第31話 幼馴染という腐れ縁
あかりは、ぼくの目をみつめていた。
「どうして泣くの」
あかりは言った。
ぼくはいつのまにか泣いていた。七歳のこどものように。
傷は開いてしまったのだ。大好きな人に触れようとしたその時に。あかりは全てを知っていた。だから扉を閉じたのだ。最初から傷つかずにすむように。
かわいそうなあかり。
かわいそうなぼく。
「あたしがいるよ」
泣いているぼくに、あかりは顔を近づけた。
熱を測るみたいに額をコツンとあわせる。
「あたしには圭ちゃんしかいない。圭ちゃんしかあたしを見てくれる人はいない。あたしも圭ちゃんしか見ないから」
それは力強い声だった。自分に言い聞かせるような、きっぱりとした言い方だった。ぼくはゆっくり顔をあげる。キスできるくらいの近くにあかりの顔がある。
あかりも泣いていた。泣きながら、微笑んでいた。
あと少しで唇が触れそうな距離。ほんの少し近づけば。
でも。
ぼくは顔をそらし、そのかわりあかりをぐっと抱き寄せた。細い、細い肩があの時みたいに震えていた。力一杯抱きしめると、あかりはぼくの背中に手を回して負けないくらい強い力でぼくを抱いた。
ぼくも震えていたのかもしれない。
「圭ちゃん」
あかりが声を絞り出す。小さな小さな声。
「ごめん」
ぼくは無言であかりの肩に顔を埋める。涙が溢れて止まらなかった。八年分の涙が、かさぶたの下から血のように噴出してきたようだった。
「わがまま言ってごめん」
静かな声だった。
「私の話を聞かせて、ディズニーランドに行けなくて、助けてもらって、閉じ込めて、そばにいさせて、」
体をそっと離す。あかりはうつむいていた。両手はぼくの肩に乗せたまま頭を垂れている。
「本当にごめんなさい」
沈黙がぼくたちの間を流れていく。
いいよ。
ぼくたちは幼馴染だ。
たまたま家が隣で、親同士が仲が良かった。たまたま同じ時期に妊娠し、――-考えると少し気持ち悪い偶然だが――一週間違いでぼくたちはこの世に生を受けた。
そう、ぼくたちの関係は偶然からはじまった。
来栖あかり。そしてぼく、森中圭。
ぼくたちは世に言う幼馴染というやつだ。
兄弟では無い。
家族ですらない。
偶然からはじまった赤の他人。なのにどうしてぼくたちはこんなに縛られるのだろう。ぼくとあかりは、どうしてこの鎖を切れないのだろう。
歳月がぼくたちをゆっくり濃くしていき、あの一件がぼくたち二人を縫いつけた。それはもう偶然というよりも運命というものなのかもしれない。
いいよ、あかり。ぼくもあかりをずっと見てるから。あかりもずっとぼくを見ててくれるよね。
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