第32話

「……あの、ちょっと疑問というか質問なんですけど」


 わたしは隣にいる躑躅森におっかなびっくり声をかける。


「何だ?」


「さっき馬酔木さんが言っていた、『紙コップの中に入れていいのはピンポン球だけとする』というルールについてなんですけど、あれに一体どんな意味があるんです?」


 わたしからしてみれば、わざわざそんなことルールに盛り込む必要などないように思える。


 たとえばピンポン球の代わりに紙コップの中に生卵を入れていたとしても、全員から無視されてそれで終わりだろう。わざわざそんなことをするメリットがない。


「カップ&ボール」


「……え?」


「カップ&ボール。世界最古の奇術だよ。古代エジプトの壁画にカップとボールの手品をしている様子が描かれているのは有名な話だ。カップ&ボールはそれだけ長い歴史の中で研究に研究を重ねられたマジックだ。ボールを消したり、出現させたり、はたまた移動させたり、それらのトリックは無数に存在する」


「ヒュー、流石は躑躅森先輩。博識っすねェ」


 馬酔木が茶化したように言うのを躑躅森は黙殺する。


「『紙コップの中に入れていいのはピンポン球だけとする』というルールは、それらのトリックを抑止する目的で加えられたものだ」


「…………」


 なるほど。つまりこのルールは、イカサマを防止する為のものなのだ。


 だとすれば、今回のギャンブル対決はイカサマなしの勝負ということになる。

 これまでの対決では、花屋は相手のイカサマを見破る形で勝利を収めてきた。だが相手がイカサマをしてこなかった場合、花屋はどう戦うのだろうか?


「それじゃあゲームを始める前に、それぞれの5つの聖杯のどれか2つにピンポン球をセットするっすよ。セットが終わるまで、お互いの姿が見えないようにパーテーションで仕切らせて貰うっす」


 躑躅森と馬酔木によって、花屋と彩羽の間に大きな衝立が運ばれる。


「…………」


 花屋と彩羽、それぞれが毒のピンポン球をセットするのを待って、再びギャンブラー二人が対面する。


「……なッ!?」


 そこで彩羽の顔が一瞬だけ引きった。


「花屋君、は一体何のつもりかな?」


 花屋の前に伏せて並べられた5つの青色の紙コップ。

 その向かって右端の紙コップに、


「いえ、別に何でもありません。最近ちょっと忘れっぽくて、自分でどの聖杯に毒を仕込んだのかわからなくなりそうでしたので目印をと思いましてね」


 花屋が飄々とした様子で言う。


「……まさかとは思うけど、ふざけているのかな?」


「ふざけるだなんてとんでもない。僕はいたって真面目です。その上で一つ忠告しておきます。厚本先輩、右端のドクロが描かれた聖杯だけは絶対に選ばない方がいいですよ。このゲームで僕に勝ちたいのなら、ね」

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