5. 魂とは何だい?
さて、何から話そうか。
はじめに言っておくと、私はデルタ戦争の全てを見ていたわけじゃない、それは君たち公正局の仕事だっただろうからね。
デルタの統治権限を握っていたのは、ファイブスター社とアトランティック社だったのは覚えているだろう? 片方は戦争で消し飛んだけどね。私とマチルダはその、アトランティック社に雇われてたんだ、戦争の終盤からだけど。
私たちが呼ばれたのは他でもない、「代理人」への対処だ。アトランティックは公正局に盾突こうとしてたんだ。もちろん悪手だと思ったさ。でも興味があったからね。
だってそうだろう? 市街地のど真ん中で数万人が激突したんだ。企業法そっちのけで、だよ。いったい何を争っていたのか、誰だって気になるだろう。
そうそう、先に言っておくべきことがあった。これは君が知っているかどうか分からないけれど——デルタが壊滅したのは対消滅弾によるものだと言われているだろう。あれは嘘だ。
その様子だと、知らなかったようだね。あれだけ大きな破壊なのだから、対消滅弾が使用されたという話が説得力を持つのも無理はないだろう。でも違うんだ。
人為的に引き起こされたものというのは合っているよ。直接の原因はアトランティックにある。あそこが開発していた新技術による、えーと、事故と言っていいのかな。まあ、ファイブスターが邪魔立てしなければ、ああはならなかったかもしれないけど。
話を戻そう。私は戦争終盤に起こったことしか見ていない。あの日私たちは、「代理人」の対処に追われていた。多分、君ほどは強くないやつらだったんだろうけど、私たちもずいぶん苦戦してね。肝心のアトランティックとファイブスターの衝突までは手が回らなかったんだ。
何とか代理人を退けたころには、決着がついていた。ファイブスターは例の「新技術」とやらを、アトランティックから奪った後だったよ。かわいそうに、社運を賭けた技術だったろう。
どんな技術だったかって? 魂だよ。——そんな怪訝な顔をするな、冗談ではないし、君をからかってるわけでもない。ほら、十分に発達した科学技術は何とやらって、古い諺が確か、あっただろう? 人間の「魂」を実体として扱おうとしてたんだ。
ところで、人間の魂って、君は何だと思う? ——大丈夫、ちゃんと話の続きだ。
「魂」という言葉で表現されるとしたら、たいていの場合、肉体の存在とは切り離されて存在することができる何かだろう。とすると、魂とは人の精神のことだろうか。しかし、君が知っているように、肉体と精神は相互に作用しあうものだろう。とすると、果たして肉体なしに存在する精神は、人間のそれとは違ってきそうだ。魂とは肉体と精神を包み込んだ概念、それで終わりだろうか。
もう少し世界を広げてみよう。君は私の魂の一部か。だって、今君と話している私を形作るためには、君の存在が不可欠だ。いや、たとえ今君が消えたところで、君との話を中断させられた私もまた、私に違いない。とすると、君は私ではなさそうだ。
例えが悪かったね。私が今ここで死のうが、君にとってはどうでもいいことだろう。では——君の大切な人、家族とか伴侶ならどうだ? 今度は、無関心でいるわけにはいかないだろう。君の大切な人が突然消えてしまったら、君は君のままでいられるのか。——おっと、流石に不用意に踏み込みすぎたようだ、悪いね。でもどうか最後まで聞いてくれ。——君はきっと悲嘆にくれ、立ち直れなってしまうかもしれない。それでも、茫然自失の、打ちのめされている君もまた、紛れもない君なのだ。彼らは君の一部であったかもしれないが、失われた後も、君の命が尽きるその瞬間まで、君は君なのだ。とすると、彼らは君そのものではなく、君の魂を構築するのに不可欠なものではない。本当にそうか?
では、この世界は? 空を巡る太陽、風のさざめき、そびえたつ高層ビル、都市、メガロポリス、大陸。私が見ているこの世界を無に帰したとき、私は私でいられるのか。これらすべて排して作り出した私の魂は、本当に「私の魂」であり続けているのか。
そもそも、私の精神、私の身体は、本当に私なのか。私の思想・信条は、本当に私のものか。これらなくして私は私で在り続けることは不可能だろうか、だとしたらそれは、これらが私そのものである証左足りうるのか。これらが私を形作るものであると認識している「私」は、一体なんだ?
ここまでにしておこう。私が言いたかったのは、自と他の境目をどこに設定するか、ということだ。アトランティック社の依頼を承諾したのはそれが理由だ。魂を具現化すると聞いて、一体どうやって実現したのか興味が湧いたんだ。
で、どうだったかって? 分からなかったよ。実証実験まで済んでいるって聞いたから、きっと何らかの基準は見つかっていたはずだと思うんだけど。でもあの末路からして、きっと確実なものではなかったんじゃないかと思ってるんだ。
最後に装置を起動したあの者が、一体何を考えて手を出したのかは分からない。さっぱり見当がつかないんだ。もしかしたら自爆でもしようとしたのか、だとしたら酔狂なんてもんじゃないけど。
その者は、デルタに滞在していた七百万の人間と、数万の兵士、そしてデルタそのものを飲み込んだ後、自壊したんだ。しまいに何も残らず、私とマチルダ、他何人かの人間はどうにか、空っぽになったデルタを脱出できたってわけさ。
以上がデルタ戦争、アトランティックとファイブスターの全面衝突の顛末だ。
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