第41話 参拝のマナー
あかりとぼく、そしてニシくんと和泉さん。
四人で本殿への行列に並んだ。
少しづつしか進まない列。目の前のカップルは大学生くらいだろうか、喧嘩でもしているらしくあまり口をきかない。
赤赤と燃えている松明の横で立ち止まると、体の半分が熱かった。一段づつ、階段をのぼる。
和泉さんはさっき話しすぎたと思っているのか、黙っている。
ニシ君はあかりに「冬休みなにしてた?」とか質問しては無視されている。
あかりは黙っている。
ぼくは三人を交互にチラチラのぞき見している。
さっき、あかりを見つけたとき、和泉さんとの壁が一瞬消えたように思えた。でも、今はまたやはり薄い膜が二人の間に横たわっているのが感じられる。
もう前みたいに、彼女がぼくの前で自然な笑顔を見せることはないかもしれない。そう考えると、鼻の奥がちょっとツンとした。
ゴオォォォオン。ゴオォォォオン。
百八つの煩悩のうち、いったいいくつまで浄化されたころだろう。やっと賽銭箱が見えてきた。ニシ君が首に巻いていたグレイのマフラーを取り外した。
「ホラホラ、森中クンも、和泉サンも」
ぼくはマフラーを、和泉さんは襟巻きをそれぞれ慌てて外す。ぼくに促されあかりもノロノロと従う。
いつものあかり。それが少し残念で、少し安心した。
ニシ君はそんなあかりを見て、
「あ、ほら。来栖さん、帽子もとらなきゃ」
と声をかけた。
無視するあかり。
「あかり。帽子」
ぼくが言うと、ひょい、とあかりはニット帽を外した。
ぼくらはまた目を丸くすることになった。
あかりの前髪は短く切られていた。
というか、短すぎてほとんど無いも同然だった。
向きだしになったおでこに一個赤いニキビが出来ている。ギザギザと無造作に切られた前髪を隠しもしないあかりを三人でポカンと見つめた。
「え?ちょ、なんで?」
ぼくは自分でも驚くような裏声で叫んでしまった。昨日までは確かにあかりの前髪はいつもどおりに長く垂れ下がっていたはずだ。
ぼくは切っていない。
「いつ切った?え?なんで?」
あかりは、返事もせず、そのかわりに小さくクシン!とくしゃみをした。
そりゃ風邪もひくよ。
あかりはいつものとおりの無表情で突っ立っている。明らかに自分で切ったのだろう、まるで小学生のようだ。
あきれはてた顔で横を向くと。
ニシ君がいったん脱いだ帽子を目深にかぶってなぜか照れていた。
え?どういう反応?わけわかんないんですけど!
ニシくんは顔を真っ赤にして意味不明の英単語を発している。その動揺っぷりとは対象に、あかりは微動だにしない。
明るい視界にまだ慣れないのか、少し眩しそうにして鼻を一回小さくすすった。
「いや、その反応へんでしょ!なんでニシ君が照れてんの?なんであかり平気な顔してんの?なんだこれ!」
「ぶほッ」
横で豚の鳴き声のようなくぐもった声がした。振り向くとそこには、激しく咳き込む和泉さんの姿があった。
「だ、だいじょうぶ?」
「ぶふッ、ゴボッ、エヘン、エヒュン、ぼふッ」
よく見れば咳にごまかして彼女は爆笑していた。涙を流して、細かく体を震わせている。
「ご、ごめん。ニシ君が、あんな顔するの見たことなくて…」
気持ちを落ち着かせようとふうーと深呼吸をしたりしている彼女が可愛くて、可愛くて。
「ハハッ」
自然に笑顔になっていた。
「……へへ」
ぼくが笑うと和泉さんも笑った。
夏祭りのお囃子が聞こえてくる。いやちがう、神社に奉納する能だか狂言だかのお神楽か。
和泉さんがいつものように笑ってくれたのがうれしくて、心の奥底からくすぐったい笑いがこみあげてくる。
真っ白な息を吐きながら、ニシ君はまだ赤い顔を両手で覆っていた。冷たい北風が、あかりのおでこにひゅうひゅう当たっている。
ゴオオォオオン。
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