積羽沈舟

第14話

 ――朝7時30分。


 校門を通って校舎に入ると、花屋はなや友成ともなりが難しい顔をして下駄箱の前に立っているところに遭遇した。


「花屋君、おはよう。そんなとこに突っ立ってどうしたの?」


「おはよう御座います、吉高よしたかさん。これを見てください」


 そう言って花屋がわたしに見せてきたのは、中央に愛らしい赤いハートのシールが貼られた白い封筒である。


「何だ、花屋君。君のこと、てっきり友達がいないんじゃないかと心配してたのに、案外隅に置けないんだねェ。ヒューヒュー」


 わたしが肘で突いて冷やかしても、花屋は依然として浮かない顔をしている。


「……いえ。それが妙なんです」


「妙って何が? ただの君宛のラブレターでしょ?」


「吉高さん、冷静になってよく考えてみてください。そんなことあり得ないんです。僕に女の子から好かれる要素など皆無だというのに、こんなものが下駄箱の中に入っているわけがないんです。常識的に考えてあり得ないんですよ、そんなことは」


「いやいや君、どんだけ卑屈なんだよ!! そんなことないって。君にだって何か一つくらいいいところあるだろ? もうちょっと自信持とうよッ!!」


「だったら教えてください、吉高さん。僕の一体どこに異性としての魅力があるというのですか?」


「……え? いや、そんなこと急に訊かれても困るけど」


「ほら、やっぱり何もないんじゃないですかッ!!」


「……そ、そんなことないって。花屋君、よく見ると可愛い顔してるし、その手のお姉さんたちからは割とモテると思うんだけどな」


「……本当ですか? 信じますからね」


 花屋はそう言うと、封筒から一枚の便箋を取り出した。



 拝啓 花屋友成様


 大切なお話があります。

 放課後、化学実験室まで来てください。


 2年D組 加岳井かがくい犀子さいこ


 敬具



「……二年生だから、一応お姉さんだね」


「……吉高さん、あの、今日の放課後、少しお時間ありませんか?」


 花屋が神妙な面持ちで言う。


「……え? 何? 藪から棒に」


「僕が化学実験室に行く付き添いをお願いしたいんです」


「えー、嫌だよ。何でわたしがそんなことしなきゃいけないんだよ!!」


「やっぱりこんなの絶対変ですよ。第一、僕に二年生の知り合いなんていませんし、『加岳井』なんて名前にも全く心当たりがありません」


「だったら、そんな怪しい呼び出し無視すればいいじゃないか」


「女の子からの呼び出しを無視するだなんて、そんなの男が廃りますよ」


「面倒くさい奴だな、君はッ!!」


 とはいえ、これまでに花屋にはギャンブル対決で二度も助けて貰っている。二度もこちらの頼みを聞いて貰った手前、あまり無下にするわけにもいかない。


「……しょうがないなー、わかったよ。付いて行ってあげるけど、もし本当に女の子からの告白だったらすぐ帰るからね」


 ――そして、放課後。化学実験室。


「花屋君、いらっしゃーい」


 そこにいたのは白衣姿に腰まである赤髪の小柄な女子生徒と、黒髪ショートに男子のブレザーを着た陰気そうな女子生徒の二人組だった。


「初めまして。アタシが化学部・部長、加岳井犀子だよー」


 赤髪の白衣を着ている方が右手を高く挙げて言う。


「……生徒会・会計、三年の躑躅森つつじもりはるかだ」


 男装の黒髪ショートの方が低音ボイスで呟くように言う。


「……えーっと、あの、これはどういう状況ですか?」


 わたしは頭が混乱しながらも、何とかそう質問する。


「花屋君、ここでアタシは君にギャンブル対決を申し込む!!」

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