第24話 雨、のち、晴れ


 次の日は嘘のような快晴。

 雨で濡れた道路も、登校時間にはすっかり乾いてからっとして気持ちが良かった。

 

 いつもどおり、あかりを引き連れて登校する。昨日のもやもやした気持ちは、雨雲といっしょにどこかに行ってしまったようだった。

 青空を見上げて大きく深呼吸する。

 腹の中のすべての空気を出し切ると、澄んだ空気で体の中が満たされていく気がした。

「クシン!」

 後ろで影が小さなくしゃみをした。


 教室にはすでにみんな揃っていて、おばけ役のメイク中だった。高橋と立ち話していたら、

「はいはい男子はそとでてー」

 着替えが始まり、廊下に追い出された。今日もぼくたちの出番はなさそうだった。

 しかし、二日連続同じ面子でまわるなんていくらなんでも淋しすぎる。

 和泉さんを探す。残念ながら、彼女は仲の良い女子と楽しそうにどこに行くか話していた。

 高橋は何人かの女子に声をかけていたが見事に玉砕し、とぼとぼと設営班に戻ってきた。

「ううう、やべえ。あとは他校の女子をナンパするしかねえ」

「ハイハイ。がんばって」

 ぼくは呆れながら投げやりに言った。橋田が

「三年A組が、鉄道模型の展示やってるみたいだよ」

とうれしそうにぼくたち二人を手招いた。高橋が大きなため息をついた。




 三年A組に向う途中、またもあかりがいないのに気がついた。でも、そんなことは普段なら当たり前のことだ。いつもいつも一緒なわけじゃない。ましてや文化祭なんて特殊な環境下で男女二人で行動するというのは非常な誤解を招きかねない。

 昨日と同じに、どこか人気のないところで過ごしてるんだろうと自分に言い聞かせる。昨日のことを思い出して嫌な予感に胸がざわついた。でも。

 あかりはだいじょうぶだろう。

 今日は客も多いし、あかりにかまっている余裕なんてないに決まっている。そんな暇があったら、ニシ君を直接誘うことに力を入れるほうが余程有意義だ。

 あかりを連れていこうかとも思った。高橋も橋田もいやとは言わないだろう。

 でも。でも。

 鉄道模型なんて興味無いだろうし。ぼくも無いけど。だいじょうぶだよな、あかりは。ぼくは誰ともなくまた言い訳をする。

 

 意外なことに鉄道模型は、なかなかのものだった。橋田の先輩とかいう人がやって来て細かい説明をしてくれた。

 よく似たタイプでまるで兄弟のようだった。

「やや!シグナル類もスピードもデジタル制御ですね!」

「裏側配線に苦労したよー」

 楽しそうに盛り上がる美術部。全く会話に入れないぼくと高橋。

 鉄道模型も面白いけど、ずっとここにいるも辛そうなのでここで分かれることにする。

「いやあ、鉄道模型も奥が深いネ、森中くん」

「そうだね、高橋くん」

 ディープな世界から抜け出して、ほっとする二人だった。すると、後ろから

「おお!高橋と森中じゃーん!」

 底抜けに明るい声がした。クラスメイトの佐々山さんだった。

「なになにー?男二人でまわってんのー?うわ、さみし」

 佐々山さんがうひゃひゃと笑った。

「ひでえ」

 高橋はぼくにヨヨヨとなきついてみせた。寄りかかる高橋を引きはがす。

「こらこら、ナオってば」

 佐々山さんの後ろから、ひょこっと出てきたのは和泉さんだった。

 そういえば、さっき彼女と話してたっけ。ぼくの耳ににわかにハレルヤの音が聞こえてきた。


「ねえねえ、ココって行った?」

「行ってない。D組の喫茶店はコーヒーくらいしかなくてしょぼかったよ。二年のほうが良さそう」

 高橋の持っているパンフを佐々山さんが覗き込む。ちょっと貸しなさい、とひったくってフームとどこに行くか熟考しはじめる佐々山さん。俺にも見せてよー、うるさい、とじゃれあっている。

 その横で和泉さんとぼくはぼーっと立っていた。お、いかんいかん、せっかくのチャンスだ。ぼくは話の糸口をつかもうと必死に脳をフル回転させる。

「あのね」

 和泉さんが先に口を開く。

「ニシくんと話して、今日はわたしがお休みもらったの」

「あ、そうなんだ」

 つまんない返ししか出来ない自分に内心歯噛みする。

「うん。実行委員って毎年なにも見れないで終わるんだって。それじゃつまんないからって。さすがニシくんだよね」

「ほんとだね」

 さすがニシ君。

 軽く嫉妬をおぼえたが、結果的に和泉さんと会えたのも彼のおかげだ。ぼくは素直に感謝する。

 和泉さんは、持っていたちっちゃなバッグから二つ折りのパンフを出してえへへーと笑った。

「行きたいとこいっぱいあるんだあ」

「あ、一緒に」

 行く?と誘おうとした瞬間、

「おタマー。どうする?」

 佐々山さんが駆け寄ってきた。和泉さんの本名は和泉珠子という。本人は名前にコンプレックスがあるようだけど女子は親しみを込めておタマとかタマとか呼んでいる。

「まずは、劇部のステージ行こうよ。ユリエとか出るし」

「あ、いいよ」

 がっくりと肩を落すぼくに、佐々山さんの明るい声がした。

「森中たちも一緒に行く?」

 リンゴンリンゴン、鐘の音がたしかに聞こえた。

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