6. 人間の価値
エイブラムスは満足げな表情で突っ立っていた。私の反応を伺っているようだ。
正直、驚きはない。原因が対消滅弾であれ、得体の知れない超技術であれ、デルタが吹き飛んだという事実は変わらない。なぜ厳重なアクセス制御が施されていたのか不思議なくらいだ。都市が一つ二つ消し飛ぶことなど、ありふれているといったら言い過ぎだが、少なくとも決して珍しい出来事ではない。
「今度は俺が訊く番だ。ファイブスターを襲撃した理由はなんだ」
「感想なしかい? なんてことだ。まあいいけどね。私はこの新型人工知能データを大陸中のあらゆる巨大企業に配布するつもりなんだ。公平な競争、格差の訂正、というやつかな。どう思う? 公正局の人間に訊いてみようじゃないか」
「どう思うか、だと。間違いなく、思いもよらない混乱を引き起こすことになる、というより、既にそれを引き起こしている。それに俺たちの仕事は企業同士の競争状態を維持すること、すなわちルールを順守させることだ。平準化それ自体ではない」
「なるほどね。じゃあ綺麗事は止めにしよう。ファイブスターが独占するのは、私としては少し都合が悪かったんだ。だって独り勝ちなんて、つまらないだろ? あと私怨も。若いころ、上司に騙されてファイブスターを追い出されたんだ。——いや、これは冗談だ。本当だよ?」
知らん。どうでもいい。
「子供じみた理由じゃないか。開発データをばらまいたところで、何かが変わるとは思えない」
「気が合うね、私も全く思わない。ちょっと試してみようと思っただけだ。たとえ少しばかりかき乱したところで、このメガロポリスはすぐに偏りを取り戻すだろう。世界はそうなるように作られているのだよ」
エイブラムスが彼の大剣を地面から引き抜き、持ち上げた。それを見たマチルダは、退屈そうな様子から一転、短剣をちらつかせ、ギラギラした目で私を見つめている。
「やっと終わったかい。お前が久しぶりに手伝えって言うから、わざわざ出向いたってのに。いったい何しに来たんだって言おうと思ってたよ」
戦闘になるかと思いきや、またエイブラムスはべらべらと話し出した。「最強の」傭兵は、とんだおしゃべり好きのようだ。
「私が目指すのは——価値の無化だ。私は人間の価値を無に帰すことを望んでいる」彼は間髪入れずに語る。「分かるだろう、君だって見てきたはずだ——私たち人間は、どういうわけか、人によって付けられた値段が違っているようだ。持てる者が丁重に扱われる一方で、持たざる者は影に消えてゆく。いや、何も階級闘争だか何かを煽っているわけじゃないよ。だって私も君も、今日まで生き延びてきたということは、彼らを見えないところへ仕向けた一人だということだろう?」
今度は少し間を置き、私の表情をちらと伺った後、また語り始めた。
「なぜ人の価値が異なってしまうのか、いや、そもそもなぜ私たちは人間を価値づけてしまうのだろうか。能力でも、金でも、知性でも、なんでもいい。金額や数値によって、人間の価値が決められてしまう。もはや誰も、自身の価値を規定してくる不可視の怪物から逃れることができない。ならばこうしよう——いっそのこと、人を必要としない社会を作ってしまうのはどうだい? 人間なんていなくても『社会』は廻ってしまう、そう気づいてしまえばいいんだ。全て無にするんだ。そうすることで初めて、私たちは自由になれる。そして初めて気づくはずだ、私たちの可能性に!」
やはり幼稚だ。何であれ、他者を必要としない個人など在り得ない。ならば人々は新たな価値基準で人間の価値勾配を形成し、より価値の高い少数の人間に、多数は自らを委ねるはずだ。故に人間の可能性など、既に閉じられている、何一つ変わるものはない。
「さてと。今度はご老体に配慮する必要はないし、本気を出さないといけないね。始めようか」
今度こそ、話は終わりのようだ。エイブラムス、マチルダ、私、各々が武器を構え、激突した。
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