第10話 食事会こんにちは

「エリオさんの口に合うと良いですけど……」

「俺としては、皆さんと気楽に楽しめる方が嬉しいので」


 日が暮れる大通り。俺は第三遊軍の皆に囲まれ、予約済みの酒場に移動していた。当初は「エリオさんのお口に合うところ!」「貴族街の高級ホテルって今から予約できるの?」と訳の分からない事を言っていたが、正直、度が過ぎるほどの高級な食事は教会で間に合っている。せっかくなので「いつも楽しんでいるお店を紹介してください」なんて言ってみたら、ルールーさんに熱がないか心配されてしまった。


「本当に、ほんとのほんとのほんとのほんとに、普通の安っぽい酒場だけど良いんですかァ? 荒っぽい連中はさすがに叩き出しますけど、不快な気持ちになったら遠慮しないで言ってくれよ?」

「いやぁ、そんな繊細せんさいな人間じゃないから……」


 隣を歩くレオドリスさんが軽快な口調で話しかけてくれる。本人いわく「敬語が下手で申し訳ありません」らしいが、俺としては話しやすくてとても助かっている。長い髪の毛は明るい緑に染まり、耳や舌にピアスが見えている。言うなればギャルだ。異世界混血ギャル兵士。


 真横には俺を守るようにギルエッタさんが付き添ってくれ、入れ代わり立ち代わり、異なる人がかしこまりながらも話しかけてくれるので退屈はしない。ルールーさんは一足先に行ってテーブルの確保をしているらしい。モニコさんは教会に行き、俺が外食する事を伝えに行ってくれた。


「ギルエッタさん。もしも高級店に行くって話になってたら、皆さんも美味しいものを一緒に食べるって認識であってる?」

「いや、残念ながらそんなに給金は貰っていない。だが心配するな、エリオが満足するほどの料理は注文できる。ん、今から店を変えるか?」

「それって俺以外が『薄めたおかゆ』を食べるパターンでしょ。嫌だからね。今日は一緒に美味しいもの食べてくださいよ。ギルエッタさんも」

「む、むぅ……」


 困った顔をされてしまった。

 幸先さいさき不安だなぁ!


◇◇◇


 到着したのは『これぞ異世界っ!』って感じの酒場でした。別に冒険者ギルドが併設されてるわけじゃないけど、木製の丸いテーブルがたくさん並んでいる。カウンターの壁にはたくさんの樽が並んでおり、キッチンからはシンプルな肉の焼ける匂いも漂ってくる。くぅ~、たまんねぇぜ。


「おお、こっちだこっち」


 先に場所取りをしていたルールーさんが手を振る。

 さて、俺はどこに座れば良いのかな?


「エリオ殿、正直に答えてほしい。誰と同席がしたい」

「えっ?」

「そんな驚いた顔をしないで欲しい。こちらとしては、誰もがエリオ殿の隣を狙っている状況だ。そうは言っても、全く知らない者と同席してもつまらないだろう? それなら馴れた人を選んでもらった方が早い」


 そういう話なら遠慮はいらないだろう。

 素直に「ギルエッタ、ルールー、モニコ」と答えれば、すんなり席に案内された。一つのテーブルは六人掛けらしく、残りの二名はじゃんけんで決めるらしい。


「よーし、キミたち。ちゃんと席替えはするから喧嘩はしないでくれよ。今日のゲストは皆の憧れ、エリオ殿だ。しっかり楽しませてやるんだぞ」

「うぉおおおおおお!!!」


 怒涛どとうの咆哮。

 若干じゃっかん「うわぁ」と思いながらも、飲み会のテンションは嫌いじゃない。せっかくの機会だ、みんなと仲良くなれるように頑張るぞい。


◇◇◇


「あの、強い女性ってどう思いますか?」

「私は狩りが得意なので、迷惑じゃなければご一緒に……」

「こちらの野菜炒め、この酒場の人気メニューなんですよ!」


 最初こそ落ち着いた雰囲気で食事を楽しんでいたのだが、誰かが緊張に耐えられずアルコールを注文してから話は変わってしまった。と皆が飲み始め、気付いたら酔っぱらいに絡まれる俺が誕生したのである。


「ふん、明日も訓練があるというのに……」

「ギルエッタさんは飲まないんですか?」

「いや、先ほどから飲んでいる。だがこんな弱い酒じゃ酔えん」


 そうは言いながらも顔は赤らんでいる。

 テーブルの上には厚切りの肉やポテトだけではない。米を炊いたものや、煮物や漬物も置かれている。驚いたことに、この酒場では『日本食のようなもの』がチラホラメニューに存在していたのだ。ありがたみは無いが、食べ慣れて安心できる味である。ホームシックに片足ツッコんでそうな俺にはちょうど良い塩梅あんばいだ。


「こんな店で本当に良かったのか?」

「はい、素敵な場所を紹介してくれてありがとうございます!」

「うっ、ううう……」


 テーブルから離れた場所から大袈裟な泣き声が聞こえた。立ち上がって辺りを見渡すと、酒場の女主人が泣き崩れている姿が目に入る。うーん、なるほどね。


 あえて無視してたんだけど、やっぱり俺は周囲の注目を浴びていたらしい。最初こそ、第三遊軍の兵士たちが力強い目力めぢからで守ってくれたようだが、ただの酔っぱらいと化してからは防御はスカスカ。何やら羨望せんぼうのこもった視線を向けられながら、ヒソヒソと会話している姿がどうしても目に入ってしまう。


「エリオ、周りを黙らせるか?」

「いえ、不快感はないので。でも、目立ってるなぁ」

「ははは、男の姿が目立たないはずないじゃないか。エリオ殿は面白い事を言う」

「まぁ、無いとは思うが何らかの被害があったら教えてくれ。そもそもエリオは優しすぎるんだ。私たちと顔を合わせてくれるだけでなく、しっかり対話してくれ、こうやって食事もしてくれる。か、身体だって触ってくれる……」

「ま、マッサージって言ってください! それに本格的なのは、まだギルエッタさんにしか頼んでいないので、あんまり言いふらさないでくださいね!」

「わ、私だけだったんだな! わ、わかった。二人だけの秘密だ」

「ギルエッタ、顔が緩んでいるぞ」

「うるさい!」


 ふと、隣を見る。

 モニコさんがチビチビと酒を飲み続けている。


「モニコさん、大丈夫ですか?」

「ふにゅう、今日はエリオ様にいっぱい迷惑を掛けちゃった。反省中です」

「び、びっくりしたけど気にしないでね。それに、シバスケの代わりになってくれるって言ってくれて、嬉しかったから」

「うう……あんまり恥ずかしい事、言わないでください……」


 顔を赤くし、口を閉じてしまった。

 ルールーさんいわく、この物静かで照れ屋な姿こそ、本物のモニコさんらしい。訓練中に何があったのか知らないが、ああやって甘える姿は本来あり得ないらしい。


「モニコ君、この新作のお酒も美味いらしいぞ」

「うーん、もう目がグルグルしてきちゃったですよ……」

「エリオ殿、一口どうだい?」

「じゃあ一口……あっ、飲みやすいですね。美味しい」

「と、エリオ殿は言っているが。モニコ君はいらないか?」

「じゃあ飲んでみようかなぁ……」


 モニコが手を伸ばせば、見てわかるようにフラフラしている。あまり本数を飲んでいるようじゃなかったけど、アルコールに弱いのかもしれない。倒れないように背中を支えてあげれば、恥ずかしそうに笑顔を向けられた。


「じゃあ、これが最後ね。うー、ゴクゴク……」


 あおるように一気飲みをする。

 すると急にモニコちゃんの身体が震え、「ぴゅう」と変な音が鳴った。


「も、もうダメででしゅ…………ケプッ」

「う、うわぁ!」

「おいモニコ! ったく、この馬鹿が……!!」


 どうやらモニコちゃんは限界に達したらしい。

 テーブルに倒れ込んだ拍子か、口から食べた料理が吐き出されてしまっている。意識が朦朧もうろうとしているのか、ギルエッタさんの怒りにも反応する気力も無いようだ。


「って、冷静に分析してる場合じゃないや! ねぇ、お水ください!」

「おいエリオ! 衣服が汚れてしまうぞ!」

「今はそれよりほら、モニコさんだよ! ちょっと、モニコさん?!」


 気絶しているのか、うんともすんとも反応が無い。


「うーん、これじゃあ窒息しちゃうよなぁ……」


 テーブルから降ろして床に寝かせ、吐きやすいように口元を動かせば、咀嚼物としゃうぶつとお酒が流れ出る。おかげで喉のつまりが解消されたのか、僅かながら「ひゅー、ひゅー」と呼吸の音が聞こえるようになった。うん、これなら平気かな?


「エリオ殿、申し訳ない。後は私たちが対応する」

「それより、モニコさん大丈夫かなぁ」

「ああ、混ざり血は丈夫なんだ。部屋で休ませれば快復するだろう。それより問題は君の衣類だ。上質なものだが吐瀉物としゃぶつで汚してしまった。明日にでも弁済べんさいうかがわわせてもらうが、今日の所は勘弁してもらいたい。おい、ギルエッタ。今日はもう解散だ! エリオ殿を送り届けてほしい!」

「わ、分かった。エリオ、本当にすまなかった!」

「おーい、レオドリスいるか? モニコを部屋まで連れ帰ってくれ」

「はぁ?! ったく、世話の焼けるワンコだぜ。……っしょっと!」


 ルールーさんがテキパキと指示を出す中、楽しかった食事会は解散の流れとなる。すっかり酔いが覚めてしまったのか、みんなが不安そうな顔で俺の方を見ている。いや、全然怒ってないからね? ほんと、笑って欲しいです。うーん? 俺が先に笑った方が良いのかな? ほーら、笑顔で解散を……あ、良かった。表情が晴れた。


「すまないエリオ、待たせたな」

「あ、もうルールーさんとの打ち合わせは平気?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 赤らんでいる顔のギルエッタさんと共に酒場を抜け出す。どうやら騒動も終息したらしく、他の皆さんも解散の雰囲気になっている。いやぁ、楽しかったけど大変な一日だったなぁ。男の人たち、どうやってトラブル対処してるんだろうなぁ。


◇◇◇


「よし、エリオ殿とギルエッタは帰ったか。キミたち、席に戻りたまえ」

「レオドリスは良いんですか?」

「ああ、後で伝えておく。それではデータにもとづく私の考えを聞いてくれたまえ」


 吐き戻したモニコのせいで、完全に酔いが覚めてしまった第三遊軍メンバーなのだが、そもそもモニコが吐いたのはルールーのなのであった。


 別にモニコはアルコールに弱くない。ルールーが少しずつ強い酒をモニコに手渡していただけなのだ。むしろ、どうしてそのような事をしでかしたのだろうか。答えは簡単、エリオの人間性を見極める為なのであった。


「データを参考に、私たちの必勝プランを君たちに授けよう」


 ルールーがニヤリと笑う。

 第三遊軍の夜はまだ続きそうである。

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