第20話
「……ハッタリだッ!! 君の舟はあと1グラムか2グラム分銅を積み込めば、確実に沈むッ!! 持ち時間も残り僅か、そんな君がアタシに勝てるわけがないッ!!」
「それですよ」
テーブルを叩いて興奮を露わにする犀子に対して、花屋は余裕の表情だ。
「僕はあなたが自分の勝利を確信する、その瞬間をただひたすら待っていました。しかしそれは、僕があなたに飲ませた猛毒が見せたただの幻覚。僕の毒は既にあなたの全身を蝕んでいる」
「……花屋君、君は一体何を言って」
そのとき、花屋がおもむろにテーブルに設置してあるガスバーナーに火をつけた。
「……なッ!?」
「おや、何を驚いているのです? ここは高校の化学実験室です。実験に使う様々な器具の中にガスバーナーもあるであろうことは、わざわざ説明せずともわかりきっていること。当たり前のことではありませんか、加岳井先輩」
花屋はそう言いながら、ごうごうと炎を上げるガスバーナーを水槽の中でプカプカと浮かぶ二つの舟に近付けた。
「……や、やめろッ!!」
「躑躅森先輩、僕は加岳井先輩の舟には指一本触れていません。ルール上、この行為に何か問題があるようでしたら仰ってください」
「……いいや、特に問題ない」
躑躅森が苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「さて、僕の持ち時間は残り2分30秒。秒読みの30秒と合わせて、約3分以内に氷が溶けて加岳井先輩の舟が沈むかどうかの勝負です。これは俄然面白くなってきたではありませんか」
そう言って楽しそうに笑う花屋に、わたしは薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
それから犀子の舟は30秒の秒読みを待たずして、ゆっくりと傾むいていき、そのままズブズブと水の底に沈んでいった。
「勝負あり。『積羽沈舟』ゲーム、勝者、花屋」
躑躅森が花屋の勝利を淡々と宣言する。
「…………」
加岳井犀子は自分の舟が沈んだ水槽の中をただ呆然と眺めていた。
水槽の中の花屋の舟には合計19グラムの分銅が積まれていた。
「……おめでとう。やったね、花屋君。この勝負、19万円の勝ちだよ。でも、もし負けていたら50万円以上失っていたことを考えると、割に合わない勝負だったようにも思えるんだけど」
わたしがそう言うと、花屋は即座にそれを否定した。
「いいえ、吉高さん、それは違います。僕が加岳井先輩に勝つには、舟に本来ならとても積めない重さの分銅を運ばせる必要があったのです。その為に持ち時間を削って自然に僕が不利になる状況を作ることには苦労しましたけど」
「……え? じゃあ、分銅を全部沈めて加岳井さんの時間切れ負けを狙ったのは?」
「当然、あんな手で勝てるだなんて思っていませんよ。もし仮に分銅が最初の箱に入っていた分だけだったとしても、加岳井先輩なら水中の分銅を拾い上げるくらいはするでしょうしね。僕の狙いは最初から、重量オーバーで相手の舟を沈めることでした」
「…………」
――花屋友成。
何とも食えない男である。
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