの天井が渦を巻き、もはや塔というよりもランスの如き形状の尖塔が……
「なっ……」
いかな晴継とて、ダンジョンの1階層分の重量を破壊することも、ましてや受け止めることなど不可能。【公転】の付与も、こうも広範囲には及ばない。壊滅的な轟音を聴きながら、再び埋もれた。
更に、その尖塔を破壊しながら進む、【
道國は確かに確信していた。
(もうボロボロなんだ……これ以上、起き上がったとてなんもできねえ……分かるだろ、テメエなら)
どこか悲しいと思っている自分がいる。
救われたいと理解した。晴継なら、そうしてくれると信じていた。駄作衆としての全力を発揮する自分を殺して、人として救ってくれるのだと。
思い違いだったようだ。ああ……苦しい。この感情を理解したまま、もう一度駄作衆として……
「何、勝手に諦めてるんだい……!」
名を、【彗星群】。
質量爆弾と化した尖塔を破壊しながら、晴継が飛び出した。獰猛な笑みを浮かべた道國の顔面を掴み、異常な速度と膂力をもって、地面へと叩きつける。
抵抗として尖塔を出現させるが、完全に顕現したものに対して、異能強度の概念は意味を持たない。
【隕石】で破壊。振り上げられた晴継の手刀が纏う光は、陽光よりも、月光よりも輝いて……
「【
巡る月の光は紅く輝く。
手刀が振り下ろされると同時、道國の全身を覆う装甲は砕け散った。月の公転動作に伴うエネルギーが、その強固な装甲を破壊せしめたのだ。
全身の骨がヒビ割れる。道國はもはや動けないほどにダメージを受け、そして。戦闘生命である駄作衆が、動けないということは……即ち。
「あー……死んだな、おれ」
「そう。俺が殺した……道國くん」
明るい笑みを浮かべながら、道國と晴継は握手を交わした。長い長い戦闘の地獄の只中から、道國はようやく救い出されたのだった。
兼義を担いだガレンが姿を現す。2人の有様を見て、どうやら道國が負けたらしいことは、すぐに理解したようだ。諦めたような笑みを浮かべる。
すぐに、ジ・グ・デーヴァの頭を咥えた咆哮院も辿り着いた。ガレンも、デーヴァも、ガレンの用意した配信者たちも負けた……この勝負は。
「俺様たちの負けか……まさか俺様がなあ……」
悔しがるようなセリフを吐きながらも、その顔はどこか晴れやかだった。カメラに向かって、自分たちの完全敗北を宣言する言葉を喋っている。
「これからどうする?」
「とりあえず秀作衆って名前に変わろうかな」
楽しげにそんなことを話す晴継と道國。
兼義とガレンを巡る闘争も、これにて完全に終わりを迎えた……
「遊びの時間は終いだ、童共」
かに思われた、その時。
最初に動いたのはガレンと道國だった。防御に全力を割いた異能の発現。しかし、その声の主が、丸太のように太い右腕を、横に薙いだ、それだけで。
「がはっ……」
「バ、ジャルゥ……!」
血を吐いて、壁に叩きつけられる。
衝突の瞬間、ガレンが下敷きになったことで道國のダメージは軽微だったが、ギリギリ意識を保っていられる程度。ガレンは完全に気絶している。
(カメラが止まってる……?)
晴継がそれに気付いた。
声の主は、とにかく巨大だった。黒塗りの王冠を頭に被り、巨躯を覆い隠すほどのマントを纏い。四肢の一つ一つが、冗談のように太かった。
脈打つ血管はグロテスクでさえあり、冗談のように巨大な筋肉は、本能的な恐怖を覚えるほど。
「5分……と言ったところか。千崎道國。汝の処罰は帰還してからとする……他2名、立て」
警戒態勢としてしゃがんでいた晴継と咆哮院は、それだけで立ってしまった。命じられれば、そうせざるを得ないほどの威圧感。
「待てや、バジャル……テメエ、なんで」
「汝の思考回路に関する欠陥を放置していたのは、完全にこちらのミスだ。だが、だからといって汝が好き勝手に我らを裏切っていい理由にはならん」
バジャルと呼ばれた大男が、足元を踏み砕いた。
異常な脚力。同時に浮き上がる石の欠片を、その巨大な手の中に包み込み、道國へと振りかぶる。
「【
ドゴゴゴゴゴ! という轟音が響いた。
道國の四肢の付け根と、胸の中心を石の礫が穿った音だった。反抗的な視線を向けていた道國だったが、すぐに痛みと失血により気絶してしまう。
若造が、と呟きながら、晴継たちの方を向き直るバジャル。その視線が交差した時、晴継は。
(……恐ろしい)
足が竦んで動けない、という感覚は。
(こんなにも、恐ろしいものが)
2度目だった。
「小生が……贄と、なりましょう」
晴継が言葉すら失っていた時、咆哮院が前に出た。胸の前で手を組み、バジャルを睨みつけている。
「魔王、咆哮院。贄、とは?」
「小生があなた方の奴隷となりましょう。なので、晴継殿たちは……どうか、見逃していただきたい」
「つり合うと思うてか」
「はい」
やめるんだ、という声すら出ない。
バジャルは数秒咆哮院を見つめ、そしてため息を吐くようにして、小さく、小さく笑った。
「その通りだ。とは言え、そこな童共を始末せねばならぬことも事実……いいだろう。7日だ。7日だけ、汝の身柄を拘束することで、童共に猶予をやろう。7日後、ここで、童共を殺す。確実にだ。童共、もし来ねば、魔王咆哮院は確実に手出しできぬ場所に封印する」
「咆哮院……!」
バジャルのマントの中に消えていく咆哮院の後ろ姿を見つめながら。
晴継たちは、その場に取り残された。
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