第23話 文化祭の初日なんてこんなもん
両手をあげてニシ君が珍妙な掛け声を叫ぶと、みんながおおおっとガッツポーズをとった。
ぼくらのはじめての瀬田高祭がはじまった。
とはいえ、今日はぼくたちはやることがない。ニシ君は
「いろんな店とか見てくれば?軽音が一時からライブやるらしいし」
と言ってくれた。
ありがたいが、淋しいことに設営係は全員彼女がいない。しかたないので、なんとなくみんなでうろうろすることにした。
あかりは人ごみに紛れていつのまにか消えていた。
「来栖って森中の何なの?」
あかりがいないのを確かめて、橋田がふいに聞いてきた。
「幼馴染」
ぼくはそっけなく言って、すぐに話をそらす。 彼の好きな鉄道について質問すると、もうあかりのことは忘れたかのように饒舌になった。
あれ行きたい、これ食べたい、とうるさい高橋に付き合うかたちであちこちまわった。
初日で校内だけなので、どこも段取りも悪くどたばたしていた。ひどいところはまだ内装がすんでいなくて、お客にコーヒーを出す横でティッシュで花をつくっているなんてこともあった。ぼくたちはその喫茶店で自分たちが間に合ったことにコーヒーで乾杯する。まわりをみるとけっこう男同士女同士でまわっているやつらも多くて安心した。
あかりはどこでどうしているのだろう、とふと思う。
ぼくも四六時中あかりとばかり一緒にはいられない。そういうとき、あかりはたいてい教室にいるけれど、時々いなくなることがある。
ぼくにもあかりがいつもどこにいるかよくわからない。
でも前に、
「ねえ知ってる?屋上にあがる階段あるじゃん。あそこ、使ってない机とかが山積みなの。消防法にひっかかりそうな感じ」
とか言っていた。
しかたない。あかりがのぞんだことだ。ぼくはじんわりと感じている罪悪感にむかって言い訳する。ぼくだって文化祭を楽しんだっていいだろう。あかりがついてこないのが悪いんだ。 言い訳は心の中でひとしきり積もったが、ぼくは心の底からは文化祭を楽しめず、そんな気持ちにさせるあかりに少しならず腹が立った。
教室に帰ると、おばけ屋敷はなかなか盛況だった。
ニシ君の人望の賜物か。その立役者の姿は見えない。
「ひえええええっ!」
高橋のすっとんきょうな叫び声が廊下に響き渡った。振り返ると、高橋の横にゾンビがいた。正確にはゾンビマスクをかぶった男子生徒だった。ゾンビはマスクをはずすとケラケラ笑った。
「ごめん、そんなに驚くとは思わなかった」
ニシ君はクククと楽しそうに言った。高橋はやべえと連呼し、みんなでビビリを笑ってやった。
「森中、どこ行ったの」
「んー、二年の喫茶店とか。あ、G組の自由の女神すごかったよ。あれよく間に合ったなあ」
「フーム。来栖サンはいっしょ?」
「え?」
振り返るといつのまにかあかりが立っていた。
「ひええええええっ!いつのまにっ?」
ビビリ高橋が大げさに騒ぐ。
しかしこればかりはぼくも同感だ。忍者かこいつは。あきれつつもそっと安堵のため息をつく。
「あか、来栖とは別行動だったから」
ぼくの言葉を聞いているのかいないのか、ニシ君はうーんとのびをした。
「そっかあ。じゃあおれも休憩して、行ってみようかなあ!」
と言うと、持っていたゾンビマスクをひょいっとぼくに渡して
「来栖サンも一緒に行くかい?」
と笑顔であかりを誘った。
とたんに近くにいたニシ君ファンが一斉にぐるっと振り向いた。その女子の軍団はそれこそゾンビのように恐ろしげに見えた。
しばらく沈黙があった。
固まるぼくと設営担当一同とニシ君ファン。あかりはもともと銅像のようにそこに突っ立っている。
つまりニシ君以外のそこにいる全ての人間が、魔法でもかけられたように石になった。
あかりは全く反応を示さない。
自分は空気です、というように誰よりも自然に石になりきっていた。前髪に隠れた目はどこを見ているのか。ぼくにも全くわからなかった。
ややあって。
ニシ君は何も言わないあかりにニッコリと笑顔を向けて、
「そっかー失敬失敬」
じゃマター、と軽く手をあげて立ち去った。
あかりに向ってくるキツイ視線を感じながら、ぼくはニシくんがどうしてあかりを誘ったのかずっと考え続けていた。
この事があってあかりを一人にしたらまずい、と思ったぼくはみんなと別行動をとることにした。体育館の避難用外階段、といういかにもなところに場所を確保し、あかりと避難した。
何も食べていなかったあかりに焼きそばを買って持っていった。
「あかり」
「……」
「どっかまわりたいところあるか?」
返事はなかった。
ないのか。
『ぼくと』まわりたいところはないのか。
なんて卑屈な考えをする自分も、学校では一言も口をきかないあかりにもうんざりして、それからはぼくも何も言わなかった。ぼくらの前には滴り落ちる雨粒しか見えない。
そうしてそのまま無意味に、文化祭の初日が暮れていった。
明日が本番なので、今日はみんな早く帰ることになった。
家の前に着いた時、あかりに声をかける。
「飯食べに来る?」
あかりはぼくに背を向けたまま
「んー、今日はいいや。なんか疲れた」
と答えてドアを閉めた。疲れたのはぼくだ。ため息をついて、あかりの家を背にする。
家は暗く、まだ誰も帰っていない。ぼくは部屋に入るなり、カバンを床に叩きつけてベッドに倒れこむ。
何だか知らないけどイライラとして落ち着かなかった。そんな風になっている自分にまた腹が立った。わけのわからない負のスパイラルに巻かれて、ぼくは息ができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます