Episode.10 過去

___話しておかなければならないことがある。



 Hホムと一緒に美味しいサンドイッチを食べていると、暗い顔でそう言われた。

話しておかなければならないこと。それは一体?


「第8はさ、本当はもう一人いたんだ。」

「“いた”ってのは?」

「死んじゃったんだ。半年前に。」


 突然Hから告げられた衝撃の事実。あまりにもHが淡々と言うので驚きでヨウは言葉が出なかった。過去に第8にいた人が亡くなったらしい。


「それは、どうして、、、、?」

「自殺だった。イフロによるね。」


Hは悲しい目をしながら話し出した。


「彼は『Bバディ』って言ってね。皆の“相棒”みたいな良いヤツだった。責任感があって、優しくて、何人ものイフロを祓ってたよ。オレよりも少し上だったんだけど、仲良くしてくれてさ。Aと三人でよく遊んでた。そんな彼が突然自殺した。理由は多分、救えなかった人がいたから。」


少々の沈黙。店内に流れる音楽が聞こえてくる。


「イフロ祓いってのはスーパーマンじゃない。イフロにとり憑かれた人を救うこと“しか”できないんだ。だから、どうしても時がある。Bもそれは分かってたはずだよ。でも、“人の死”ってのはすぐには受け入れられるものじゃない。やっぱり、“自分がもっと早く気付いてたら”って。責任感じちゃうんだよ。」

「、、、、助けられなかった人がいたんだ。」

「うん。その後出勤しなくなってさ。これはまずい、と思ってすぐにBの家に行ったんだけど、まぁ相手もイフロ祓いだからね。自分がイフロにとり憑かれてるって邪魔されないように自ら死んだんだよ。」


話すHの口調はは悲しんでいたが、少し怒りも含まれているようだった。


「少しは話してくれたらよかったのに、、、。」


その言葉は誰に向けた言葉だったか。ヨウは聞こえないふりをした。


「、、、そんなことがあったんだ。でもそんな話初めて聞いたよ。Aエースは話してくれなかったし。」


そこでHは少し怒りをあらわにする。


「それなんだよね、、、、、。Aはさ、人が死んでも表情が変わらないんだよ。」

「表情が変わらないって、、、、。」

「そう、おかしいだろ? あいつはBが死んだとき、一つも悲しい顔をしなかったんだよ! 少なくとも2年くらいは一緒に仕事してはずなのに!」


 ヨウはAの冷静顔を思い出す。いつも冷たい顔。少し微笑むぐらいのことはあるが、大きく表情が変わったところを見たことがない。


「でもあいつは“感情がないロボット”ってわけじゃない。オレはAに聞いたんだよ。『なんでお前は悲しまないんだ』って。そしたらあいつ、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」

「『人の死にはもう慣れた』だってさ。あの瞬間、オレはあいつと違う世界を生きてきたんだって気づいた。」


「人の死には慣れた」か。どんな人生を送っていたら人の死に慣れるのか。想像したくもない。


「イフロ祓いってのはさ、人の死に直面する場合がある。もちろんそれは仕方がないことだ。人間の力ではどうにもできないことがある。ヨウも、これからそんな場面に出くわすかもしれない。それでもこれだけは忘れないで。」

〝君は十分頑張ってる。〟


H自身も何人か救えなかった命があっただろう。ヨウも、そんな場面に出くわした時、自分の精神状態がどうなるのか想像できない。それでも、自分の目標を見失わないようにしたい。

暗い表情から一転、明るい表情になったHは椅子から立ち上がる。


「さて、少し重い話をしたね。とりあえず、今回言いたかったことは“Aをよろしく”ってことと、“何か悩みがあったら抱え込まず相談しろよ”ってこと。」

「ありがとう。俺も仕事、皆に着いていけるように頑張るよ。」


 そのまま二人は8階の仕事部屋へと戻る。部屋に入ると、いつものようにソファアにAが座っていた。Hの話を聞いた後だと、なぜか少しAが遠い存在に見える。


「お帰り。楽しい時間は過ごせたかな。」

「美味しいご飯屋教えたところ。今度は三人で行こうな! ってか同年代三人でどっか遊びに行こうよー。最近仕事以外で出かけてないし。Aもだろ?」

「まぁ、そうだな。」


 恐らくBがいたころは、こんな風に遊んでいたのかもとヨウは想像した。


「じゃあそういうことで! 遊ぶ約束、絶対だからな!!」

「分かった分かった。」

「ヨウもまた!!」


 Hは輝かんばかりの笑顔を振りまきながら部屋を出て行った。Aとヨウはその背中を見送る。チラリとAを見ると、どこか楽しそうな、悲しそうな、冷静顔だった。


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